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キミイロ  作者: 武地
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プロローグ

 目の前の道を数十、数百の人が通り過ぎる。時折、セレクトショップの買い物袋を持ったカップルの大きな声に反応して視線を送り、楽しそうにはしゃいでいる姿をぼんやりと眺めて、また視線を下に向け小説の続きに没頭していく。


東京、代官山。


旧山手通り沿いにあるオープンカフェで席は決まってテラスの一番端。


二人掛けのテーブルの手前に座り、コーヒーを飲みながら小説を読むことが僕の日曜日の決まりになっている。


しばらくするとカフェの女性スタッフが僕の横に来て「コーヒーのお替りをお持ちしました」と僕に声を掛けた。


時計を見ると午後の3時。僕は「すいません」と言って空になったコーヒーカップを差し出した。新しいコーヒーが注がれ、どうも、と軽くお辞儀をすると、彼女が僕に「こちらも新しいものにお取替えいたしますね」と言ったので僕はもう一度「すいません」と言い、僕の向かい側に置いてあったカップを彼女に渡した。


カップの中には冷たくなったカプチーノが入っていたので、彼女はこぼさないように運んで行き、すぐに新しいカプチーノを運んで来た。


「ありがとうございます」僕がそう言うと、彼女は「ごゆっくり」と僕に微笑んだ。そしてまた、小説の世界に入り込んでいく。


それからきっかり1時間後、4時になったのを確認して僕は栞を挟んで小説を閉じた。


バッグに小説をしまい、立ち上がって向かい側に置かれたカップを見た。中には少しも飲まれていないカプチーノが入っている。


その横に置いてあるもう一冊の小説と、その上に被せたハンカチを取ってバッグにしまい、レジのあるカウンターに向かった。


「お会計をお願いします」そう言うと、カウンターの脇でカップを拭いていたさっきの彼女がこちらにやって来た。

「ありがとうございます。720円になります」その瞬間、いつものように僕は一瞬躊躇して彼女に尋ねた。

「あの、カプチーノの代金が入ってないんですけど・・・」そう言うと彼女は、一瞬虚を衝かれたような表情を見せたが、またすぐにいつもの笑顔に戻り「はい、大丈夫です。店長からも言われていますので」そう言って僕の顔を見ながらニコニコしている。

「すいませんいつも。ありがとうございます」そう言って僕は1000円札を出し、おつりを受け取り店を出た。「ありがとうございました」という店のスタッフ達の声を背中に受け、振り返って軽く会釈をして、駅に向かった。


 東京都練馬区。代官山からは2度電車を乗り換え、電車を降りて駅から10分程歩くと僕の住むアパートが見えてくる。


5時を10分程過ぎた頃、マンションに着いた。3月になり、少しずつ暖かくなってきたけれど、まだ日は長くなく、家に着く頃にはだいぶ暗く街頭も明かりを灯している。


 部屋に入り、着替えを済ませてから夕飯の支度を始めた。一人暮らしを始めてから5年間、一度も料理を作ったことがなく、1日3食ほぼ毎日外食かコンビニで済ませていたけれど、ここ3年は、時間があれば必ず料理をするようになった。といっても別に手の込んだものを作るわけではなく、簡単に誰でも作れそうなものばかりだけれども、それでも昔に比べたら大変な進歩であると、常々心の中で思っている。


 夕飯を済ませ、明日の仕事の準備を終え、することがなくなると必ず部屋の照明を蛍光灯から白熱球に変え、暗くしてから音楽をかけてソファに深々と座る。音楽はクラシックしかかけないが、別にクラシックが好きなわけではない。

バッグから小説とハンカチを取り出してテーブルの隅に置き、視線をその先のテレビの横に向けた。一枚の写真と二台の携帯電話―。それをぼんやりと眺めながら、徐々に焦点を写真に移していく。


その写真には、金髪、ピアス、ぼろぼろな服を着て満面の笑みにピースをしている6年前の僕と、その横で見守るような笑みを浮かべた、透き通るような色の白い黒髪の千夏が写っている。誰が見ても不釣合いな二人だけれど、6年間、彼女と出会ったその瞬間から、彼女と過ごした時間を、見た風景を、交わした会話を、僕は思い出さない日はない。


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