第49話 決してその死は揺らがない
俺が戻って来ると、そこは既に戦場だった。
紅蓮の炎が暴れ回り、その合間を縫って光の壁が奔る。どうやらゼアルは強固な障壁を操って直接ぶつける事で、相手を圧縮したり切断する戦い方を行っている様であった。
だが、イフリータは面であれば爆砕し、線であればどこを切られようともすぐさま再生する。どう見ても致命傷を与えられている様には見えなかった。
互いに互いを倒しきれる手段を持たず、押し切れるだけの戦略も戦術もない。まさに千日手といったところだ。
「これだから二人はず~っと決着がつかなかったのよねぇ。でも、見て」
イリアスが指し示すものを見る。
そこは、イフリータの爆炎に吹き飛ばされ、焙られて赤熱化した地面があった。
「イフリータの目的は、ああして破壊する事。今回は爆発で穴を掘って魔王様の魂を回収することだから、このままいけばイフリータは目的を達成できる」
「対してゼアルは負けないけれど目的の邪魔は出来ないって事か」
ゼアルが一方的に敵意を抱いている様に感じたのはそのためだろう。
……って事は、イリアスもドルグワントを回収できるわけだから、本当の力を取り戻してしまうってことか。大丈夫だとは思うが、一応忠告しておいた方がいいかな。
俺は隣で立っているイリアスに顔を向け、まっすぐ視線を合わせる。
「イリアス。お前はイリアスのままで居てくれるよな?」
「……ふふっ、酷い顔」
そこまで顔に出てたかな。
でも仕方ないだろ。俺はやっぱり、こうして話し合える相手を殺すのは好きじゃない。
必要に迫られるなら命を奪う事もやぶさかではないけど。
「言ったでしょ。私はあなたに興味が湧いたの。だから約束を破るような事はしないわ」
「……分かった信じる」
イリアスの喜悦に満ちた瞳に嘘はない。だが、それは俺に興味がある間だけなのかもしれないという事は脳裏に留めておくべきかもしれなかった。
「うふっ、ありがと」
イリアスの艶やかな微笑みから視線を戦場へと戻す。
そこでは未だ超常の存在による戦いが続いていた。
このまま続けば、ゼアルが負けるという事はないだろうが、地面を抉られ続ければ地盤は崩壊し、その近くに存在するセイラムそのものが崩れ去ってしまうかもしれない。
それはゼアルの望むところではないだろう。
もちろん、俺も。
だから俺は決心すると、スマホを立ち上げて数百ある魔術式の写真の中から効果の高そうな魔術を選び、使いやすい様フォルダに入れていく。
……よし。これでいいだろう。
後は連撃プログラムもか。
「イリアス。一応警告するからお前も着いてきてくれ」
「あら、またするの?」
「話し合いですむならそれに越したことはないからな」
たぶんというか絶対に受け入れられるはずは無いけどな。
人間は明らかに格下の存在だと認識している連中からすれば、俺が何か言ったところでまともに取り合うはずはない。
受け入れてくれたイリアスの方が異端なのだ。
分かっている。分かっているが……魔獣などとは違う、話し合う事が出来る相手の命を奪うというのは、少しだけ辛いものがあった。
「じゃあ、一気に飛んで運んであげる」
「頼む」
二人が争っているのは百メートル以上離れている。運んで貰えるのならありがたかった。
「でも熱は大丈夫……そうね」
「ああ」
これほど近くで炎が乱舞しているというのに、一切火傷を負ったりしないのはゼアルの守護が未だ効いているからだろう。煮えたぎるマグマの中だろうと恐らくは大丈夫なはずだ。……多分。
すぐさまゼアルに守ってもらおう。なんてちょっと情けない事を考えていると……。
「じゃあ行くわね」
ぴとっと、イリアスが俺の背中に密着してくる。
って、柔らかい二つのふくらみが! 結構ある!
イリアスってもしかしなくても着やせするタイプだったのか!
「ふっふ~ん」
体を硬直させてしまった事で俺の考えがバレたのか、得意そうに笑う声が耳元で響く。
間違いない、コイツは分かってやっている。
……逆らえない男の本能が憎い!
こんな事考えてる場合じゃないのに、つい意識が向いてしまう……!
「もっと当ててあげようか、ナオヤさん」
「要らないから早く行ってくれ!」
考えてないぞ、一瞬でも考えてないからな!
「はーい」
からかう様な調子のイリアスに背後から抱きしめられ、俺はゼアルとイフリータの元へと運ばれていった。
「遊びで邪魔をするな、リリン」
戦いが始まってから恐らく一度もその場を動いていないイフリータが、迷惑そうな顔で俺を……いや、俺の背後で俺の事を抱きかかえて浮かんでいるイリアスの事を見る。
リリンとは、状況的にイリアスの姿を借りている魔族の名前なのだろう。
本人がイリアスだと名乗ったためにそう呼ぶしかなかったのだが。
「遊びじゃないわよぉ。それに今の私はイリアス……ってどうでもいいわ。ナオヤさんがあなたに言いたいことがあるんだって」
「人間如きが?」
やはりイフリータは人間如きと見くびっている様だった。
「ナオヤ、下がってろ!」
ゼアルが俺の横に飛んできて警戒するようにイフリータへと手をかざす。
何時でも俺の事を守れるようにだろう。
ただ、守護天使のゼアルですら、倒せると言った俺の言葉を信じてくれていなかったことが少しだけ残念だった。
「倒せる方法が分かればって言ったろ」
「――っ。分かったのか!?」
「いや、残念ながら分からなかった」
その一言でゼアルは明らかに落胆した表情を浮かべる。だがすぐに切り替えると、何か俺に言おうと口を開き――。
「倒せる方法は、な」
「は?」
意味が分からず戦いの場に似合わない、いささか間抜けな声が漏れてしまった。
俺はそんなゼアルを手で制し、イフリータへと向き直る。
「イフリータだったな。ここで引き分けにするつもりはないか?」
俺の提案を、イフリータは鼻で嗤って歯牙にもかけない。
ここまで優勢なのだからそういう反応で当たり前だろう。恐らくは俺の提案など人間の命乞いだとでも思っていのかもしれない。
その通り、これは命乞いだ。ただし乞うのは俺たちの命じゃなくて――。
「アンタが退いてくれたら、俺はアンタを殺さなくて済む」
「は?」
今度はイフリータの口から間抜けな声が漏れる。
何を言っているのだ、この人間は。そんな事でも言いたげだった。
「イリアス、俺の言葉が本心からで、俺にはそれが出来るって教えてやってくれないか?」
「ですって、イフリータ。ちなみにナオヤさんの言葉は本当よ。多分、あなたは本当に死ぬ」
恐らくこの場で一番俺の事を信じているのはイリアスだろう。
彼女こそ、俺によって言葉通りに倒されてしまった張本人なのだから。
「…………」
それを告げられたイフリータは、目を丸くし、恐らく初めて俺の事を見た。
今までは俺の事が視界に入っていたとしても、気にも留めていなかったはずだ。当然だ。魔族にとって、人間は取るに足らない存在なのだから。
だというのに殺すと大言壮語――事実なのだが――を吐いて見せた。しかも魔族自身のお墨付きで。
それがどれほどの衝撃を与えたかは――。
「ふざけるなぁっ!!」
自身の操る力のごとく、烈火のような怒りに身を委ね、俺に向けて放って来た瀑布のごとき炎の奔流が証明してくれた。
「ぶねえっ!!」
ゼアルがそれよりも更に巨大な障壁を生み出して俺を守ってくれる。
……ここでゼアルが守ってくれなければ俺は死んでただろうなとか思わないでもない。そうしたら確かに俺の言葉は実現しなかっただろうが――ゼアルが俺を守ってくれないはずがなかった。
ああそうだ。全ての要素を加味して考えれば、イフリータの死は、揺らがない。




