第15話 実家
「ねぇねぇ、やっぱ変じゃない?おかしくない?ズボン細すぎない?耳の穴とか気になる?平気?出来れば平気って言って!」
「大丈夫、平気。すごく似合ってると思うな。」
「うーそだー!何か少し目が笑ってるもん!楽しんでない?ねぇ、ホントにホントに平気?」
「本当に平気だよ。すごく似合ってる。」
「まじで?ホントに?あれだよ?俺とかすぐに調子に乗るタイプの人間だよ?」
「フフフ、知ってる。本当に平気だから、行こう。」
4月、僕達が出会ってから1年が経った。なんとか僕も留年せずにお互いに大学4年生へと進級できた。
無事に4年生になれた事と、僕達が出会ってから1年の記念として、僕が「なにかおいしいもの食べに行かない?もうこうね、まさにほっぺたが落ちちゃうような、ほっぺたなくなっちゃうような、ねぇ、行かない?どこかある?行きたいところ!」と聞いたら、千夏は少し考えてから「うん、ある。」と言った。
「どこどこ?どこでも言って!予約するから!無理って言われても強引に予約するから!なんなら智明使ってでも予約する!」
「私の家。」
「え?家?」
「そう、私の家に来て欲しいな。」
「まじで?家でいいの?高級なものとか、景色のいい場所とかじゃなくていいの?」
「うん、家がいい。私はワタルの家に行ったことがあるけど、ワタルはまだ私の家に来たことないでしょ?だから来て欲しいかな。それに、親にも紹介したいし。」
そう言って千夏は、少しだけ恥しそうな顔をした。
「わかった、じゃあ千夏の家にしよう!決まり!」
そして、僕は初めて千夏の家に行くことになったのだけれど、さすがに金髪、ピアス、ボロボロの服で千夏の親に会うほど僕には根性はないから、千夏と一緒に代官山で綺麗な服を買い、ピアスをはずして、千夏に手伝ってもらって髪の毛を黒く染めた。
「あのさ、千夏のお父さんて怖い?大丈夫?俺いきなり殴られたりしないかな?」
「大丈夫、いたって普通のお父さんだから。全然怖くなんかないよ。」
「ホントに?」
「ホントに。でも、もしかしたら飛び掛ってくるかも・・・。」
「ヤダ!やっぱり帰る!」
そんなやり取りをしながら、ようやく千夏の家に着いた。
「ただいまー。」
ドアを開けて千夏が言うと、奥から千夏のお母さんが駆け足で玄関に向かってきた。
「お帰りなさい。えーと、ワタル君、どうぞ、いらっしゃい。」そう言って僕にスリッパを出してくれた。
ニコニコとしていたので、僕は少し安心した。笑顔を見て、千夏はお母さん似だなと思った。
「はじめまして、お邪魔します。」そう言ってスリッパに足を通した。
リビングに案内され扉を開けると、中央のダイニングテーブルには千夏のお父さんが座っていた。
この時はさすがに緊張で口から心臓が飛び出すかもしれないと思った。
じっと僕を見つめる千夏のお父さんの重圧に押しつぶされそうになった。
千夏に「どうぞ、そこに座って。」と言われ、よりにもよってお父さんの目の前の席に座らされた。
お父さんはまだ僕を見ている。やばい、逃げ出したい!そう思っていたら、「ワタル君。」と、太い声で呼ばれた。
「ハイ!」と、緊張気味に答えると、お父さんが話し始めた。
「イヤー、ワタル君!よく来てくれた!嬉しい!私は本当に嬉しい!あれかい?ビールでいいかい?よし!ビールで!おーい、母さーん!ビール持ってきて!じゃんじゃん持ってきて!」
そう言って運ばれてきたビールを用意された僕のグラスに注ぎ、「ささ、遠慮せず!グイッと!グイィィッと!」と言い、「イヤー、嬉しい!私は幸せだ!あっ?お腹減った?よし!寿司取ろう、寿司!母さん、寿司取って!5人前!4人しかいないけど5人前の気分で取って!もちろん特上で!」そう言うと、台所にいたお母さんが「ハイハイ。」と、ニコニコしながら言い電話に向かった。少し、というかだいぶ拍子抜けしたのは言うまでもない。
どんどんビールを注がれ、「ささ、飲んじゃって!冷たいうちに飲んじゃって!」というお父さんに、さすがに注がせてばかりでは申し訳ないので、僕もビールを手に取り「あの、お父さんも・・・。」と言うと、「イヤイヤ、実は私は酒が全く飲めなくてね!私の事なんか気にせずにどんどん飲んで!」そう言ってどんどん僕にビールを注いだ。
しばらくして出前が到着し、僕は千夏と千夏の両親と一緒に寿司をいただきながら終始会話をしていた。気を遣ってとかそういうことは一切なく、心の底から楽しめた。
一段落してから千夏が「じゃあ、ちょっと私の部屋に行かない?」と言うので、僕は二階の千夏の部屋に行った。
初めて入った千夏の部屋は、すごく綺麗で整頓されていて、少しいい匂いがした。
僕が想像していた通りの部屋だった。僕は千夏の部屋を見渡しながら話しをした。
「いやー、最初はどうなるか心配だったけどあれな、千夏のお父さんスゲー面白い!ヤベーまだ腹痛い!笑いすぎた!」
「なんかごめんなさい。お父さん、いつもよりはしゃいでたみたいで。」
「イヤイヤ、スゲー面白かったから全然平気!また会いたいもん!あれだね、ほんと面白いし、スゲーいい人って感じだったね!」
「誰かさんにそっくりだったでしょ?」
そう言って千夏はニコニコしていた。僕は誰に似ていたのか少し考えたけれど、これといって思い浮かばなかった。
そして僕は本棚に目を移して止まった。そこには上から下までぎっしりと小説が並んでいた。
「これ、この小説、これ全部千夏の?」
「うん、そうだよ。」
「これ全部読んだの?スッゲ!」
「家に帰ってきてから時間があったからね。小説読んで、いつも時間を潰してたの。最近は小説を読む暇もなかなかなくなったけどね、お兄さん。」
「あっ、これはこれは、大切な時間を独り占めしてしまいまして申し訳ございません、お姉さん。」
そして僕はまた部屋を隅々まで見渡した。どれをどう見ても、そこは紛れもなく千夏の部屋だろうと思うような物が溢れていた。
シンプルでオシャレなスタンドライト、ぎっしりと並んだ小説、そして、クラシックのCD。
しばらく千夏の部屋で話しをして、時間も遅くなってきたので僕は帰ることにした。階段を降りてリビングに行き、千夏の両親に挨拶をして帰ろうとすると、千夏のお父さんが立ち上がった。
「もう帰るの?そうか、もうこんな時間か!よし、私が家まで送っていこう!なに、心配しなくても25年間無事故無違反だから安心して!さ、行こう行こう!」
「え、でもさすがに申し訳ないですよ!」
「いいんだよ!せっかく来ていただいたんだから、帰りぐらい送らせてくれ!さぁ!」
「では、お言葉に甘えて・・・」
そう言って僕は千夏のお父さんに送ってもらうことになった。
玄関で靴を履き、見送りに出てきたお母さんに「お邪魔しました。」と挨拶をし、千夏に向かって「じゃあ、また。後で連絡するから。」と言い、千夏も「わかった。今日はありがとう。またね。バイバイ。」と言って、僕は外に出た。