4、謝罪ができました。
「エトゥーナ様、そんな、謝罪だなんて、どうか頭をお上げくださいっ…!」
ユナ令嬢は、ふわふわの頭を揺らしながら、急いで私の近くへと駆けてきた。
貴族の令嬢としてはなっていないけれど、子犬のようだと思うと可愛らしい。
この可愛らしさが、彼女にはあって、私にはない、王太子の愛する要因なんだろうとも感じた。
「いいえ、ユナ令嬢、私のしたことは許されないことです。」
そんな令嬢に視線を合わせて、私は続けた。
「今まで貴族の世界にいなかった貴女は、この学園に入学して、右も左も分からず、どれだけ心細かったことでしょう、」
私の言葉に、ユナ令嬢はハッとした表情になった。
「そんな貴女を優しく導くどころか、私は厳しく指摘ばかりしていました。私のきつい物言いに、貴女がどれだけ傷付いていたか、私は考えもしておりませんでした。」
「そんな…、エトゥーナ様…、そんなっ…!」
ユナ令嬢は弱々しく頭を振った。その青い瞳にはみるみるうちに大粒の涙が溢れていく。
きっと、今までの辛かったことを思い出して、泣けてきてしまったのだろう。
「私は、王太子殿下と親しくなられた貴女を見て、嫉妬をしておりました。」
「え……?」
「そのような感情を抑えられず、貴女にキツい態度を取るなど、人として大変恥ずべき行いでした。重ねてお詫びを申し上げます。本当に申し訳りませんでした。」
私の謝罪と告白に、ユナ令嬢は呆然としていた。いきなりの情報量を処理し切れていないようだった。
「安心してください、ユナ令嬢、私はもうアメルハルト王太子殿下との…」
「エトゥーナ、ちょっと待ってくれ!」
ユナ令嬢に私と王太子殿下との婚約破棄を告げようとした時、今まで黙って聞いていた王太子が、突然話を遮ってきた。
「アメルハルト王太子殿下…?」
突然の乱入の意図が分からず、私は眉を寄せる。
「その話は、今ここでするのは少し待って欲しい。」
「何故ですか?以前確かに分かったとおっしゃっていただけていたかと…?」
できれば今ここでユナ令嬢に全てを話して、安心して欲しかったので、アメルハルト王太子からの中断は嫌だった。
「その話は、確かに分かったとは言ったが、まだ王の承認は得ていない。正式に決まれば、改めて私から皆に伝えよう。それまでは軽々に誰かに言うべきではないだろう。」
「それは確かに…、そうですわね。」
アメルハルト王太子の説明に、私は渋々ながらも頷いた。
確かに王太子の婚約破棄など、王の承認を得る前に軽々しく当事者が吹聴して回るべきではないだろう。
そんなスキャンダルは、王室の権威の失墜にも繋がる危険な行為だ。
「分かりましたわ、考えが至らなく、申し訳ございませんでした。」
冷静に考えれば分かることだった。
「分かって貰えて良かった。」
王太子殿下は、ホッと胸を撫で下ろしていた。
けれどそんな王太子を見る私の頭には、ある不安が浮かんでいた。
しかるべき時に、王太子から婚約破棄を皆に伝える、
それはもしかして、卒業パーティーでの席になるのだろうか?と。
今どれだけ謝ったとしても、行いを改めたとしても、ゲームの大筋が変更になることはなく、
私はどう頑張っても、卒業パーティーでの断罪イベントから逃れることはできないのではないだろうか、と。
私にとって、断罪イベントは最悪の結末だった。
けれど、今までの私の罪が、どうしても断罪イベントでなくては償えないほどのものであるならば、やはりそれも甘んじて受け入れなくてはいけないのかもしれない。
私は重いため息を吐いてから、しばらく気持ちを落ち着けた。
「ともかく、私はもうユナ令嬢に必要以上には近付きませんわ。だからユナ令嬢は、安心してこの後のスクールライフをお楽しみになって。」
「え…?」
私がそこまで言ったところで、ホームルーム開始の鐘が鳴った。
「とにかく、そういうことですので。」
私は慌てて自分の席に戻る。
「あ……、」
ユナ令嬢は何か言いたそうな顔をしていたけれど、教室に入ってきた教師への挨拶で、その声は掻き消されてしまった。
ユナ令嬢がどう思ったかは分からないけれど、ひとまず私の謝罪の始まりは、こうして幕を開けた。
この先どのように過ごせば、ユナ令嬢とあまり関わらないで済むだろうかと、私はホームルーム中にそんなことを考えていた。
苛められた側からすれば、苛めた人間の顔を見ないで過ごすのが、一番幸せなことだろうと、私は思っていた。
後ろから私の背中を見ているユナ令嬢の気持ちに気付かないまま、私は今後どうするかについて、一人で色々と考えていたのだった。