老舗の多い地区
砂糖の店を出てブレンダに手を引かれていると、どんどん人の少ない道を進んでいくことに気がついた。
市場や中心部の騒々しさは全くない。
だからといって、裏道のように空気が重たいとか、周囲が暗いということもない。
それに街並みがとてもきれいである。
それなのになぜか急に道を歩く人が少なくなった。
そのことに気がついたエレナは、不思議に思ってあたりを見回した。
「こっちの方はとても静かなのね」
そう切り出されたので、ブレンダはこの地区に関して歩きながら説明することにした。
「こちらは高価な商品を扱う店が多いですから、来るのは貴族が大半です。皆、予約してきますし、市場のように騒がしいところではありませんね。王宮に出入りしている職人もこちらには多いかと思いますよ」
「そうなのね。それならさっきのお砂糖のお店もこちらに構えればいいのに」
市場とは比べ物にならない値段の高いお砂糖のお店の商品は、どう考えても庶民向けではない。
この砂糖を見た時も調理には使いにくそうだという話をしたのでよく覚えている。
貴族向けの商品ならば貴族が来るような場所にお店を構えた方が売れるのではないかとエレナは考えたのである。
「この地域は古くから店を構える老舗が多いですから、新しいお店はなかなか受け入れられないかもしれません。それに高級品が集まっていて、貴族の出入りか多いので、各店舗に警備がついています。それだけ強盗に狙われやすいということですから、あのお店にその覚悟があるかどうか……」
「色々と複雑なのね」
貴族の来店の多い場所というのは金持ちの集まる場所ということであり、ここに来る人も狙われやすく、そういう高級品を扱っているため店の商品も狙われやすい。
人を狙っても金品を奪えるし、店を狙っても高級品を奪えるのだから、強盗からすればこんなに良い場所はないだろう。
もちろん貴族も店もそれなりの対策をしているので、強盗にやられっぱなしということはないというが、今のエレナとブレンダは傍から見ればいいカモである。
「今、私たちは二人で歩いておりますが、それは周囲に護衛がいて、私がエレナ様をお守りできるから成立しているのであって、普通のご令嬢が護衛もつけずにこのように歩いていたら確実に狙われます。女性ごとさらわれるかもしれません」
「そう……。さっきのお砂糖のお店は少し治安のよくない場所と聞いていたけれど、こっちはもっとよくないということね」
人がいる者の治安の悪い場所と、治安が悪くて人が近寄らない場所ならば、人さえ近づかない場所の方が治安は悪いのではないかとエレナは考えたのだ。
しかしブレンダは少し違うとエレナに説明することにした。
「犯罪の種類が違うということですね」
「師匠たちは大丈夫なのかしら?」
師匠のように刺繍や裁縫をする職人もいるならば女性もたくさんいるはずである。
治安の悪い場所に毎日通うというのは危険ではないのかとエレナは心配になった。
「そういえば、職人たちが狙われるという話はあまり聞かないですね。強盗もそれなりに調べてくるということでしょう。それに出て歩いていなくても、店同士が協力して防犯に努めているので、そういうことも関係しているのかもしれません」
「それじゃあ、あまりうろうろしない方がいいのね」
あたりを見回しながらエレナが言った。
「本来ならばそうですが、今日は護衛がいるので大丈夫ですよ。何か気になりましたか?」
「街でのお買い物ってお店をのぞいて歩くものだと思っていたの。だからあらかじめ調べておいて目的地に向かうだけというのが意外だったのよ」
家庭教師からは買い物をする時に自分でお店を探して商品を選ぶと聞いていたエレナは、お店探しもするものだと思っていた。
自分は確かに工房に行くつもりだからそこに直接向かっているが、街に一人も店を探して歩いている人がいないことが不思議に感じられたのである。
「貴族の買い物は予約をして直接目的のお店に行くか、エレナ様たちのようにご自宅に商人を招いて、商人が持ち込んだものから選ぶかのどちらかですね。市井の者が買い物をする場合は市場の用に並んでいる商品を見て回って購入します。先ほどは食べ物のお店を見て歩きましたが、雑貨などのお店の並ぶ地区もあります。ただ、庶民向けの商品しか扱っていないので、エレナ様が身につけるような商品は手に入らないかと思いますが……」
確かに見た目によいものがたくさん並んでいるので目の保養にはなるかもしれないが、常に一級品を身に着けているエレナが使うようなものは販売していない。
その地区はブレンダも見周りで通るし、店員と話をすることはあるが、残念ながら購入することはほぼない。
「よかったわ、そういうお店もちゃんとあるのね。商品を見ながら安心して歩ける地区ならば見てみたいのだけれど、時間が足りないかしら?」
「そうですね、工房を見て中でお話をされたら時間になってしまうと思います」
「そうよね。残念だけれど仕方がないわ。庶民向けの商品というのは実用的なものがたくさんありそうだし、どのようなものがあるのか気になったのだけれど……」
何度も見ているブレンダからすれば当たり前のことだが、初めて街に来たエレナはどのようなものがあるのかを見てみたかったらしい。
「では、また機会がありましたら、今度はそちらに足を運べるように考えましょう」
「本当?またブレンダと一緒にこうして街に出られる?」
エレナは期待を込めた目でブレンダを見上げた。
正直ブレンダではエレナと外出の約束をすることはできない。
けれど、今日のことを覚えておいて次の機会に自分が一緒に出かけられるのなら、また同じように自分が行き先を決められるのなら、その時はエレナをその場所に連れて行くことはできる。
「今回のことをクリス様にご報告して、またエレナ様が外に行きたいとお願いすればきっと叶えてくださいますよ」
「そうね。お兄様はきっと聞いてくださるわよね。次のご褒美をもらえるようにより一層訓練を頑張らないといけないわ!」
エレナの目が期待から別の意志を持ったものに変わっていくのを見てブレンダは慌てて言った。
「いえ、エレナ様、訓練でなくてもいいかと思うのですが……」
「だって今回のお出かけは、体力測定を頑張ったご褒美だもの」
「そうですが……」
ブレンダはそこまで言うと急に足を止めた。
ブレンダを見上げて話に夢中になっていたエレナは驚いて聞いた。
「どうしたの?」
「着きました。この店がエレナ様の意匠を使ったハンカチを流行させたお店です。おそらくエレナ様の師匠はこちらの方でしょう」
ブレンダは一軒の店の入口を指してそう告げたのだった。




