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約束

親の都合で訪れた避暑地に二組の家族が訪れていた。

一組の家族は両親とその兄妹の四人家族、そして、もう一組の家族は男の子一人を連れた三人家族であった。

部屋が違うとはいえ、他の家族が同じところに宿泊することを知らなかった子どもたちは、お互いの親を見上げてどうしていいか分からないといった様子で不安そうにしていた。

親同士はとても親しいが子ども同士が対面するのは初めてで、最初は緊張した挨拶から始まった。

しかし、親同士、仲が良かったこともあり、初めて出会ってから彼らが仲良くなるのにそう時間はかからなかった。



それからというもの、庭や自然の中を子供らしく駆け回る三つの小さな姿は常に一緒にあった。

湖の周り、森の中、草原の上を駆け回る幼き三人は仲の良い幼馴染として育てられていた。

同級生となる男の子が二人、年下の女の子が一人という組み合わせだが、男の子二人は常にそこにいる女の子、エレナをかわいがっていた。

エレナはいつも一緒にいる男の子の一人であるクリスの妹で、見た目はふわふわとした可愛らしいが、活発で、いつも二人の男の子と一緒に元気用駆け回っているような元気いっぱいの女の子である。

エレナの兄、クリスも、彼女に負けないくらいほんわかとした空気を持つ、可愛らしいという言葉のよく似合う男の子だが、彼はどちらかというとおっとりとした性格をしていた。

率先して自分から何かを行うことは少ない。

そのかわいらしい見た目と、性格が相まって、エレナと姉妹と言われても納得されるくらいである。

もう一人の男の子、ケインは、やんちゃというほどではないが、とても活発な男の子で、ふわふわした兄妹を色々なところに誘うのは大抵、彼の役目だった。

あまり外に出る機会がないという二人が遊びに来るたびに、森や泉のほとりなどに案内して彼らを楽しませていた。

年下の女の子であるエレナがいることもあり、男の子同士で行うような木登りなど、怪我をするような無茶はしない。

活動的だが紳士な男の子だ。



そうしていつしか、親の都合の度に、彼らはいつも一緒にいることが当たり前になった。

親が話している間は自由にしていてよいと言われた子どもたちは、普通の幼馴染として育てられた。

三人の会う場所は避暑地のこともあれば、クリスとエレナの住むところのこともある。

エレナがケインと遊びたいと頼むと、ケインの父親がよく彼を連れてきてくれたのだ。

実は二人がケインの家を訪ねたことはなかったのだが、幼い三人にとっては、遊べればそのようなことは気にならなかった。



最初に出会った湖の近くの避暑地に来ていたある日、湖のほとりに座ったエレナが一緒にいたケインに言った。


「あのね、私、夢があるの」

「どんな夢?」


そう言いながらケインもエレナの隣に静かに腰を下ろした。


「私、将来はお姫様になりたいの」

「何言ってるのさ、エレナはすでにお姫様だろ?」


エレナは国王の娘で、地位も見た目もすでにお姫様だ。


「違うわ。私は、ケインだけのお姫様になりたいの」

「僕だけの?」

「そう」


そこまで聞いてケインは気がついた。

エレナが言っているのは物語に出てくるお姫様のことであり、その物語のお姫様は自分のところに迎えに来た王子様と幸せになるのだ。


「僕なんかでいいの?」

「私はケインがいいの」

「そっか……」


エレナと大人になってもずっと一緒にいられると考えて思わず喜んでしまった自分に気がついて、少し恥ずかしくなったケインは思わずエレナから顔を逸らした。


「だめ……かな……?」


エレナは不安そうに湖を見つめるケインに聞いた。


「ダメじゃない、ダメじゃないよ!」


顔をあげてケインはまっすぐにエレナを見た。


「本当に?」

「本当だよ。じゃあ、そのために僕はエレナを迎えに行く強いナイトにならなきゃいけないな」

「迎えに来てくれるの?」


描いていた絵本の世界のお姫様のような扱いに、興奮したエレナが言った。


「うん。必ず迎えに行く。エレナはそれまで待っていてくれる?」

「待っているわ。ずっとケインが来てくれるのを。だから早く迎えに来てね」

「わかった。約束な」

「約束よ」


エレナは大喜びで隣に座っているケインの腕にしがみついた。

そしてしがみついたまま笑顔でケインを見上げた。

ケインは自分に向けられた視線に恥ずかしくなって思わず言った。


「そろそろ戻ろうか」

「そうね」


エレナは返事をすると、しがみついていた腕を離して立ち上がった。

ケインは立ち上がるとすぐにエレナに手を差し出した。


「行こう」

「うん」


エレナがその手を取って、二人は仲良く手をつないで建物の方に向かって歩き出した。



エレナが勇気を出して告白をするけなげな様子を、遠くから応援している者がいた。

兄のクリスである。

クリスはエレナが話しやすいよう、二人で話せる環境を作るために自分だけその場から離れただけだったのである。

二人が立ち上がって戻っていくまで、遠くから二人を見守って、彼らと一定の距離を取っていたのだ。

話を終えて手をつないで戻っていく様子を見る限り、妹の初恋は実ったのかもしれない。

そう思っただけで心が温かくなるのを感じた。

彼は二人に見つからないように、別の道から帰ることに決めて歩き出すのだった。



その夜。

エレナとクリスは広いベッドの上でゴロゴロしながら話をしていた。

エレナはいつも眠る前、兄に絵本を読んでもらっていた。

いつもなら、クリスの読み聞かせるお話を聞いている途中で疲れてすぐに眠るはずのエレナがなかなか眠れないと言うのだ。


「お兄様、私はこの本のようなお姫様になれるかしら?」

「エレナはこの本に出てくるお姫様より、もっと素敵なお姫様じゃないか。今日のドレスも可愛かったよ?」

「私は毎日ドレスを着ているからお姫様に見えるのね。ドレスがなくてもお姫様だとわかるようになりたいわ。服が変わっても王子様に見つけてもらえるような、そんなお姫様になりたい」

「そうだね。僕もそんな王子様になりたいな」


姫のような扱いではなく、王子として扱われたい。

自分の扱いが他の男の子に向かうものと明らかに違うと感じていたクリスは、密かに願いながらそう言った。


「お兄様は私にとっては、とっても素敵な王子様よ!やさしいし、いつも私の味方でいてくれるもの」

「エレナは大事な妹だからね。何があっても守るよ」


クリスはエレナに笑いかけた。


「私、今日ね、ケインと約束したの。ケインがナイトになって迎えに来てくれるまで待ってるって」

「そうなんだ。よかったねエレナ。エレナはケインのお姫様になれるんだね」

「うん。とても楽しみで、とても待ち遠しいわ」


恥ずかしそうに布団にもぐったかと思うと、すぐに頭を出してエレナはクリスに笑顔を向けた。


「じゃあ、エレナはより素敵なレディにならなきゃいけないね」

「そっか。私もケインに相応しいお姫様にならなくちゃ」


エレナの興奮はおさまらないようで、今度はしゃべりながら布団の中で足をばたつかせる。


「じゃあ明日から頑張るためにそろそろ寝なきゃね」

「なんだか楽しみで眠れないの」

「大丈夫だよ、静かに横になっていたら眠くなるから。さあ、目を閉じて……。いい夢を見られますように」


クリスがエレナの頭を撫でると、やがてエレナは落ち着いたのか寝息を立てて眠り始めた。

そんなエレナを確認したクリスは、そのままエレナの隣で静かに目を閉じるのだった。

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