8、図書室に行きます。
保健室から出ると、私はユナ令嬢と教室に向かった。
そこにはアメルハルト王太子と、ユナ令嬢とも仲の良い数人の貴族令息達が待っていた。
彼らには、ユナ令嬢がだいぶ疲れているので、ヒーリング魔法を使って癒している、と話している。
私が感じたユナ令嬢の精神的な危険さは、王太子以下令息達は誰も気付いていないようだった。
保健室から帰るユナ令嬢には、私のヒーリング魔法の残り香があるので、私の言葉が疑われることはない。
私が今までの苛めのお詫びに、毎日ユナ令嬢に癒しの魔法をかけているのだと思われている。
まあ、おおむねその解釈に間違いはなかった。
ユナ令嬢はその後の行動にも私を誘ったけれど、私は申し訳ないけれど、その後の遊びまでは断っていた。
他でもない。図書室で勉強したいからだ。
私が図書館司書になりたい旨を教員に相談したところ、特別に別途補講を受けた後試験を受け、合格できれば司書の資格を得ても良いと言って貰えたのだ。
補講は週に一回、それ以外の時間、私は図書室で試験に向けての猛勉強を始めていた。
覚えることは多くて、時間はいくらあっても足りない。
自分の夢のためには、ユナ令嬢にヒーリング魔法をしている時間も惜しいくらいだったけど、ヒーリング魔法は術者の疲労も癒してくれるので、結果としてお互いの為になっていた。
アメルハルト王太子にユナ令嬢を渡すと、私は図書室へ行き、アメルハルト王太子達は街へと遊びに行く、そんな行動パターンができていたけれど、その日のユナ令嬢は違った。
「私、もっとエトゥーナ様と一緒にいたいです。決してお邪魔はしませんから、どうか、一緒に図書室で本を読んでいても良いですか?」
ユナ令嬢はそう提案してきた。
私は少し悩んだ。
以前の私であれば、考えるまでもなく嫌だと一蹴していたけれど、ここ数日ですっかりユナ令嬢に情が移っていた。
しかし今日は週に一回の補講の日なのだ。
補講は、図書室の隣にある特別室で、校内司書の方に特別に行って貰っている。
正直付いて来られても、一緒に入れるわけではないから意味がない。
「大丈夫です、隣の図書室で静かに本を読んでいますので。」
その旨を伝えても、ユナ令嬢は諦めなかった。とにかくただ近くにいたいらしい。
どうしてそんなになついてくるのかは謎だったけれど、まあそれなら、と私も許可をした。
かくして、私とユナ令嬢と、そしてアメルハルト王太子一行という一団が、ぞろぞろと図書室へと行進することになったのである。
図書室に着くと、すでに補講を担当してくださっている、ベルシュタイン教諭が待っていてくださった。
ベルシュタイン教諭は、私の途中からの司書になりたいという希望に快く応えてくださった、イケメンのスーパー司書教諭だ。
本の知識は誰よりも深く、長く伸ばしたダークグリーンの髪を一つに纏めて、切れ長の金の瞳には知性が湛えられている。
私が今一番尊敬している教諭だった。
私は教諭に促されて、図書室隣の特別室へと移動する。
今日は図書の区分と仕分けの方法について学ぶ予定だった。今からわくわくする。
私はユナ令嬢とアメルハルト王太子殿下に挨拶をすると、特別室へ入った。
その私の背中を、ユナ令嬢とアメルハルト王太子が見送っていた。
「エトゥーナ様は、とてもお優しい方ですわね。」
ユナ令嬢が呟く。
「ああ、エトゥーナはとても優しくて、そして不器用な人だ…、」
そう答えたアメルハルト王太子が、どこか憎悪の籠った瞳で、ベルシュタイン教諭を睨んでいたことに、その時の私はまだ気付いていなかった。
「本当に、優しくて不器用なお方…、」
そして、そう言って笑うユナ令嬢の笑顔の本当の意味にも、私はまだ、何も気づかないままでいたのだった。