第14話 写真
8月の後半になり、まだまだじりじりとした暑さが続く中、久しぶりに智明から電話がかかってきた。
「おーっす、ワタルー!今平気?彼女と一緒?『愛してる』最中?」
「違うよ馬鹿!今一人だけど、これから遊びにでかけるところ。どうした?妊娠でもさせたか?」
「いやいや、安心・安全が私のモットーですから!これからデートか?よかったら一緒にバーベキューでもやらない?さっき優子と話してたんだけど、天気もいいしさ!2人だけで遊んでないでたまにはね、仲良くね、遊びましょうよ!どう?」
「んー、取り合えず今から千夏に会うから、聞いてみて大丈夫そうだったら連絡するよ。」
「わかった!じゃあよろしく!食おう!肉をいっぱい食おう!」
電話を切ってから僕は千夏との待ち合わせ場所に向かった。
最近は代官山のいつものカフェで待ち合わせをすることが多くなった。
いつもの席で、決まって千夏が先に来てカプチーノを飲みながら待っている。
一度千夏より先に行こうと思って20分も早く行ったのだけれど、着いたときにはすでに千夏はいつもの席でカプチーノを飲み、僕の姿を見つけてニコニコしていた。敵わないな、そう思った。
カフェが見え近づいていくと、いつもの席に千夏が座っていた。
その横には、腰にエプロンをつけた50歳ほどの男が立っていて、千夏と話しているのが見えた。
千夏が僕に気付き笑顔で手を振ってきたので、僕も手を上げて応え、店内に入ってコーヒーを頼み、千夏のいる席へ向かった。
その時、男と目が合い、男は僕に笑みを浮かべながら「いらっしゃいませ、ごゆっくり。」と言って店内に入っていった。
「今のおじさん誰?店の人?あんな人いたっけ?」
「あの人、ここの店長だって。私も始めて見た。」
「へー、ホント、初めて見た!何話してたの?」
「これ。」
そう言って千夏は1冊の小説を僕に差し出した。
「ワタルのこと待っている間にその本を読んでたら『レニー・ローゼルですか?』って。ビックリして顔を上げたら店長が立ってて。それでいろいろ面白い小説を教えてもらってたの。」
「へー、それってさぁ、もしかしてナンパなんじゃない?だって普通話し掛けないでしょ!お客さんに、本読んでるのに。」
「そんな感じじゃなかったよ。話しを聞いてたら、すごい本が好きなんだなって思ったし。」
「どうせ俺は漫画しか読まないですよーだ。」
そう言ってコーヒーをグイッと飲むと、フフフ、と千夏の声が聞こえた。
「何?何で笑ってるの?」
「だって、初めて嫉妬されたんだもん。」
そう言って優しい笑顔で僕を見つめる千夏には、やっぱり敵わないなと思った。
店を出てから智明から電話があったことを伝えた。
バーベキューの事を聞いた千夏は、「楽しそうね!行ってみない?」とノリノリで応えたので、僕は智明に電話をしてバーベキューに行くことになった。
場所は二子新地駅の近くにある河川敷。
代官山から渋谷に行き、田園都市線に乗り換えて二子新地に向かった。
駅に着いてから智明に連絡をするとすでに準備を始めているらしく、「急いで来い!早く!手伝え!」と言われたので、僕はお構いなしにゆっくりと千夏の歩幅に合わせて向かった。
デコボコとした地面を歩き、周りを見渡して智明を探していると、派手な服を着た男がそそくさと石を積み上げ、その横でこれまた派手な服を着た女が、折りたたみ式の小さな椅子に腰掛けてそれを眺めている。智明達だ。
僕は大きな声で「おーい!」と叫ぶと、声に気付いた智明は僕達の方を向き、早く来いと言わんばかりに手を振っている。
「おいーっす!」
「おいーっすじゃないよ!遅いよ!疲れたよ!早くお前も手伝え!食いたい!早く肉を食いたい!今すぐ!」
そんなやり取りをしていると、横にいた千夏が少し笑いながら智明に「こんにちは。お久しぶり。」と声をかけた。
ひとしきり僕に文句を言った智明は千夏の方を向き、「あっ、どうもどうも!久しぶりです!」と声をかけてしばらく千夏のことを見回し、僕に近づきグイッと首に腕を回して少し離れ、小さな声で僕に耳打ちした。
「なぁなぁ、あれさ、あの子この前の子だよな?なんか雰囲気違わない?あんなに美人だったっけ?違う子?二股?浮気相手?」
「違うよ馬鹿!あの子だよ!お前がすんなり帰した子!」
「えー!嘘だー!あんな子を俺が帰すわけないだろ!絶対に!まじで!いやまじで!」
確かに千夏は少し変わったのかもしれない。
初めて会った時は地味な印象も少なからずあったけれど、今は全く感じない。
実際僕はほぼ毎日のように千夏に会っているから変化は気付かなかったけれど、智明がここまで言うのだから間違いないのかもしれない。
それが僕と付き合って変わったのだとしたら、これ以上嬉しいことはないと思った。
そして僕達はバーベキューを楽しんだ。最初はうまく千夏が馴染めるか心配だったけれど、考えてみれば優子は同じ大学で話しをする仲だし、智明はあんな性格だから、心配する必要なんて初めからなかったのかもしれない。
「そうだ!おいワタル!ちょっとさ、デジカメ持ってきたから俺達撮ってよ!」とデジカメを渡してきた。
「わかった!じゃあ、いくよー!はい、お互い相手の好きなところ想像してー!」そう言ってシャッターを押した。
「サンキュー!なぁ、いやらしい顔になってなかった?好きなところとか言うから、ついにやけ顔に・・・。」
「バカ!あんた他に私の好きなところないの?バカ!」
意外とこの2人はお似合いだなと思った。
「今度はワタル達撮ってやるよ!いくよー!もっとくっついてー!お互いの好きなところ想像して!ハイ!」
そう言って智明はシャッターを押した。
好きなところ、僕は千夏の全てを想像した。
落ち着いていて、それでいて時にはイタズラ好きで。
きっと僕は、僕が持っていないものを全て持っている千夏に惹かれて恋をしたんだと思う。
それは決して珍しいからとか、好奇心で惹かれたのではなく、純粋に心で惹かれて、そして僕は千夏に恋をしたんだと思う。
智明が撮ってくれた写真を見た。そこには、金髪、ピアス、ぼろぼろな服を着て満面の笑みにピースをしている僕と、その横で見守るような笑みを浮かべた、透き通るような色の白い黒髪の千夏が写っていた。僕と千夏が初めて2人で撮った写真。
この時千夏は何を想像していたのかわからなかったけれど、この優しい笑顔にも、当然僕は惹かれていた。