第12話 電話
翌日、昨日言ったように、僕と千夏は新宿で落ち合った。
ちょっと行きたい所があるから、そう言って新宿の街を歩いて、一軒の携帯ショップの前で止まった。
「実は携帯を変えようと思ってね。付きあわせて申し訳ないけど、いい?」
「うん、全然平気。入ろう!」そう言って店内に入った。
店内に入りディスプレイされている携帯を見て回った。千夏も物珍しげに一つ一つに足をとめて携帯を手にとり眺めている。
「あのさ、いろいろ見てたらどれでもよくなっちゃったから、よかったら千夏決めてよ。どれが良さそう?」そう言って千夏を見た。
「え?いいの?」と言い、いろいろと見て回って、一つの携帯電話を手にした。
「私はこれかな。」そう言って手にとった携帯は、いたってシンプルな携帯電話だった。
「じゃあ決まり!それにする!すいませーん!」店内にいる店員を呼んだ。
「少し時間がかかると思うから、ちょっとだけ待ってて。」そう言って僕は個別に仕切られた窓口に座り、あれこれ話しを聞かされた。
途中でチラッと千夏を見ると、まだ携帯を見て回っている。
それを見て僕は店員さんに耳打ちをすると、飛び切りの営業スマイルで「はい、大丈夫ですよ!」と返ってきたので、僕は「じゃあ、お願いします。」と頼んだ。
10分程で契約は終わり、袋を貰って店を出た。
「申し訳ないね、付き合わせちゃって、ホント。今日はここに来たかっただけだから、新宿から少し移動でもして、ゆっくり散歩しない?」
「賛成!」そう言って笑顔で僕を見つめる千夏と駅に向かった。
僕達は原宿で降りた。
いつもは表参道を下ってごちゃついた街中に行くのだけれど、今日は代々木公園の方に歩き出した。
別に意識していたわけではないけれど、なんとなく今日は落ち着いた所に行きたい気分だった。歩道橋を渡り、公園を目指した。
「でもあれだね、今の携帯って、何がメインなんだかわからないね。カメラはついてるしゲームはついてるしで。まぁ便利には違いないと思うけど。」
「やっぱり便利かな?」
「便利でしょ!いつでも連絡取れるし、声が聞けるし!千夏も持つ?」
「うーん、そうね、持ってみようかな。」その言葉を待ってましたとばかりに僕は袋の中をあさり、さっき買った携帯を取り出して千夏に差し出した。
「じゃあ、これ。ハイ!」
「え?何?」
「さっき買った携帯。千夏に!」
「え?でも、ワタルは?」
「ヘヘェー、ジャーン!実は同じの2台買っちゃいました!俺の分と、千夏の分。俺の名義で2台買えばタダで電話できるからさ!」
「え、でも、さすがに悪いよ・・・」
「大丈夫だって、まじで!スゲー安かったし、基本料金もここの携帯会社スゲー安いから!それにほら、毎日いつでも声が聞けるし、こないだみたいに少し遅れる時だって連絡取れるじゃん?俺結構時間にルーズだから、遅れたときに先に謝って千夏のご機嫌取りも出来るし、まぁ俺のためみたいなもんだからさ!」
「でも・・・、うん、ありがとう。」
そう言って千夏は携帯を受け取った。そして僕はもう1台の新しい携帯を左耳にあてた。
突然、ピピピピッ、と千夏の携帯が鳴り出し、ビックリした千夏は僕を見た。そして、ニヤニヤとした僕の顔を見ると、全てを悟ったらしく、笑顔で携帯に出た。
「もしもし。」
「あーもしもし?千夏?俺、ワタル。今どこいるの?」
「今ね、大好きな人の横にいるよ。」
「まじで?もしかしてその大好きな人って、金髪で笑顔がみっともなくていつもボロボロの服着てるどうしようもない男のこと?」
「フフフ、正解!」
「さっすが千夏!だいぶ見る目あるよ!きっと男前だよ、そいつ!俺も今偶然、大好きな人の横にいるよ!」
「ワタルの大好きな人はどんな人?」
「えーっとねぇ、色が透き通るように白くてワンピースがよく似合ってて落ち着いてて、笑顔が飛び切りに可愛くて。でもたまにイタズラするようなおてんばな感じの、俺とは正反対な人かな!」
「胸の小ぶりな?」
「うんそう、って違う!そうじゃないそうじゃない!」
そんなことを、隣で携帯電話越しに話しながら歩いた。そして、歩いている時に少しだけ千夏の指先が僕の手にちょこんと触れ、一瞬立ち止まってからお互い顔を会わせ、もう一度手が触れ合った時に、僕は千夏の手を握った。
一瞬恥しそうにうつむいた千夏は、すぐに笑顔になり、僕の手を優しく握り返した。
「それで今ね、やっと手をつなげた。」
「私も。やっと好きな人と手をつなげた。」
そう言って僕達は行く当てもなくただ歩き続けた。
千夏の手は夏なのに少し冷たかったけれど、温もりは僕の全身に伝わってきた。
今にも離れてしまいそうなほど優しく握っただけだったけれど、それでも、しっかりと強く千夏と繋がれた気がして、この手をつないだままなら僕はどこまでも歩いていけそうな気がした。