第3話 合コン
「えー、それではー、我々8人の出会いと、明るい将来を祝して、乾杯!」智明が乾杯の音頭を取った。後に続いて僕達7人も「乾杯!」と声を揃えた。
僕達の合コンはいつも乾杯の後は軽く自己紹介をして終始フリートーク。たまにゲームなんかをしたりもするけれど、智明に言わせれば「ゲームなんか邪道だ」そうで、喋って喋りまくって女性をその気にさせてこそ意味がある、というのが彼のポリシーらしく、僕もその意見に大いに賛成している。その方が、後々うまくいったときに自分の話術の力量に酔いしれるからだ。
この日もいつもと同じく自己紹介から始まった。智明がいつものように一発狙って調子よく喋っている。
普段ならこの時、僕が横から茶々を入れて笑いを誘ったりする、いわゆるチームプレーで場を盛り上げるのだけれど、今日はしなかった。僕の目の前の席に座った色の白い女の子に興味を惹かれ、智明の言葉がうまく僕の耳に届かなかったからだ。
当然智明もすぐに異変に気付いて、僕のほうをちらちら見ているのはわかったけれど、それよりも僕の興味は目の前の女の子。今まで見てきた女の子とは全くタイプの違う、初めて出会うタイプの子に僕の五感全てが傾いていた。
「おい、ワタル!お前の番だぞ!」智明が僕の肩を叩いて言った。どうやら智明の自己紹介は終わっていたらしい。
僕が茶々を入れなくても、それなりの笑いは取っていたみたいで、女の子達からは笑顔がこぼれている。
智明も気をよくしていたのか、僕が無視していたことには特に何も思っていない様子だった。僕は立ち上がって自己紹介を始めた。
もちろん僕もいつもは智明と同じように笑いを狙ってあれこれと面白おかしく自己紹介をするのがお決まりになっていた。
現に今日も「出だしが勝負」と思って、前日の夜からいろいろなバージョンの挨拶を考え、これだ!というものを決めてきていた。
でも、なぜかこの時の僕は、決めていた言葉が出てこなかった。
「ワタルです。始めまして。」というなんの捻りもない挨拶で終わってしまい、すぐに椅子に腰掛けた。
横から智明が「それだけかい!」と突っ込みを入れながら、オーバーリアクションをしてそれすらも笑いに変えているのが、なんだかちょっとだけ智明に申し訳なく思ったけど、視線を色白の女の子に移すと、女の子はまだ微笑んだ表情をしながら「よろしくね」と言った。
後で思うとこの時、まだ名前も知らない目の前の女の子のこの一言で、初めて僕に投げかけてくれたこの言葉から、僕の心は鷲づかみにされたんだと思う。
男性陣の自己紹介が終わり、女性陣の挨拶に移った。一人ずつ挨拶を済ませ、最後に僕の目の前の子の番になり、立ち上がった。「千夏です。始めまして。よろしくお願いします。」
そう言いながら、一度も笑顔を崩すことなく席についた。千夏―。真っ白な肌で、千夏という名前が妙にミスマッチで少し笑いそうになったけれど、座った彼女を見て僕も「よろしくね」と声をかけると、彼女は笑顔のまま軽く頭を下げた。
自己紹介も終わり、各々がフリートークに入っていった。それぞれ第一印象で気に入った子に話し掛けている。うまいことに、誰も被ってる様子はない。そして僕。僕は、やっぱり目の前の千夏に話し掛けた。
「ねぇ、千夏ちゃん、さん?千夏さんの方がいいのかな?いいやちゃんで!千夏ちゃんは優子と同じ大学なんでしょ?同級生?」
「うん。優子と同じ学部で同級生だよ。ワタル君は優子のお友達?」
「んー、友達って言うか、前に一度合コンで知り合って。でも俺が友達って言うよりあいつ、あのうるさい智明って奴の方が仲いいかな。俺は連絡先知らないからさ。てかあれ、同級生って事は同い年なんだよね?今年21歳の。」
「うん、今年21歳。私、年上に見えるのかな?」
「いや、年上っていうか、上だか下だかわからないんだよね。落ち着いてるように見えて、無邪気そうにも見えるから、正直年齢不詳に見える。」
そう言って持っていたビールを一気に飲み干し、お替りを注文した。その時、千夏が飲んでいたグラスも空きそうになっていたので、千夏に聞いた。
「おっ、早いね!お替り飲む?それは・・・ウーロンハイかな?」
「あ、私は、これ普通のウーロン茶なの。実は、お酒飲んだことなくて・・・。」そう言って空いたグラスを傾け、中の氷を眺めた。
「そっか、じゃあもう一つウーロン茶頼むよ。すいませーん。」店員を呼びウーロン茶の追加を頼んだ。
千夏は少しホッとしたような表情を浮かべ、またさっきまでの笑顔に戻って「ありがとう。」と呟いた。
そんな感じで我等が合コンも徐々に時間が過ぎていった。
僕はずっと千夏と話していたけれど、周りがうるさすぎてたまに聞き取れない事があったから、本当に聞きたい事は聞かずに、当り障りのない話をしていた。そして入店から2時間。
東京の居酒屋は大抵2時間までになっている。特に週末は混み合うので、時間に厳しい。僕達も店員からお会計を促され、割り勘で支払った。しかし合コンは終わらない、いつもなら。
店を出て、当然のように智明が切り出した。
「えー、それではこれより2次会の会場に行きたいと思います。場所は近くのダーツバー。さぁ行きましょう!」と元気よく声をあげ、みんなもノリノリで「イエーイ」とか言いながら歩き出だそうとした時、「あのー・・・」と後ろから声がした。千夏だった。
「私はここで失礼するね。今日はすごく楽しかった。どうもありがとうございました。」そう言うと、智明は「えー、帰っちゃうの?そっかー、残念!また今度!」と声をかけた。
智明が女性をすんなり返す時は、決まって自分の好みとは違う人の時で、千夏は智明のタイプとはかけ離れていたから、智明もすんなりと了承したんだと思う。千夏が駅の方に振り向き、歩き出そうとした時、「あ、じゃあ、俺送っていくから、俺もここで。」と僕が言った。
智明は少しビックリしたような顔をした。
「お前のタイプじゃないだろ?」そういった顔を僕に向けている。
千夏も、突然でビックリしている。「じゃ、またね。楽しんで。」そう言って僕は千夏の横に並んで、「ささ、行こう行こう。」と声をかけた。
千夏は初めて戸惑ったような表情をしたが、僕はお構いなしで駅の方に歩いていった。
いつもならこの時、100パーセントの下心を抱いて「送る」といい、いい店があると言って落ち着いた雰囲気の店に入り口説きに取り掛かるのだけれど、今回は違っていた。
純粋な気持ちで送ろうと思っての行動だった。
僕の後から千夏がついてきた。
まだ戸惑った顔をしながら「ホントにいいの?みんなの所に行かなくても・・・」そう千夏が言うのを遮るように「いいのいいの、あいつら、1人減ろうが2人減ろうが気にしないんだから。気にすることないって。」そう言って、2人で渋谷の駅を目指した。