10、何かを告白されました。
「ところで、アメルハルト王太子殿下、例のお話は、国王陛下の承認は得られましたでしょうか?」
私がそう切り出すと、王太子殿下は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……例の話、とは?」
「私と王太子殿下の婚約破棄のお話です。」
更に殿下はとぼけようとしたので、私ははっきりと婚約破棄を口に出した。
「さて……、」
王太子殿下は目を反らしたまま、言葉を濁した。
「まさか、まだお話になっていらっしゃらないのですか?」
その王太子殿下の態度に、私は驚いて問い詰める。
王太子殿下の気持ちが分からなかった。
「何故でしょうか?一日でも早くに婚約破棄が成立すれば、殿下はそれだけ早く、心置きなくユナ令嬢とご一緒になれるのですよ!?」
「違うんだ!!」
私の言葉に、アメルハルト王太子殿下は、殿下らしからぬ大声で反論をした。
普段あまり大きな声を出さない殿下のその言葉に、私はびっくりして口を閉じた。
「違うんだ、彼女とは、ユナ令嬢とは、本当にそうのではないのだ。誤解させたことは謝る。けれどどうか、そうは思い込まないで欲しい。」
「そう、とは…?」
「詳しいことはまだ言えない、それとも…、」
アメルハルト王太子殿下は、私を真っ直ぐに見つめてきた。
「エトゥーナは、もうどうあっても婚約破棄したいほど、私のことが嫌いになったか…?」
アメルハルト王太子の、緑と蒼の瞳の中に、私の顔が映っている。
至近距離に近付いた、そのあまりに美しい顔の破壊力に、私はただ顔を赤くすることしかできなかった。
「そんな…、」
嫌いになるはずなんてない。後顔が近い。
心臓がどうしようもなくバクバク言っている。
「それとも、もしかして、他に好きな者ができたのか?…例えば、図書室にでも。」
「え…?」
そこまで言われて、私はようやく、ベルシュタイン教諭との仲を疑われているのだ、ということに気が付いた。
「違います。」
否定しながら、私の心は複雑だった。
「私は、他に好きな方などおりません…、」
もしもやきもちを妬かれたのだとしたら、もしかしたら嬉しいことなのだろうか?とも思う。
でも、
「私、は……、」
『私』は、『あなた』と違って、他に好きな人などいません。
そう思った時に、悲しみが胸から沸き上がってきた。
「……おりません。」
あなた以外に、好きな方など、おりません。
ポロポロと、涙が溢れ出してきた。
あなたは、他の少女を好きだけど、
私は、あなたのことだけを愛していました。
その事実に、「エトゥーナ」は、「私」は、ずっと傷付き続けていた。
なのにどうして、ようやく諦められそうになったのに、どうして、今さらそんなことを言うのか。
「エトゥーナ…、」
突然泣き出してしまった私に、アメルハルト王太子殿下は慌てていた。
「すまない、私がそなたを傷付けていたのだな…、」
「いいえ、王太子殿下は何も悪くはありません。」
元々無理に取り付けた婚約であったのだし、本当に好きな人を見つけてしまったのなら、そちらに心惹かれてしまうのは仕方のないことだった。
人の心は理屈ではない、好きになったらおしまいなのだ。
「先にも申し上げましたが、私は次期王太子妃としてふさわしからざる人間です。どうか一日も早く、婚約の破棄をお願い申し上げます。」
「だから…、」
「例え殿下とユナ令嬢がわりない仲ではなかったとしても、私に生涯殿下以外に心惹かれる方が現れなかったとしても、それでも、私が王太子妃にふさわしくない事実は消えないのです。」
殿下の声を遮るのは不敬に当たった。それでも私は話すのをやめられなかった。
「私は、ユナ令嬢をあそこまで追い詰めた悪女です。このような者は、決して人の上に立ってはなりません。アメルハルト様をお慕いしていることと、王太子妃になることは別なのです!」
「どうしてもエトゥーナが王太子妃になりたくないと言うのなら、私は王家から籍を抜いても構わない!!」
私の言葉に、叫ぶように、アメルハルト王太子殿下が返した。
「え…?」
何を言っているのか、分からなかった。
私には、アメルハルト王太子殿下の、言葉の意味がまったく分からなかった。
「そういう、ことだ。」
いったいどういうことだとおっしゃっているのか。
「私には……」
わかりません。
そう伝えようとした時、午後の授業開始の予鈴が鳴った。
「詳しい話は、また後ほど改めてしよう。」
アメルハルト王太子殿下は、私の肩を抱くと、そのまま一緒に教室への道を進むことになった。
何もかもがよく分からなかった。
私は、教室に座りながらも、教師の言葉も耳に入らず、ただ呆然としてしまっていた。




