雪のあしあと
「冬のあしあと」企画に参加する予定で書いた作品でしたが、諸般の事情で参加しなくなりましたので、企画発動前に発表することにしました。
ざくっ、ざくっ、ざくっ。
私は、今日も雪の上を歩き、例の場所にやってきた。
この森の中心付近にある拓けた場所。まるで広間のような、不自然なまでに木が生えていない場所だ。便宜上、「広場」と呼んでいる。
薬品などの痕跡もなく、焼けた跡もなく、それなのに、その一帯だけ円く空が見えるほどに木が生えていない。
最近の私の日課は、この広場の謎の現象の調査だ。
元々は、この森の生態系の調査が目的で来ているのだが、ここ数日の謎の現象はちょっと気になる。
謎の現象…それは、この広場の雪に残る小動物の足跡だ。
小動物と言っていいのかは疑問だが。今日のこの足跡は、狐のものだろう。
ここまでくると、もう小動物と言える大きさではない。
最初は、リスの足跡だった。
どこかからやってきたらしいリスの足跡が、この広場の真ん中辺りで唐突に途切れていたのだ。
10センチほど積もった雪に残った足跡は、そのリスのものだけ。どこから来たのかを辿ってみれば、この近くの木の根元に辿り着いた。そこが巣なのだろう。
フクロウか何かに食われたのかとも考えたが、足跡だけが綺麗に残っていて、他の痕跡がないのはおかしい。フクロウに襲われたのなら、リスを掴んだ時にフクロウの体も雪に触れるはずだ。その痕跡がないということは、例えば何かに釣り上げられるみたいに真上に引っ張り上げられたとしか考えられない。
翌日、もう一度見に来ると、今度はウサギの足跡があった。
昼の間に降った雪で、リスの足跡は消えており、今はウサギの足跡しかない。
この、ウサギの足跡も、同じように広場の外からやってきて、中心辺りで途絶えている。
足跡を辿ると、巣穴らしきところに続いていた。
ウサギもフクロウに食われたのだろうか。確かに捕食対象ではあるだろうが、こんなに綺麗に足跡だけが残るものなのか。
クレーンゲームじゃあるまいし、こんな何もないところで、ひょいっとウサギを持ち上げる方法なんてあるわけがない。頭上に木の枝すらないのに。
私は、赤外線ビデオカメラを設置して、一晩中録画してみることにした。
翌日残っていたのは、タヌキの足跡だった。同じように広場に足跡が残り、途中で途絶えている。
タヌキは雑食性だ。フクロウが食べるか?
考えても、答えは出ない。
ビデオカメラを持って帰って確認したが、どういうわけか何もいない雪原しか映っていない。故障かと思ったが、操作してみると、カメラはきちんと動く。
タヌキはどうして映っていない?
とりあえず、もう一度ビデオカメラを設置して、今日また見に来たら、狐の足跡が途切れている、というわけだ。
いったい何がどうなっているんだろう。
ビデオカメラを確認しても、やはり狐は映っていなかった。
狐と言えば、れっきとした肉食獣だ。さすがにフクロウの餌にはなるまい。なら、どうして足跡が途切れるんだ。
翌朝。
今度は、イノシシの足跡だった。
翌朝。
熊の足跡だった。そんなバカな。足跡の大きさからいって、成獣のはずだ。数百キロはある巨体が、どうやったら突然消える?
まさか、同じ足跡の上を伝ってバックで戻ったとでもいいうのか? 安っぽい推理小説じゃあるまいし、寸分違わず同じ足跡の上をバックで戻るなんて不可能だ。
仕方ない。こうなれば、今晩、私自身がここで見張っていよう。
寒くないようせっせと着込んで、温かい飲み物も持って来た。
昨日は熊だったし、今日はいったい何が来る?
段々大きくなっているが、熊より上というと、何があったか。
じっと見ていると、やがて青い火の玉のようなものが広場に漂っていることに気が付いた。
なんだ、あれは?
ふわりふわりと円を描くように広場を漂っていた火の玉は、そのうち広場の中心部で止まった。ゆっくりと上下しているようだ。
今日は足跡ではなく、この火の玉なのか?
少し近付いてみよう。私は、ゆっくりと火の玉に近付いていった。
熱は、感じない。こんな雪の積もった冬の夜に火の玉があれば、周囲の雪が溶けてもおかしくないのに。まさか人魂だとでもいうのか?
あと1メートル。まだ熱を感じない。
あと50センチ。まだ熱を…なに!?
いつの間にか、足が地に着いていない。視界が高く…体が宙に浮いている!? 上を見ると、何か巨大な光るものに吸い寄せられて…
作者名が「鷹野天平&梓」なのは、原案が天平だからです。
元々は、妖精の足跡をネタにした童話のつもりでした。
童話なんて初めてで、なかなか筆が進まない鷹羽が「童話って難しいねぇ」とこぼしたら、天さんが「星新一のショートショートみたいなのかけばいいじゃんか。最初はリスの足跡が、ウサギの足跡になってって感じでさ」と言ったのです。
そうして生まれたのがこの作品です。