12、理解不能です。
まだアメルハルト王太子殿下との婚約破棄はできていない。
ユナ令嬢に毎日ヒーリング魔法をかける。
放課後に司書試験の勉強と、特別補講を受ける。
そんな毎日を過ごしながら、私は不安を拭い去れずにいた。
私はこのまま、破滅に向かっているのではないかと。
このまま卒業パーティーを迎えて、その場で婚約破棄を言い渡され、司書にもなれず、社会的立場も失い、修道院に閉じ籠って一生を終えるのではないかと。
自分の今していることが、本当に正しいのかも分からず、私はため息を吐いて、校内の時計搭へと登っていた。
大きな時計があるこの搭は、人があまり来ないけれど、見晴らしが良く、考え事をするのに適していた。
階段を登り切った時、けれど私は、そこに先客がいたことに気がついた。
カチコチと鳴る秒針の音に紛れて、先客は、私が階段を登ってきたことには気付いていないようだった。
先客は、ユナ令嬢だった。
ユナ令嬢は空中を見ながら、何かを話していた。
何かぼんやりと、空中に文字盤のようなものが浮いているのが見える。
(あれは……ステータス画面…?)
遠目からではよく分からなかったけれど、その画面の色とフォントは、前世で何度も見た『ときめきらぶキュン学園』のステータス画面によく似ていた。
「あーあ、やっぱり好感度そんなに上がってないなー、こんなに頑張ってるのに、やっぱり隠しキャラだけあって、攻略難しいなー、」
そのユナ令嬢の独り言に、私は耳を疑った。
『好感度?』
『隠しキャラ!?』
『攻略!!??』
それらの言葉から導きだ出される答えは一つ。
『ユナ令嬢は、ときめきらぶキュン学園の現プレイヤーである。』
という事実である。
確かに考えてみれば、主人公ユナは、常にプレイヤーだった。
だからこの世界の『ユナ』も、プレイヤーであって、何もおかしくはない。
けれど、と思う。
『ユナ』は、いったいどういう状態でプレイヤーとしてそこにいるのか、と。
そして、『隠しキャラ』とは?
私が前世でプレイしていた時には、隠しキャラの情報などはどこにもなかった。
攻略対象は全部で五人、貴族令息四人と、王太子殿下だ。
隠しキャラとは、私が前世でプレイをやめた後に配信された追加コンテンツかもしれなかった。
つまり、先ほどのセリフから察するに、今のユナ令嬢は、その隠しキャラ攻略を目指しているのだと推測される。
では、その『隠しキャラ』とは、一体誰なのか…?
思考に耽った私は、ユナ令嬢がいつの間にか、こちらを振り返っていたのに気付いていなかった。
「まあ、エトゥーナ様ではありませんか…、」
こちらににこやかに話し掛けてきたユナ令嬢の笑顔は、心なしか怖かった。
「あ、ユ、ユナ令嬢…、あ…、ごめんなさい、お邪魔するつもりではなかったの…。」
まさか気付かれていたとは思わなかった私は、つい驚いてどもってしまった。
「エトゥーナ様…、もしかして、聞いてらっしゃいましたか…?」
「まままままさか!そんなまさか立ち聞きなんてしておりませんわっ…!」
必死に否定した私だったけれど、あまりに必死過ぎて逆に不自然だった。
「どうしてそんなに慌てていますの…?もしかして、見てはいけないものだと、分かってしまいましたの…?」
「いけない…?やはり見てはいけないものでしたか…?」
ドキドキと冷や汗をかく私を、ユナ令嬢はじっと無言で見つめていた。
いっそこのまま逃げ出してしまいたくなるほど、それは息苦しい時間だった。
「仕方ありません、きっとエトゥーナ様は、隠してはおけないお相手だったのですね…、」
そしてようやく、ユナ令嬢は諦めたように、大きくため息を吐いた。
「どうやらエトゥーナ様は、私が何をしているのかお分かりのように見受けられます。そうですわよね…?」
「え?ええー?何を、ですか…?」
私はなんとか誤魔化そうとしたけれど、目が泳いでしまっていては逆効果だった。
「やはり、お分かりなのですね。」
ユナ令嬢は何かを決意した顔で、私をまっすぐに見つめていた。
「私は『ときキュン学園』6周目で、今回の攻略ターゲットは、『隠しキャラ』であるエトゥーナ様、貴女です。」
「私!?」
あまりの告白に、私の頭は完全に真っ白になっていた。
「そうです、エトゥーナ様が攻略対象です。全てのルートをクリアした上で、隠しコマンドを入力することによって開ける、隠しルートです。」
「私が、攻略対象…?」
まさかの百合ルート!?
一気に入ってきた情報量の多さに、私の脳は耐えきれず、完全にショートしていた。
「だからエトゥーナ様、どうか私に攻略されてください!」
「む、無理……です…、」
もはや何が何だか分からず、すっかりオーバーヒートした私は、その場で意識を失ったのだった。




