第10話 不安
それから僕達は、ほぼ毎日会うようになった。
平日には千夏は学校があるから、前日に学校の終わる時間を聞き、待ち合わせ場所を決めて遊びに出かけた。
僕も学校はあったけれど、大事な講義は智明を含めた僕の優しい優しい友達に代返をお願いしたりしていた。
一応智明だけには千夏と付き合った事を報告した。
彼の開いた合コンのおかげで僕達は出会えたのだから、マナーとして智明には報告したけれど、千夏の病気の事までは言わなかったし、言う必要もないと思った。
智明はビックリして「えーっ!」と大声をあげて、「何で?何が良かったの?ねぇ?何が?あれか?すごいのか?そんなに激しいの?ねぇねぇ。」と、智明らしい質問をしてきた。
僕が「なにもしてないよ、ただ、彼女のことが好きになったから。」と答えると、「お前が?好きになった?お前が?お前でしょ?あのワタル君でしょ?誰も愛さないけど誰でも『愛した』ワタル君でしょ?えー?どうしたのまじで?ねぇなんで?ねぇ?」と、どうにも智明の興奮は収まりそうもなかった。
僕と千夏の間でも、少しだけ変わった事があった。それは、僕が「呼び方を変えよう」と言ったからだ。
「なんかさ、あれ、君とかちゃん付けで呼び合ってると、どうもこう、なんか距離がまだあるっていうか、なんかもう一つ親密になれなそうな気がするからさ、君とかちゃん付けで呼ぶのやめにしようよ!どう?」
「うん、わかった。じゃあ、改めてよろしくね、ワタル。」
「んー、いい!すごくいい!なんかこう嬉しさがこみ上げるね!よろしく!千夏!ヤッベ照れる!」
それともう一つ、遊ぶ場所に新たに加わったところがある。僕の部屋だ。
予め断っておくけれど、いやらしい気持ちで千夏を僕の部屋に誘ったのでは決してなくて、千夏の方から僕の住んでいるところを見たいと言ってきたのだ。いや、本当に。まじで。
いつも僕が遊ぶ場所を決めていたから、ためしに千夏に帰り際翌日行きたいところはあるか聞いてみたら、「ワタルの部屋を見てみたいな。」と、かなり意外な答えが返って来た。
「わかった。じゃあ、明日は俺の部屋で決定!学校まで迎えに行こうか?」
「ううん、平気。ワタルの家の最寄駅まで行くから、駅まででいいよ。学校終わってからだから、4時くらいに着くと思う。」
「わかった、じゃあ、明日4時に駅に迎えに行くから。」
「うん。それじゃあ、また明日。バイバイ。」
そう言って別れ、僕は帰路についた。明日うちにくるのかぁ、と考えながら。部屋の鍵を空けドアを開いて部屋の電気を点けた。明日ここに千夏がくる・・・、そう思って部屋を見渡した。
溜まったゴミ、山になった服、エロ本、エロビデオ、エロDVD、エロ・・・。
部屋の中は誰が見ても悲惨な状況だった。
とにかくこのままこの部屋に千夏を上げるのはマズイ!そう思い残酷なまでに散らかりに散らかった部屋を掃除すべく、まずは近くのコンビニに走り、ゴミ袋を買ってきた。
溜まったゴミをゴミ袋に押し込み、ゴミだと思われるものは全て捨てた。
山になった服も洗濯機の中に入れ、入りきらないものは押入れの隅の方に隠すようにしまった。
そして後はエロのつく品々だ。
まずはそこかしこに散らばったエロ本、エロビデオなどをそれぞれ仕分けし、まとめてからゴミ捨て場に捨てに行った。
これでようやく大方片付いて、あとは床に掃除機をかけて、雑巾掛けをして終了。
全ての作業が終わったのは夜中の3時だった。
僕は久しぶりに綺麗になった部屋を見ながら満足感に浸り、同時に急に疲労感に襲われてそのまま横になり眠りについた。
ジリジリとした暑さで目を覚まし、ぼんやりとしながら寝ぼけたままタバコを吸った。
少しずつ意識がはっきりしてくると、昨日掃除した部屋を見渡して、改めて綺麗になった部屋に満足した。これなら千夏が来ても大丈夫。そう思って部屋の時計を見た。
3時50分。
僕は一瞬むせ返して、慌ててタバコの火を消して服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
完全に寝すぎた。急いでシャワーを浴び、着替えて、髪も乾かないうちに部屋を飛び出し駅に向かって走った。歩くと10分かかる駅だけれど、走れば3、4分でつく。
夢中で走り、駅に着いた。時間は4時10分。
あまり大きくない駅だけれど、人は割と多く、駅周辺にいる人を一人ずつチェックした。
幸い千夏はまだ来ていないようだったので、取り合えず僕は安堵した。
それから、電車が到着し乗客が降りてくるたびに、僕は千夏の姿を探したけれど、5時前になっても千夏は姿を現さなかった。
千夏が約束の時間を1時間もオーバーするなんて珍しいなと思い、僕は少し不安になった。迷ったのか、それとも―。
僕は一層不安になり、どうするか考えたけれど、なかなかいい案が出てこない。
連絡を取りたいけれど、千夏は携帯を持っていないから取れないし、かといって千夏が寄りそうな場所も、ぱっと頭に思いつかない。
こんな時になって、携帯のない不便さと、彼女の事をあまりにも知らなすぎる自分に気付いた。どうしていいかわからず、駅の前であたふたしていると、僕の後ろから「ワタル」という声が聞こえた。千夏だ。
彼女は急いで改札を抜け、僕のところに駆け寄ってきた。
「ごめんなさい!授業の後で先生に呼ばれて、遅くなっちゃって・・・。怒ってる?」
「あぁー良かった!んもう、嫌われちゃったかと思った!あぁー良かった!来てくれて!大丈夫、全然怒ってないから!ささ、行きましょう行きましょう。」
そう言って僕の部屋に向かった。僕は心配したとかは言わずに、いつものように少しおちゃらけながら千夏と話した。
千夏が気を遣うのを避けるためだった。
それでも千夏は、そんな僕の心を読み取ったかのように、部屋に着くまでの間に、僕に「心配した?」と聞いてきたので、千夏には隠し事は出来ないなと思い、「ちょっとだけね。」と答えた。
千夏は「ごめんなさい。」と言い、優しい笑顔で僕に「でも、ありがとう。」と言った。