11、保健室にいます。
(いったい何が起こったのかしら…?)
授業を上の空で聞きながら、私はさっきあったことを反芻していた。
『どうしてもエトゥーナが王太子妃になりたくないと言うのなら、私は王家から籍を抜いても構わない!!』
あのアメルハルト王太子殿下のセリフは、いったいどういう意味なのだろう?
どこかで聞いたことのある気がするセリフ…。
そこまで考えて、エトゥーナはハッとなった。
たしかこのセリフは、『ときめきらぶキュン学園』の中で、王太子妃になる自信がないと言う主人公に対して、王太子が告げたセリフのはずだった。
(そのセリフが何故、私に対して告げられたの…?)
まさか、ストーリーが変わってるのだろうかと思う。
エトゥーナである私が、途中で改心して主人公に謝っている時点で、確かにストーリーはすでに変わった部分はあるかもしれないと思った。
けれど、だからと言ってラストまで変わるかと思うと、決してそうとは言い切れないだろうと思う。
ゲームの中で、卒業パーティーで私が婚約破棄を言い渡されるまでには、あと約5ヶ月。
もしかしたら、ユナ令嬢とアメルハルト王太子の好感度は、まだそれほどは上がってはいないのかもしれないと思った。
だから、アメルハルト王太子のエトゥーナへの愛情も、まだ完全には無くなってはいなかったのかと。
けれどゲームのシナリオ通りに行ったら、この後二人の距離は急速に近付くはずだった。
そう、この世界において、余計な期待をすることは、この後の傷をますます広げるだけの、愚かでしかない行為に違いなかった。
アメルハルト王太子殿下への想いは、諦める。
そして私は、ユナ令嬢に贖罪を続ける。
そう、もう一度心に決めて、私は放課後を迎えた。
放課後、私はいつものように、ユナ令嬢を誘って保健室の扉を開けた。
そして、椅子にユナ令嬢を座らせ、いつものように、両手と両手を繋ぐ。
そしていつもと同じように、ユナ令嬢にヒーリングの魔法を施し始めた。
「ああ…、エトゥーナ様の波動は、本当に暖かく、心地良いですわ…、」
ユナ令嬢はいつものように、うっとりと幸せそうに私の魔法に身を任せてくれていた。
「ああ、何だかとても眠くなってきてしまいましたわ…、」
春の日差しのように暖かいヒーリング魔法の効力に、ユナ令嬢はコックリコックリと、舟を漕ぎ始めてしまっていた。
「少し、横になった方が良さそうですわね。」
このまま眠ってしまったら、転んでしまう、そう思った私は、ユナ令嬢を保健室のベッドへと促した。
「エトゥーナ様も、いらしてください。」
ベッドに入ったユナ令嬢に腕を引かれ、私はユナ令嬢と一緒にベッドに倒れ込んだ。
「ふふっ…、」
ユナ令嬢は楽しそうに笑いながら、私の頭にシーツを被せる。
「ちょ、ユナ令嬢っ…!」
ユナ令嬢は笑いながら、自分も一緒にシーツの中へと潜り込んできた。
「どうか、ユナって呼んでください、エトゥーナ様。」
シーツを被ったまま、ユナ令嬢は私の額に、その可愛い額をコツンと当ててきた。
「ユナ令嬢…?」
「どうか、そんな堅苦しい呼び方はしないでください、私はエトゥーナ様と、お友達以上に仲良くなりたいのです…、」
ユナ令嬢は、私の手の甲に右手を重ねると、左手で私の頬を包んだ。
「エトゥーナ様、私と『姉妹の契り』をどうか結んでいただけませんか…?」
「『姉妹の契り』……、」
『姉妹の契り』とは、キュリア学園に通う女生徒同士が結ぶ、特別な姉妹の約束のことである。
永遠に共に学び、共に励み、苦楽を共にし、お互いを姉、妹と呼び、時に導き、時に支え、お互いに慕い合う、特別な関係のことだった。
「それは…、」
私は返事に困った。
ユナ令嬢は、だいぶ回復してきたように見えるけれど、まだ決して本調子ではない。
そんな状態のユナ令嬢と、そんな大切な約束を交わしてしまったら、この先正気に戻ったユナ令嬢が後悔するのではないかと思って、辛かった。
「もちろん、今すぐにとは言いません。ゆっくりお考えになって、その上で、私と『姉妹の契り』を結んでも良いと思っていただけたら、私はとてもうれしくです。」
ユナ令嬢は、まるで天使のように可愛らしい笑顔でそう言った。
「ユナ令嬢…、」
それはむしろ、こちらのセリフです、と、私は思った。
しばらく後、正気に戻ったユナ令嬢が、その時にまだ私と友人でいても良いと思っていてくれたら、こんなに嬉しいことはない、と。
「私、エトゥーナ様のこと、本当にお慕いしておりますわ…、」
ベッドの中で、ユナ令嬢に抱き締められながら、そう告白されて、私は嬉しいような切ないような、複雑な気持ちだった。
(私は、ユナ令嬢のことをいったいどう思っているのかしら…?)
贖罪なのか、憐憫なのか、好意なのか、憎しみなのか、自分で自分の気持ちがよく分からなかった。
申し訳なかったと、ただそれだけの気持ちで関わっていて、本当に良いのかと、考えている私に対して、ユナ令嬢の腕は、ただ温かく私の身体を包んでいたのだった。




