3、謝罪をいたします。
「今まで本当に申し訳ありませんでした。」
私はふらつく足を叱咤し、ベッドから降りると、アメルハルト王太子殿下に深々と頭を下げた。
「エトゥーナ、いったい昨日からどうしたと言うのだ?まるで別人のようだぞ?」
別人という言葉にドキリとする。
確かに今の自分は、前世の記憶を取り戻してからは別人のようなものだった。
けれどだからと言って、今までしてきた罪が消えるわけではなかった。
別人のようではあるけれど、今まで人を人とも思わず、高飛車で、他人に嫌がらせをしていたのも、確かに私であるのだ。
「別人ではございません、遅まきながら、ようやく自分の行いが、人として間違っていたと気付いただけにございます。」
「人として?」
「私の振る舞いは、次期王太子妃には、とてもではありませんが、ふさわしからざるものでございました。」
重苦しい私の雰囲気に、アメルハルト王太子も言葉を飲んだ。
「と、言う意味は…?」
「私から、王太子殿下に無理を言って取り付けたこの婚約でございますが、どうか本日を持ちまして、この婚約をなかったことにしていただきたいのです。」
私は床に膝を付いて、頭を床すれすれまで下げ、心の底から謝罪をした。
土下座。
このような謝罪の形は、この国にはない。あるとすれば、断頭台に掛けられた時くらいだ。
いつこの首を切られても構わない。それだけの覚悟を持った謝罪なのだと、どうか王太子殿下に伝えたかった。
「エトゥーナ、どうか頭を上げて欲しい。」
アメルハルト王太子は戸惑っていた。エトゥーナの行動は、王太子にとって予想外過ぎた。
「いいえ、殿下が婚約破棄を了承していただけるまで、この頭はあげません。」
「わかった、わかったから、どうか頭を上げてくれ。」
アメルハルト王太子から、『わかった』という了承の言葉を聞いて、私はようやく頭を上げた。
「ありがとうございます、王太子殿下…、」
そしてそこで緊張の糸が切れ、私は再び意識を失った。
ゆっくり崩れ落ちる私に、王太子殿下が駆け寄ってきてくださるのが見えた。
王太子殿下の広く温かい胸に抱き止められて、私は本当に殿下はなんて素敵な方なのだろうかと、薄れゆく意識の中感じていた。
王太子殿下への謝罪と婚約破棄の申し出を終えたのなら、次は私が嫌がらせをしてしまっていた、ユナ・ブライトニング令嬢に謝る番だった。
翌日、私はまだ少しふらつく身体を叱咤しながら、キュリア学園へと向かった。
謝る機会はいつが良いだろうかと思う。
こういうことは少しでも早い方が良いから、やはり朝一番に済ませてしまおうかと思った。
少し早めに教室に行き、ユナ令嬢が登校してくるのを待つ。
しばらく待っていると、ユナ令嬢と、数人の取り巻きと、アメルハルト王太子殿下が一緒に登校して来るのが見えた。
(一緒に登校か……、)
誰より愛しかった金の髪に、子犬のように愛らしいプラチナブロンドが、可愛らしくまとわりついている。
以前であれば、見ただけでイライラとした光景だったけれど、もう諦めが付いたおかげか、少し胸が傷むだけで済んだ。
楽しそうに教室に入ってきたユナ令嬢一行は、私の顔を見た瞬間に、その表情を曇らせた。
その表情の変化こそが、今のエトゥーナの立場をよく分からせてくれた。
今までのエトゥーナであれば、嫁入り前の娘が、他人の婚約者も含めた、男性数名を引き連れて登校するなどはしたない、と苦言を呈したことだろう。
でも、もうそんなことはどうでも良かった。
アメルハルト王太子殿下は、もうエトゥーナの婚約者ではないのだし、どうせユナ令嬢とアメルハルト王太子は将来結婚するのだ。
であれば、在学中から親しくしていたとしても、何の問題もないはずだった。
すでにクラスには登校している生徒が半数はいた。
けれど私は構わなかった。
私が謝罪したことを、むしろ皆に見届けて欲しいと思っていた。
「ユナ・ブライトニング男爵令嬢、私は今までの貴女への行いを、心から謝罪いたしますわ。今まで本当に申し訳ありませんでした。」
私は皆の前で、ユナ令嬢に向かって深々と頭を下げた。
「エトゥーナ様!?」
突然の謝罪劇に、クラスの中は騒然とする。
「エトゥーナ、何を!?」
ユナ令嬢も、アメルハルト王太子も戸惑っていた。
私は心からの謝罪を続けることにした。
にわかには信じて貰えないかもしれない。でも仕方がない、これが私の罪なのだから。
「どうか私に、謝罪することをお許しください。」
自分の行いにきちんと向き合うこと。
これが私の、終わりの始まりだった。