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第41話 貴女がやってきたことは

 昨日と同じ時間、同じ場所で、俺たちはゼアルと顔を合わせた。


 昨日と違う事は、ガンダルフ王の眉間に深いシワが刻まれている事くらいか。


「望む通りに報酬はこの時間とさせてもらった。銅貨一枚たりともそなたらに渡る事はないが……本当に後悔はないのだな」


「はい、ありません」


「もちろんですのよっ」


 俺もアウロラも、迷いなく返答する。……アウロラは丁寧語を間違いまくっている気がするけど、今は関係ないので指摘しないでおく。


 ガンダルフ王そういうのならと、深く頷いてくれた。


 ただ、この国を守護している盾の天使――ゼアルだけは別だ。彼女は恐らくこの場で最も困惑しているであろう。


 居心地悪げに肩をゆすり、胡坐をかいた状態で空中に浮かんで逆さまになっている。彼女の為にこうして報酬を捨ててしまった俺たちを前にして、どのような態度を取っていいのか分からないといった感じだ。


 それが意味している事は、ひとつしかない。


 彼女は今まで与える事が当たり前だったのだ。人間を守るだけ守って、見返りなんて全く貰わずに与え続けた。俺とアウロラがやった事よりもっと凄い事をやり続けている彼女は、それだというのに銅貨一枚の報酬さえもらったことなどなかったのだろう。


 そんなの、許せるはずないじゃないか。俺が報酬を貰うのだっておこがましい。


「ゼアル。こっちに来てくれないか」


 空中で浮かんでいるゼアルを手招きする。


 以前の活発な態度は捨ててしまったのかと思うほど、ゼアルは愁傷な様子で「おう」と返事をすると、ゆっくりと近づいてきて、俺の頭上で停止した。


 こうなったら無理やり掴んで引きずり下ろすか?


 ……いやいっか。その位置からでも視えるだろうし。


 そう判断した俺は、スマホを操作して多少音量を上げると、用意しておいた動画ファイルを立ち上げる。


「もうちょっと降りてきてくれないか?」


 ……ホントにちょっとすぎるぞそれは。数センチじゃないか。


「え~、この電子の魔導書はですね。様々な映像や音を記録する機能を持っています。だから魔術式を記録しておけるのですが、今回はその機能を利用してあるものを撮影してきました」


 ガンダルフ王からは画面が見づらいため、音だけになってしまうと考え、一応説明をしておく。


「これ、私達みんな(・・・)からのプレゼントよ、ゼアル」


「プレゼント……」


 まだ実感が湧かないのか、ゼアルはそう呟いていた。


 やがて動画が始まり、やや騒がしい雑音がスマホから流れて来る。


 俺は少しでも見えやすいようにとゼアルの正面にスマホをかざした。


『……なんだって?』


 スマホからは野太い男たちの声が響く。


 誰だ? という感じの視線を向けられたのだが、俺も知らないから答えられない。だってこの人は、屋台の前でたむろしていた大工たちだったから。


『だから、守護天使様の事をどう思ってるか、よ!』


 男たちに質問しているのはアウロラだ。


 物おじせず、色んな人から可愛がられるアウロラは、こういう役に本当にぴったりである。


 今後続く動画のほとんどで、質問者はアウロラ、俺は撮影に専念していた。


 ……傍から見れば俺が何もしてないように思われるだろうけど。


『そりゃあなぁ?』


『ああ。天使様がいらっしゃらなければ俺たち生きてられねえんだから、感謝しかねえよなぁ』


『俺は毎週日曜日は教会に行ってお祈り捧げてるぜ。いつもありがとうございますってな』


 今頃スマホの画面には答えている男たちの顔がしっかり映っている事だろう。感謝の言葉を述べる、少しうれしそうな表情も、何もかも。


『もしもゼアル様に会えたのなら何て伝えますか?』


 俺の声だ。


 そういえば最初のインタビューだったから、つい舞い上がって俺も聞いちゃったんだっけ。


『そりゃ、毎日毎日守っていただいて感謝します、だろ』


『感謝いたしますだろ。失礼だぞ』


『そうかそうか。まあ伝わりゃあいいんだよ。育ちがわりいんでね。分かって下さるさ』


『あなた達はどうなの?』


『もちろん、ありがとうございますに決まってる』


 それで一旦動画は切れてしまう。


 俺はスマホを手元に戻して操作をし、違う動画を立ち上げる。


 その動画ではおばさん達が同じ様にゼアルへと感謝を伝え、次の動画では子供たちが、その次は酔っ払いが。


 次から次へと我らが守護天使様への感謝を口にしていた。


 なあ、ゼアル。


 お前の中に色々と眠ってるものがあるんじゃないのか?


 こうやって人と触れ合いたいって感情が。


 生きている事を深く楽しむっていう感情がさ。


「…………」


 動画を見ているゼアルは徐々に下降して、今では俺の頭より下の位置に彼女の顔がある。


 それだけゼアルは動画を食い入るように見つめていて……それこそが答えだった。


 動画が終わっても、ゼアルは沈黙したままだ。目の前に彼女の小さなおへそが浮かんでいて、何とも言えない情欲を少しだけ抱いてしまったのだが……今は関係ないと振り払う。


「ゼアル、色々写真も撮って来たんだ。お前が守ってる街の写真」


 そういいながらスマホを弄って写真を順番に表示していく。


 茜色に染まった街並み。


 人でごった返している市場。


 遊びから帰る子ども達。


 女性に怒鳴られている酔っ払い。……多分旦那さんだ。


 井戸端で喋っているおばさんや、肩を組んで笑っている大工たち。


 色んな風景が、スマホの画面に映し出されていた。


「…………」


 ぽたりと、水滴がスマホの画面に落ちる。


 それが何なのかは言うまでもないだろう。


 いつの間にか隣に来ていたアウロラが、ハンカチでそっと画面を拭い、それが終われば次はその大元を。


 見えない位置にあるので少し乱暴になってしまったようだが、出来る限り優しくくしくしと拭いてあげていた。


「ねえナオヤ。一人忘れてるよ」


「ああ、そうだった」


 一番最後にしたから忘れてた、セレナさんの動画。


 俺はスマホを弄り、本日最後の動画を再生し始めた。


『ここ、この小さいガラスを見て言ってくれませんか?』


『そこ? 了解っ……こほん。私から言いたいことは一つです。守護天使様の為にお人好し二人が、金貨二万枚を要らないって放り出しちゃったんですよ。分かります? 金貨二万枚ですよ、二万枚。あなたとたった一回会うためだけにそれだけ支払っちゃったんです。でも……』


 この時の事は良く覚えている。


 セレナさんは俺たちの事を見て、本当に仕方ないなぁって感じで笑って、何度も頷いてくれたんだ。


『友達って、それだけ素敵なものだと思います。多分、金貨二万枚よりもずっと価値があると、私は思っています。守護天使様も、それだけ想われているんですよ? 守護天使様はどう想ってらっしゃいますか?』


 セレナさんは、こうやって俺たちの言いたいことを全て言ってくれたのだった。


 動画が終わって、沈黙が訪れる。


 誰も、何も言わずにじっと待っていた。


 俺はしばらく待ってから、スマホの電源を落とし――。


 その手首をガシッと掴まれてしまう。


「なあ、もうちょっとだけ見せて欲しいんだけど、いいか?」


「……電池には限りがあるから、ちょっと難しいかな」


 なんて、残り残量は82%。写真を見せるくらい何でもない。


 でも、そんな物よりもっといいものがあるじゃないか。写真なんかより、よっぽど。


「なあゼアル。行って、実物を、本人たちを見てみたいって思わないか?」


「…………」


 彼女は答えない。


 俺はアウロラにゼアルをひっくり返す様にジェスチャーでお願いしてみると、了解っとこちらもジェスチャーで元気よく返って来た。


 アウロラはジャンプしてゼアルに飛びつくと、


「よいしょーっ」


 掛け声と共にゼアルの上下をひっくり返す。


 それまで逆さまで浮かんでいた彼女がぐるんとひっくり返り、隠れていた顔が見える様になった。


「…………」


 こうやって人と直に触れ合い、正面切って感謝され、自分がやってきたことの意味を、心の底から理解する。


 きっとゼアルは、初めて湧いて来た感情をどうしていいのか分からないのだろう。


 だからこんな、泣きながら笑うなんていうちぐはぐな表情をしているんだ。


「分かんねえよ」


「そっか」


 守護天使の、こんなに可愛い女の子の、最高の笑顔を見られた事は、金貨二万枚よりもはるかに高い価値があるのではないかと、俺はそう確信していた。

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