第13話 代官山
木には緑が生い茂り、夜通し鳴く虫の声が聞こえる。8月。
大学は夏休みに入り、僕は今までよりも長い時間を千夏と過ごすようになった。去年までは夏休みになると田舎に帰省をしていたけれど、今年は帰る気は全くなかった。
千夏との時間は長くなったけれど、どこかに出かけるということに変わりはなかった。だけど、その出かける場所には大きな変化があった。
自由が丘、二子玉川、中目黒。
千夏が行きたい所に出かけるようになり、その全てが今までの場所とは比べ物にならないほど落ち着いていて、綺麗で、洗練されていた。
その街を歩く千夏の姿は、一枚の絵のように溶け込んでいて、街全体が彼女の一部のように思えるほどだった。
そして、代官山―。
見るもの全てが僕の目にはオシャレに映り、その街をボロボロの服で歩くと、少しだけ気恥ずかしくなったけれど、優しい笑顔で手をつなぎ僕の横をゆっくりと歩く千夏を見ていると、そんな恥しさはすぐになくなり、またいつもの調子に戻っていった。
そして、僕はその街に徐々にのめりこんでいった。
どこへ行っても必ずカフェに寄る事はまだ続いていた。
行く先々でたまたま見つけたカフェにいつも立ち寄るのだけれど、代官山に行く時だけは必ず決まったカフェに立ち寄るようになっていた。
旧山手通り沿い、槐の街路樹が並ぶ道の、少し広めのテラスがあるカフェに僕達はよく足を運ぶようになった。
カウンターでコーヒーとカプチーノを頼み、僕達は必ずテラスの一番端の席に行き、奥に千夏が座って、手前に僕が座った。
そこで1時間ほどコーヒーを飲みながら、いつも他愛もない話しをしている。僕はその時間がすごく好きだった。
ある時、いつものようにコーヒーを飲みながら話しをしていると、千夏から面白い話しを聞いた。
それは意外にも智明の話題だった。なんと、あの智明もいつの間にか彼女が出来ていたと言うのだ。
千夏から聞いたということはもちろん相手は優子だ。千夏の話しでは1ヶ月前辺りから付き合っているらしく、優子に僕と付き合ったことを報告して、その時に聞いたそうだ。智明は僕に何も報告してなかった。
多分、僕と千夏が付き合ったときに僕をからかったから、その仕返しを恐れてだと思うけれど、後で電話でもしてあの時の10倍はからかってやろうと思った。
そして、買い物や散歩をして、夜にはお互い家に帰って行った。
家に着いてからも、携帯会社の企業努力に甘え、僕達は夜中まで電話で語り合った。
特別なことを話すわけではなかったけれど、千夏と話している事が僕には特別な時間で、昼間にあれだけ喋ったのに、それでもまだ喋りたりないくらい電話でいつまでも喋っていた。
そして、最後におやすみ、また明日ね、と言う千夏の声を聞いて、電話を切った。