第7話 告白
それから僕達は毎週土曜日になると、必ずどこかに遊びに行くようになった。基本的に場所は僕が決めていた。
原宿、渋谷、新宿。買い物したり、映画を見たり。
ただ、どこかに行く前には必ずカフェに寄る事が癖になっていた。
僕がコーヒーを頼み、千夏がカプチーノを頼む。
僕が行く店のほとんどが千夏には不釣合いな場所だったけれど、落ち着いたカフェでゆっくりとした時間を過ごす時だけは千夏にぴったりとはまっているような気がした。
正直なところ、僕は千夏の事が好きだ。
こんな感情が芽生えるなんて、ひどく懐かしい気がした。
誰かを本当に好きだと思ったことなんて今までに一度もないかもしれない。
誰かに気に入られようとはするけれど、それは単純にその日限りの関係を求め、それが終われば知らん顔を決め込んでいた。
恋愛は面倒くさい、そう思ってきたから、誰かを本気で好きになんかならなかったし、またそれでもいいと思っていた。
だけど、千夏に会って、彼女の放つ空気が、僕の知る同年代の、今までに見てきた女性が放つそれとは明らかに異なった物で、優しくて、暖かくて、穏やかで。
それに触れた瞬間にとても新鮮で、純粋で、僕の淀んだ心を洗い流してくれるような気がして、僕はその千夏の空気に触れていたいと思うようになった。
それは僕の独りよがりに思われるかもしれないけれど、それでも僕は構わないと思った。
6月の終わり、土曜日。僕はいつものように千夏と出かけていた。
千夏と初めて会ってから2ヶ月、毎週土曜日には千夏と会うようになっていたけれど、それはいたって健全なもので、手すらつないでいない。
2ヶ月前までの僕は、出会ったその日のうちに一緒にベットの中で朝を迎えるなんて事がしょっちゅうだったけれど、2ヶ月、そんなことも考えずに健全な付き合いを通すなんて、多分智明に話したら「お前病気か?」とか言われそうだと思った。
それでも僕の中で日に日に膨れ上がる千夏への思いは抑えることができず、この気持ちを打ち明けたいと思いはするけれど、もし彼女に断られたらと思うと不安になり、それならいっそのこと今のままでもいいのではないかと考えてしまう。
無論、そんな考えは今の僕の彼女への気持ちの前ではすぐに収束してしまい、改めて彼女に思いを伝えよう、そう決心したのが昨日のことで、今日、千夏に告白しようと心に決めて千夏と遊びに出かけている。告白の舞台は世田谷、彼女の家の前で。
時間が夜の7時になったところで「そろそろ帰りますか?お姉さん。」と言うと、時計を見た千夏が「そうね。じゃあ帰りましょうか、お兄さん。」と笑顔で返してきた。
「家の方まで送るよ。」そういって彼女の方を見る。この後の返しは100パーセント予想済みである。
「えっ、でもなんか申し訳ないよ。家の方向逆なのに。」
「いいって。今日は電車で来たから、たまには送らせてよ。ささ、行きましょうか。」
「じゃあ、よろしくお願いします。」そう言って彼女と駅に向かった。
電車に乗って、千夏といろいろと話していたけれど、正直僕は上の空だったと思う。
電車の進み具合に比例して僕の緊張も増大していった。僕はその緊張が顔に出ないよう、必死に普通を装いながら千夏と話をしていた。
新宿に着き、山手線から小田急線に乗り換え、着々と告白の舞台へ向かっていた。
実際、僕はある程度の勝算はあると思っていた。
毎週、好きでもない人と遊びに出歩く人なんていないだろうと。ただそれだけで、なんとも頼りない勝算だけれど、それでも僕はプラスに考えていた。
そして、電車は千夏の家の最寄駅に着き、僕達は電車を降りた。
この駅に来るのは初めて出会った日に千夏を送ってから2回目だ。
改札を抜けて、彼女の家の方へと歩き出した。駅前の商店街を抜けると、静かな住宅街になっていた。時間は8時を少し過ぎた頃。住宅街とはいえ、まだまだ道には人が多く目に付く。
「そこの角を曲がったところが私の家。解りやすいでしょ?」
「そうなんだ?スゲー解りやすい!これならバカな俺でも覚えられるね!」というようなことを話して角を曲がった。2分ほど歩くと、千夏が少し先にある家を指差した。
「あそこ。あそこの白い家が私の家。」
指の先には、白い大きな家が建っていた。僕はへー、と言いながら、辺りを見渡した。角を曲がってからは通りに人はいない。チャンス!
「今日はありがとうございました。家まで送ってもらって。」
「あのさぁ。」
「ん?」
「ちょっと真剣な話なんだけど・・・。」
「何?どうしたの?」
「いや、なんて言うか、考えて見ると俺あんまりこういうの慣れてないからなかなかうまいこと思いつかないんだけど・・・。」そう言って少し間を置き、話を続けた。
「あの、俺さ、千夏ちゃんの事、好きなんだよね。でさ、もし良かったらなんだけど、真面目に、真面目にっておかしいか、良かったら俺と付き合ってください!」
一応前日に告白の言葉は考えていたけれど、いざ本番になると考えていた言葉は一切出てこなかった。結局、もの凄くストレートに伝えてしまったけれど、それでも僕の思いは千夏に伝わったと思った。勝手に。
「・・・ごめんなさい・・・」
千夏の口から小さな言葉が返ってきた。ごめんなさい、確かに千夏はそう言った。僕ははっきりと聞こえたけれど、聞こえていないかのように「え?」と言った。
「ごめんなさい・・・」
2度、彼女は僕にごめんと言った。
「あ、そっか、そっか。そりゃそうか。だよねぇ、てか、だよねぇ。そりゃどう考えてもねぇ、俺こんなんだし。釣り合ってないよね。いやー、ごめん!」
「そうじゃないの!」出会ってから初めて千夏が大きな声を出した。
「そうじゃなくて、私、本当に嬉しい。ワタル君の気持ちがすごく嬉しい。私も、私もワタル君の事好きだから、だから、本当に嬉しい。でも、・・・」
「だったら何で?何でダメなの?」
「決めてたの、これから先、誰か好きな人が現れたとしても、絶対に気持ちを伝えないって。それが両思いでも、絶対に。」
「何で?何でそんなこと?」
少し間をおいて、千夏が言った。
「私、死んじゃうから・・・」