6、ユナ令嬢がヤバイです。
「エトゥーナ様もご存知の通り、私には友人がおりません。」
ユナ令嬢は、手に付いたたまごサンドを丁寧に拭いながら、きちんと全て口に運んでいた。
食べ物を無駄にしないその姿勢は、前世でもったいない星人だったエトゥーナには好ましく映った。
以前であれば、貴族の令嬢たるもの、潰れた食べ物を食べるなと言っていたかもしれないけれど、人間変われば変わるものである。
「でもいつも、令息様方とご一緒にいらっしゃるではありませんか?」
「あの方々は、私を憐れんで優しくしてくださいますが、友人と呼ぶには恐れ多い方ばかりです。」
「はあ、」
確かに、周りに常に男を侍らせていて、更に私からも睨まれているユナ令嬢に、わざわざ話し掛けて友人になろうとする女生徒は誰もいなかった気がする。
「ですので、友人と違うことは分かっておりますが、いつも私に話し掛けてきてくださり、私の間違いを教えてくださるエトゥーナ様は、なんてお優しいんでしょう、と常々思っておりましたの。」
「は?」
ユナ令嬢の明後日の方向からの解釈に、私は思わず間抜けな声を出してしまった。
「私が、優しい?」
「はい、貴族の風習について、右も左も分からない私に、エトゥーナ様はその場でいつも丁寧に間違いを教えてくだいました。他の無視されるご令嬢方と比べて、なんてお優しいのかと…、」
「いやいやいや、違いますわ、私優しくなんてありません、むしろ意地悪でしたわ。何も知らない貴女に、キツい言い方ばかりして…、」
「それでも、私に関わってくださったご令嬢はエトゥーナ様だけでございます。」
無視されるぐらいなら、嫌がらせであっても関わってくれる方がマシだと、ユナ令嬢はそう言っているのだ。
「なんて…、」
なんて寂しく悲しい言葉なんだろう、と、私は思わず涙ぐんだ。
しかもユナ令嬢をここまで追い込んだのは、間違いなく自分なのだ。
「それは違います、ユナ令嬢、貴女に今まで友人がいなかったのは、私がキツい態度を取っていたせいです。私が貴女から離れれば、自然と友人ができるようになりますわ。」
「それこそ間違いです、エトゥーナ様、私に友人がいないのは、私が空気を読めないせいです!」
私の言葉に、ユナ令嬢は猛然と反論した。
「もしも、もしもエトゥーナ様が私から離れたら、今度こそ私に話し掛けてくれる女性の方は1人もいなくなり、男に媚びを売ることしかできない、頭も尻も軽いお馬鹿令嬢と陰口を言われるだけですわ!」
「いや、誰もそこまで酷いことは…、」
「言ってます!私には幻聴が聞こえているのです!」
あーあ、自分で幻聴って言っちゃった。
ていうか、これは思っていたより深刻な事態だった。
ユナ令嬢は、苛められて無視されている学園生活でのストレスで、統合失調症にかかっているかもしれない。
「ユナ令嬢…、どうか落ち着かれて…、」
「だから、エトゥーナ様、どうか私から離れていかないでください。どうかこれからも、私の至らないところを指摘してください。」
「え、ええー…、」
それは無理だ、と思ったけれど、否定するのは逆効果になりそうだった。
「それが無理なら、どうか私とお友達になってください!」
「はぁ!?」
どんな思考回路でそうなったのかも理解できず、私はおかしな声で返してしまった。
「ああ、ついに言ってしまいましたわ、分かってるんです。私なんかがエトゥーナ様とお友達になりたいだなんて、分不相応だって、でも、もしもそうなれたらなら、どんなに素敵だろうかって、私ずっと考えていたんです…。」
頬を赤らめ、モジモジしながらそう告白するユナ令嬢は、とても可愛らしかった。
でも私はその中に見える寂しさと狂気におののいていた。
普通であれば、心の病の治療には、ストレス源から離れることが第一に思える。
それなのに、自らストレス源に突っ込んでくるような真似をするなんて…。
けれど私は知っていた。
こういう時の対処法は、とにかく否定も肯定もしないことだと。
そして、しかるべき医療機関で治療を受けることだと。
医師の診察と治療、今のユナ令嬢に一番必要なのはそれだった。
「ユナ令嬢、私、貴女と一緒に行きたいところがあるのですが、今日の放課後にお時間よろしくて?」
「え?ご一緒に!?ええ、もちろん大丈夫です!ご一緒にお出かけなんで嬉しいです!」
喜ぶユナ令嬢を微妙な気持ちで見つめながら、私は放課後に国立病院精神科に、ユナ令嬢を受診させる手筈を整えたのだった。