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第55話 戦いは続く

「それで、ゼアル様……これらの魔石ですが……」


 俺たちの会話が途切れたところを見計らって、ガンダルフ王がおずおずといった感じで申し入れてくる。


 ガタイも良く、強面のガンダルフ王がそんな風に縮こまっているのは、中間管理職の悲哀が連想されて、申し訳ないが少し微笑ましく思えてしまった。


「おう、そうだな。確かに俺が持っといた方がいいか」


 そういうとゼアルは手で受け取ろうとして……その手が既にいっぱいな事に気付き、む、と眉をひそめる。


 そのまま何事か色々と思案した後に、


「んあ~」


 なんて言いながら口を大きく開けてガンダルフ王へと向ける。


 まさかとは思うが、俺とアウロラを抱きしめていて手が使えない。更に足だと落とすかもしれず、だったら残っている口で受け取ろうとでも思ったのだろうか。


 もしかしたら、ゼアルが食べる事で封印するという、色々とビックリな生態の持ち主である可能性が無きにしも非ず……?


「よ、よろしいので?」


「ああ、早くしろって」


 俺と同じことを考えたのか、ガンダルフ王はためらいがちに虹の魔石を差し出してゼアルに咥えさせた。


 ゼアルはそのまま鶏の様な動きで、先ほど魔石を取り出した左胸近くに存在する不思議空間へと収納しようとして……体の構造から届くはずもなく、途方に暮れる。


「んんひおお?」


 彼女は魔石を口にくわえた些か間抜けな表情で俺に助けを求めて来た。


 そもそもアウロラの頭が邪魔で入れられないだろとか、一旦離れて収納してからまた抱き着けばいいだろとか色々と言いたいことはあるが……。


「バカって言っていいか?」


「んあおお?」


 今まで人のぬくもりを感じる事の嬉しさを知らなかったゼアルだ。


 それが手に入って甘えたが爆発しているのかもしれないが、これはさすがにいき過ぎではないだろうか。


 仕方なく、俺は一旦体を離そうとして……ゼアルの抵抗にあったため、彼女の額にデコピンを喰らわせて――ガンダルフ王や未だ残っている数人の魔術師たちの視線が痛かった――ようやく離れる事に成功すると、口の魔石を取り除いてやる。


 魔石は拳より少し小さいぐらいの大きさがあったというのによく咥えて居られたなと感心するが、今はそういう問題ではない。


「んだよ、離れんなよぉ~」


 予想通り、ゼアルは不満を爆発させるが、俺は彼女を宥めつつゼアルの左胸辺りに魔石を押し付ける。


「今は魔石を先にしろって」


「え~……」


 そのままガンダルフ王から受け取った宝石級の魔石も、ゼアルの魔法で作った空間に収納してしまった。


 それが終わった途端、「じゃあいいな」なんて言いながらゼアルが俺に抱きついてくる。


「あ~っ!」


「お前はコアラかなんかか」


 ゼアルはアウロラが上げた抗議の悲鳴も他人の視線もどこ吹く風といった感じで、満足そうなため息を漏らしていた。


 そこで、ようやく気付く。


 何故それに思い至らなかったのだと、俺は自分のバカさ加減にあきれ果ててしまうが、それよりも先にすべきことがあった。


「アウロラ、毛布とか整えといてくれないか?」


「毛布? 何す……あっ」


 どうやらアウロラも気付いた様で、コクコクと頷くと慌てて部屋の片隅に押しやられていた毛布の所へ駆けて行ってくれる


 そう、ゼアルが疲れていないわけがないのだ。


 年がら年中、休みなく国中に結界を張り、今日は魔族と地形を変えるぐらいの戦闘をし、休む間もなく飛んで帰って再び結界を張る。その魔力消費はとんでもない量になるはずだ。


 俺たちはブラック企業も真っ青なくらいの労働をゼアルに強いてしまっていた。


 こんな風に思考力が落ちているのも仕方がないだろう。


「ガンダルフ王。色々な事はもっと後にしましょう。ゼアルを休ませるほうが先です」


「あ? 俺は別に何の問題もねえぞ」


「そういうのは俺を離してから言ってくれ」


 ガンダルフ王、ゼアル共に返事を待たず、俺は抱き着いている守護天使の意外に軽い体を持ち上げ、アウロラの準備した寝床まで移動する。


 その間ゼアルは抗議もせず、ただ俺に抱き着いているだけで、もうそれが俺の言葉を正しいと認めている様なものだった。


「ゼアル、到着したから離してくれ」


「大丈夫だって言ってるだろ」


 意地っ張りな天使の後頭部に手を添えてポンポンと叩く。


 安心しろ、俺は何処にもいかないと、そう伝えるために。


 俺にも覚えがある。風邪をひいて布団で寝ている時、無性に寂しくなって看病してくれる母親の袖を掴んでしまった。ゼアルの今の突飛な行動は、きっとその様な物だろう。


 彼女は今までずっと頼られる存在で、誰にも頼る事が出来なかった。でも、今は違う。


 ずっと倒せず煮え湯を飲まされてきたイフリータという魔族を、俺は倒してしまった。それで、人間という守るべき存在への見方がゼアルの中で少し変わり、一方的に庇護すべき存在というものから頼っても良い存在へと変わったのだろう。


 だからこうして俺に体を預けてくれているのだ。


「お前が休んでる間も一緒に居るから」


「私も傍に居るわ」


 俺の考えて居る事を分かってくれているわけではないだろうが、アウロラが俺の言葉を補強してくれる。


 友達と一緒に居るなんて当たり前の事、あれこれ理由をくっつけなくとも自分に素直なアウロラは自然と口に出来るのだ。


 それでようやく納得してくれたのか、ゼアルは不承不承といった感じで腕を緩めてくれた。


 ……安心してくれた、のだろう。


 俺がゼアルの体を背中の羽が痛まない様横向きに寝かせると、示し合わせた様にアウロラが毛布を掛ける。


「なんか、不思議な気分だ」


「そうか、そりゃ良かった」


 なんて言いつつ俺は別の感情を抱いていた。


 だって、これは人間にとって当然の感情で、ゼアルはもっと早くからこういう感情に包まれていても良かったはずなのに。


 ゼアルを信奉して、孤独にしたのは守るべき人間たちだ。――もう言っても仕方がないことだから、これからそれを取り戻すために何をするか考えるべきだろう。


「起きたら何が食べたい?」


「何って……」


 俺はゼアルの頭を撫でながら、まどろみの世界に旅立とうとしている彼女に問いかける。起きたら楽しいことが待っていると伝えるために。


「アウロラが……よう……い……」


「うんっ、すっごく美味しいキッシュを作っておいたわ。後で一緒に食べましょ」


「そりゃ……楽しみ、だ」


 ゼアルの意識が途絶える。


 これほど素直に眠ったところを考えると、相当無理をしていたのかもしれない。後は、俺たちに甘えてくれているからか。いずれにせよ、こうして無防備な姿をさらしている彼女は、年齢よりも格段に幼く見えた。


「ナオヤ」


 ずいぶんと小さく潜められた声が俺を呼ぶ。


 その主は声に似合わぬ巨体を持つガンダルフ王で、彼はゼアルの安らかな寝顔を見ながら話を続ける。彼の顔には驚きと当惑、それに後悔の色が見て取れた。


「報告するのは明日でよい。今日の所はゆっくり休むといい」


 それから、と王は言い、わざわざ膝を折ってまで俺の顔を正面からまっすぐ見る。


 その視線には、それまで在った王としての威厳だとか、風格の様なものが消え、ただの人としてのガンダルフが在った。


 あれほど居た魔術師たちの姿が全て消え、アウロラと俺、ガンダルフ王と眠っているゼアルだけになっている事にようやく気付く。


 どうやら王が人払いをしてくれていた様だった。


「ナオヤ殿」


 それは、ゼアルの姿を見せないためという事もあっただろうが、同時にこうする為だったからではないだろうか。


「ありがとう」


 ガンダルフ王は、静かに頭を下げる。


 現人神とも言われるべき存在の王族が、ただ一人の人間に戻って。


 それがどれだけの栄誉であるのか分からない俺ではない。


 慌てて立ち上がると、ガンダルフ王の手を取って上に引っ張り上げる。……まあ当然の様に微動だにしないのだが。


 多分、体重差は二倍以上あるのではないだろうか。


「あのっ、さすがにそのですね、なんと申しますか……頭をお上げください」


「ナオヤ、大声出すとゼアルが起きちゃう」


「あ、ああごめん」


 アウロラ、君ホントブレないね。俺結構パニックなんだけど。


「とにかくそんな事をされ……」


 される覚えはあるな。魔族倒したし。


 えっと……。


「なさるのはどうかと思います。王様はこう……よしなに……って自信たっぷりに頷かれてらっしゃればいいのではないでしょうか」


「今はそなたらしか見ておらぬ。それに天使様の御前では王如きにすぎぬよ」


 そういえばゼアルの方が立場は上なんでしたね。全然そんな感じしなかったけど。


 ……今更ながらに少しまずかったかなぁとか思わないでもないけど、本人が許してくれたからいいもんね、と自己正当化しておこう。


「とにかくそなたは色々なものを救ってくれた。一個人として礼を述べさせてもらっただけだ。そう大事に取るな」


 あ、ちょっと王様っぽくて安心する。


「……分かりました」


「今後はどうなるか分からぬが、少々大変な事になるのは間違いないだろう」


 魔族はきっと、この魔王の魂を取り返しに来るだろう。


 確実に、今までよりもずっと大変になるはずだ。


「これからもよろしく頼む」


「はいっ」


 俺の手の中で大人しくしていた団扇よりも大きな手が広がり、俺の手を握る。


 そのガンダルフ王の手を、俺も強い力で握り返しながら、大きく頷いたのだった。

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