第8話 理由
街頭の光が照らす道の真ん中で、少し距離をおいて、じっと動かずにお互いを見詰め合った。
遠くを走る車の音が聞こえなければ、まるで時間が止まっているようにも思えた。
30秒ほどだったと思うけれど、僕には10分にも20分にも思えた。その止まった時間を、千夏が先に進めた。
「別に隠そうとしてたわけじゃなくて、ただ、なかなか言う機会がなかったから。私ね、病気なの。感染者も極わずかで、治療法もわからない珍しい病気なんだって。」
その言葉を聞いた僕は、もちろんすぐに本当の事だとは思わなかった。告白を断るための、僕に気を遣った大きな嘘、そう思ったけれど、一切言葉にはならなかった。
「高校に入学してすぐ、ちょっと体調が悪くなって、それで病院に行ったの。そうしたら大きい病院を紹介しますって。最初はただの風邪だと思ったから、わざわざ病院を移るなんて変だなーとしか思わなかったけれど、紹介された病院で検査したら、病気のことを先生に言われたの。この病気が発症した人の生存例はないって。ショックだったなー。高校生って青春の真っ盛りじゃない?私も、友達と遊んだり、好きな人が出来たり、彼氏が出来て、手をつないで歩いたり。そんな毎日を思い描いていたから、すごいショックで。毎日部屋で泣いてたの。そうしたら両親が泣いている私の心配をして気遣ってくれて。親なんだから当たり前だって思ったけど、ある日たまたま夜に目が覚めて、寝れずに窓から外を見てたら、自分は死んじゃうんだって思ってすごく怖くなって、また泣いて。そうしたら、親の部屋から声が聞こえたの。お父さんが『出来ることなら、私が変わってやりたい!私が死んで千夏が生きられるなら、私は喜んで死ぬ!』って、泣きながら。お母さんもわんわん泣いてた。それを聞いて、悲しいのは私だけじゃないんだって、お父さんもお母さんも、私と同じくらい、もしかしたら私以上に悲しくて、辛いんだなって。だからせめて、両親には心配させないようにしなくちゃって思って、泣くのもやめて、いつでもニコニコしながら生活するようになったの。学校が終わっても、誰とも遊びに行かずに、親を安心させるためにすぐに家に帰ってきて、明るく振舞って。」
そう言って少しうつむいて、そしてまた僕に視線を戻した。
「でも、最近になって考えたの。いつ死んじゃうかわからない。5年後かもしれない、1年後かもしれない、ひょっとしたら明日死んじゃうかもしれない。明日死ぬ、それだったら、今まで出来なかったことをしようって。今まで我慢して諦めてた人生をもう一度チャレンジして今日を思い切り生きようって。友達と遊びに出て、買い物したり、カラオケしたり、合コンしたり。でも、その時自分で決めたの、好きな人は作らないって。もし出来たとしても、想いを伝えないって。だって、もし付き合えたとしても、いつ死んじゃうかわからないのに、相手の大切な時間を私が奪うなんて無責任だし、それに、別れが辛くなるから。私だけならいいけど、相手に辛い思いはさせたくないって。だから、誰とも付き合わないって決めたの。ホントは私だって、好きな人と一緒にいたいって思う。手をつないで歩いたり、綺麗な海を見ながら、ゆっくりと時間をすごしたり、年を取って、結婚して、子供を産んで、幸せな家庭を作りたい。でも、私が死んだ時、残された人の気持ちが痛いから、だからそれだけは諦めたの。恋はしないって。だから、ワタル君の気持ちは嬉しいけど、応えられないの。本当にごめんなさい・・・。」
そう言って、千夏は家の中に入っていった。僕はただ、その場でじっとしていることしか出来なかった。