7、ヒーリング魔法を使います。
放課後、私はユナ令嬢と一緒に、王立病院へと足を伸ばした。
けれど、精神科を受診することはできなかった。
最初はご機嫌で一緒に歩いていたユナ令嬢だったけれど、病院の門が見えた途端に、ユナ令嬢が入りたくないと強固に拒絶したのだ。
「いけません!あそこには悪魔がいます!絶対に入ってはいけません!!」
ユナ令嬢の目に何が映っているのかは分からなかったけれど、嫌がる彼女を無理やり引き摺って行くわけにもいかず、私は今日の受診は諦めた。
とにもかくにも、今のユナ令嬢の惨状は、完全に私のせいだった。
年端もいなかいいたいけな少女の心を、あそこまで追い詰めてしまっていたなんて、今さらながら自分はなんて取り返しの付かないことをしてしまったのかと思う。
医療機関に行けないのであれば、この世界で次に頼れるのは魔法医だった。
この世界では、一部の貴族が魔法を使うことができ、私もその例外ではなかった。
とは言え、王妃の使う魔法は主に国の安泰を祈るものが多かったので、私は今まで魔法研究にはさほど熱心ではなかったのだけど。
ひとまず私は、公爵家お抱えの魔法医に現状を伝え、解決策を聞くことにした。
魔法医の出した答えは、ヒーリング魔法。
毎日一定のヒーリング波動を、ユナ令嬢に当てれば、おそらく1ヶ月ほどで回復するだろう、とのことだった。
ここで問題なのは、彼女が医療機関の受診を拒否していること。
多分私の家に連れて来たとしても、医者が顔を出してきた時点で嫌がる可能性が高かった。
現時点でユナ令嬢がなついているのは、私であることを考えると、毎日一定時間ヒーリング魔法を彼女に施すのは、私が一番適任だった。
「頑張ります……、」
私は今まであまり真面目にしてこなかったことを後悔しながら、必死にヒーリング魔法の練習をした。
何しろ人一人の体調がかかっているのだ。半端なことはできない。
1日みっちり練習し、更にヒーリング石の力も借りて、私はようやく魔法医の許可を得て、他人にヒーリング魔法を施す許可を得た。
翌日から、私は毎日授業が終わった放課後に、キュリア学園の保健室を借りて、ユナ令嬢にヒーリング魔法を施すことにした。
保健室にも拒否反応を起こされたらどうしようかと、最初は不安だったけれど、私と一緒だと話すと、ユナ令嬢は素直に付いてきた。
保健室に入ると、私はユナ令嬢を椅子に座らせ、その両手を軽く掴む。
そうして、額と額を軽く合わせ、後はヒーリングの波動が彼女を包むように、ゆっくりと力と想いを注ぐだけだった。
ゆっくり、鼻から息を吸い、口から息を吐く。
ユナ令嬢の気の流れと、自分の気の流れを同化させる。
そうしてゆっくり、彼女の心にある悲しみを取り除く。
ゆっくり、ゆっくり、慌てずに。
そのまま、約30分、私はユナ令嬢にヒーリングの魔法を施し続けた。
そんなことを毎日続けて、3日ほどが過ぎていた。
ユナ令嬢の表情は、だんだんと健康的な明るさを取り戻しはじめてきたように見えた。
私がユナ令嬢に優しくしているという噂は、すでに学園中に広まっていた。
きっとユナ令嬢が一人でいたら、彼女と仲良くしたいと寄ってくる令嬢の一人や二人は、そのうち出てくるだろう。
心の健康を取り戻すだろうユナ令嬢は、きっとすぐに、そんな令嬢達と仲良くなるだろうと思った。
その時、私はどうなるだろうかと思う。
ユナ令嬢が心の健康を取り戻したなら、自分を苛めて病気にした元凶は私であると、正確に理解できるだろう。
そうなったら、今度こそ、ユナ令嬢は私から離れていくだろうと思う。
最初からそのつもりだった。
なのに何故、今さらそれを考えて悲しくなるのか。
私はいつの間にか、子犬のように私を慕い、毎日母にするような信頼を持って、私のヒーリング魔法に身を任せてくれるユナ令嬢を愛しく感じ始めてしまっていたようだった。
好きになった人から、拒絶される。
それは身を切られるように辛いことだ。
でも全ては自業自得、身から出た錆びなのだ。
私は自分の気持ちはひとまず置いておいて、ユナ令嬢が本当の意味で健康になれるように、毎日ヒーリング魔法を続けて行こうと決心していた。
そうして、彼女が健康に戻って初めて、きっと私は本当の意味で謝ることができるのだろうと思った。
今の努力は、まだ贖罪にすらなっていない、自分のしたことの後始末をしているだけだった。
「エトゥーナ様は、本当にお優しいですね。」
保健室でユナ令嬢の手を握ると、ユナ令嬢はいつもそう言って、本当に可愛らしく笑った。
私は全然優しくなんかない、優しい人間は他人を病気になるほど追い詰めたりなど、決してしない。
その悲しい笑顔を見るたびに、私の胸は傷んだ。
それなのに、ユナ令嬢の手を握り、ヒーリング魔法を施している時間は、私の身体もぬくもりに包まれて、嫌なことも全て忘れられる温かな時間だった。