第17話 幸せ
7月。千夏と付き合ってから2度目の夏休みを迎えた。
僕達は何も変わることも無く、今までと同じ時間を過ごしていた。
一度智明に僕達の一日を話したことがあったけれど、「まじで?それって楽しいの?もっとこうさ、ぱーっと騒ぐとかしないの?」と言われたことがあった。
その時僕は楽しいから智明もやってみればと勧めたのだけれど、「無理無理!俺には無理!出来ない!俺はぱーっと騒いで、ささっと帰って、今度はベットの上で騒がないと気がおさまらないから!出来ない!俺には!間違いなく!」と言っていた。智明は相変わらずだった。
僕も昔は智明と同じだった。
騒ぐのが好きで、遊びに出かけても必ずうるさくはしゃいでいたけれど、千夏と付き合って、最初は騒いでいたと思うけれど、少しずつゆっくりとした時間を好むようになった。
それは千夏に合わせてではなく、僕が少しずつその世界に魅了されていったからだ。
多分僕の横で千夏が優しい笑顔で微笑みかけてくれていたから、その居心地のよさに僕は浸っていたかったのかもしれない。
「おっと!もういい時間だ!そろそろ帰りますか?お姉さん!」
いつものように僕が時計を見ながら切り出した。
「ほんとだ。でも、今日はもうちょっとだけ一緒にいたいかな。ダメ?」
「まじで?俺は大丈夫だけど、千夏は平気なの?怒られない?俺後でお父さんに呼び出しくらわない?」
「平気。今日はちょっと遅くなるかもって言ってあるから。だからもうちょっとだけ。お願い。」
「わかった!じゃあもうちょっとだけ一緒にいよう!どっか行く?飯食う?おなか減った?」
「お腹は減ってないけど、行きたいところはあるかな。」
「どこどこ?どこでも言って!」
「お台場。」
「お台場?」
「うん。」
「まじで?少し遠いけど大丈夫?」
「うん、平気。」
「よし!じゃあ行こう!今すぐ行こう!」
そう言って僕達は代官山からお台場に向かった。渋谷から臨海線直通の電車に乗り変え、僕達はお台場に着いた。時間は9時になろうとしていた。
千夏とお台場に来たのは2回目だった。千夏に2度目の告白をして以来になる。
時間も遅かったので、僕達が駅から出る時には、入れ違いで帰ろうとする人たちに多くすれ違った。
それでも夏休みということもあってか、周りには数組の男女が手をつないだり腕を組んだりして静かになったお台場を楽しんでいるようだった。
「あれだね、さすがに店もほとんど閉まってるね。ホントによかったの?お台場で。」
「うん。あそこはまだやってないかな?」
「どこ?」
「あの海の見えるカフェ。」
「あー、あそこね!あそこならまだやってるかも!行ってみる?」
「うん。」
そう言って僕達はカフェに向かった。幸いカフェは開いていたので、僕達はコーヒーとカプチーノを頼み、テラスに出て一番端の席に座った。僕と千夏が付き合い始めた場所だ。
「んー、懐かしい!一年ぶりだね!あの時は朝だったけど!夜は夜でいいね!」
「うん。ねぇ、覚えてる?あの時ワタルが言ったこと。」
「言ったことって?あれ?」
「そう。」
「そりゃ覚えてるけど、いいよ言わなくて!スゲー恥しいから!まじで!」
「私もちゃんと覚えてる。ワタルの言葉を、全部。」
「だからいいって!もしかしてあれ?俺をいじめようとしてお台場に来たの?」
「フフフ、正解。」
「もう!勘弁してよ!もう!」
そう言って僕はポケットからタバコを出して火をつけた。
「でも、私は本当に嬉しかったな。ワタルの言葉。」
そう言って千夏はテーブルに腕をつき、少しだけ前のめりになって微笑んだ。
「あの言葉で、私はワタルに飛び込む勇気がもてたから。」
僕はタバコを消して、千夏と同じようにテーブルに腕をつき、少し前のめりになった。
「それで今は、幸せですか?お姉さん。」
「ええ、幸せです。お兄さん。」
「ならよかった。」
そう言ってお互い見つめ合った。そして、優しい笑顔に吸い込まれるようにスッと顔を寄せ合い、そっと唇を重ねた。
千夏とのキスは、少しだけ甘いカプチーノの味がした。
そして、唇を離すと、照れた表情の千夏は、「また幸せが一つ増えた。」と言って、いつもの優しい笑顔に戻った。
僕はこの時間が永遠に続くよう、初めて神様にお願いをした。