第39話 天使様は退屈を知らない
「事情はよく分かった。異世界からの旅人よ」
「はい、ありがとうございます」
ガンダルフ王の大仰な言い方に、戸惑いつつも頷いておく。
「それでその電子の魔導書とやらは、今後もそなたが所持しておいてよいが、悪用だけはせぬように。要らぬ警告だろうがな」
やっぱりそういう認識になるか……。
戦略兵器……とまでは行かなくとも、個人が持つには強すぎる力だ。本来ならば国家などが管理しておくべきだという考えになっても仕方ない。
……俺の大好きな映画でもそうなってたし。
それでもこの王様は俺を信じて預けるという選択をしてくれたのだから、感謝……までは行かなくともありがたいとは感じておくべきだろう。
「だいたい、強い魔術使えるだけで魔族を倒せるなら、オレらが魔族を全滅させてるもんな。ナオヤの判断と機転があって、初めて神器に匹敵する力を持つと思うぜ」
「いやぁ、そうなのかな。……えっと、ありがとう」
こうもドストレートに褒めてもらう事はあまりなかったため、どう反応していいのかわからず頬を掻きながらお礼を言うにとどめておく。
偉そうにするのは性に合わなかった。
「魔族を倒したというのは証明が出来ない故、恐らく倒したという評価に落ち着くだろうが、金級の魔石が大量にあるのは事実だからな。相応の報酬か、場合によっては騎士号の叙勲も視野に入ってくる」
ガンダルフ王はそこで言葉を切ると、私は? という感じで目を輝かせるアウロラの顔をきちんと正面から見て、大きく首肯する。
「もちろん、そなたもだ。勇壮な少女よ」
「やったぁ! ……じゃなかった」
思わず、という感じでアウロラはぴょいっと飛び上がって喜んだあと、御前であることに気付き、慌てて身を正すとカーテシーを行う。
「……こほん。ありがとうございます、王様」
取り繕っても遅いと思うけどね。
ほら、王様が苦笑っていうか孫を見るおじいちゃんみたいな感じの顔になってる。
お姉ちゃんを自称する割に結構子供っぽいっところあるよな、アウロラって。
そこがアウロラの魅力でもあるんだけどさ。
「それでは、そういった諸々が決まるまで王宮に滞在するといい。出入りが自由になるよう、徽章を用意させよう」
「ありがとうございますっ」
アウロラと二人そろって小山の様な筋肉……ではなくガンダルフ王へと頭を下げる。
これだけ色々と認めてもらえて、非常に誇らしい気持ちでいっぱいだったのだが……俺には少し気になる事があった。
「失礼ながら、王様。王宮への出入りが自由という事でしたが、それはこの守護の塔も自由に出入りしても構わないという事でしょうか?」
んあ? とゼアルが首を傾げる。
何もないこの塔に何故出入りしたいのだろうとでも言いたげな顔だ。
「……基本的には、王族と共にでなければこの塔への立ち入りは出来ないしきたりになっている」
それはこの塔がこの国及び周辺国の街や集落を守るための要となっているからだろう。
この塔にゼアルが居て結界を維持しているから多くの人々が魔族や魔物といった脅威にさらされずに済むのだ。もし不届きものがこの塔に立ち入って、このシステムを破壊してしまえばとんでもないことになってしまう。
人間の安全を思えば俺の望みは受け入れられるはずが無かった。
「基本的に、という事は例外もあるという事ですよね?」
「そうだが、何故この塔にこだわる?」
ガンダルフ王の声に緊張が混じる。
「いえ、俺がこだわっているのは塔では無くてですね……」
俺は、人間たちを長い期間に渡って守り続けて来た天使の顔を見る。
きっと彼女はそれが存在意義だからと、やって当たり前の行為だからずっと続けて来たのだろう。
それ自体を俺は否定するつもりはない。
俺の思っている事はそんな事では無かった。
「オレ?」
不思議そうな顔をして、ゼアルが自分の鼻先を指さす。
それを、頷くことで肯定する。
「えっとですね。仲良くなれたのだから顔を見に来たいなって思ってですね」
少々面映ゆい感じがしたため、呟く様にそう告げたのだが……。
「…………」
「…………」
ガンダルフ王は、目を丸くしながら凍り付いてしまった。
一方当の本人であるゼアルといえば、何を言われたのかまったくわからないといった感じで、傾けていた首を更に傾けてきょとんとしている。
もしかしたらそんな事を言われたのが初めてだったのかもしれない。
「あ、それいい考えね、ナオヤ!」
アウロラはパンッと手を打ち、花が咲いたような笑顔を浮かべると、ゼアルの元へ駆け寄り、彼女の手を取る。
「せっかくお友達になったんだし、私ももっとお話ししたいわ」
「は、話? 創世の話なら聖書に……」
何を求められているのか分からない。何を言えばいいのか分からない。
それは勝気で男勝りなゼアルが初めて見せる表情であった。
「そんなんじゃないわ。ゼアルがどんな食べ物が好きだとか、普段何してるのとか、そんな感じのお話よ」
「は? え?」
「誕生日はいつだとか、小さい頃の思い出だとか……それからそれから」
天使に小さい時があったのかどうか知らないけどな。
とりあえず例えに困って来たようなので、俺も助け舟を出すことにする。
「とにかく何でもいいから話したり遊んだりしたいなって思ったんだ」
そう言ってから、綺麗だが何もない殺風景な室内を見渡した。
いくら大切な仕事だとはいえ、何十年も何百年もずっと同じだったら退屈で死にそうになってしまうのではないだろうか。
「ゼアル様は、この世界の守護天使であらせられる。子どもとは違うのだ」
呆れた様な口調でガンダルフ王がそう言い捨てる。
確かにそれは正しいのだろう。
聞いた伝説によれば、神様の魂から作り出され、ずっとこの世界を守る様に命じられたのだから、それこそが存在意義であり、それを惑わせるような事は失礼にあたる。
正しい。正しすぎて反論も出来ない。
でも俺は覚えている。
オレの事を覚えてもらっているのは気分がいい、と言ったのを。
彼女は確かに天使かもしれない。でも、人との繋がりを喜ぶ心も持ち合わせているのだ。
だったら話くらいしてもいいじゃないか。本来の役割を忘れない程度に遊んでもいいはずだ。彼女だって自分の人生を楽しむ権利ぐらい持っている。
少なくとも俺はそう思った。
「ゼアルが判断する事だと思うので、判断はゼアルに任せるというのでは駄目でしょうか?」
不服そうだったが、実際それしかないだろう。
そういう訳で、その場に居る全員の視線がゼアルへと集まった。
「なんだなんだ? 何だいったい」
戸惑うゼアルはアウロラの手から自分の手を引っこ抜くと、ガリガリとバツが悪そうに頭を掻く。
そのまま、あーとかうーと惑いつつも、何事か考えをまとめ上げ……。
「まあ、お前らの気持ちは嬉しいけどな」
「でしょ!?」
「でもオレはずっとこうしてきたし、それが辛いとかつまらねえって思ったことはねえよ。特例をあんま作るのもよくねえだろうし……」
「待った!」
その先を言わせてはならない。
多分ゼアルは自分の中にある気持ちに気付いていないだけ……だと思う。
そんな状態で判断させればそういう判断しか出てこないのは当たり前だ。
「一日だけ、一日だけ俺に時間をください。何だったら俺の報酬はこの時間でいいです。金とか騎士号とか何にも要りません」
「……何を言っているのだ、そなたは」
ガンダルフ王が渋面を作る。
俺が何を言っているのかまったく理解が出来ないという表情だった。
「俺にとっては金や名誉よりも大事な事です」
「そなたの思い込みを通すことがか?」
「はい」
俺はガンダルフ王の威圧感たっぷりな顔に負けない様、下腹に力を込めて見返した。
ここで俺が折れてしまえば、ゼアルは一生このままだろう。
独善かもしれない。押し付けかもしれない。
退屈を知らなかっただけで、それを教えてしまえばこれからが辛くなってしまうかもしれない。
それでも、ゼアルにこの宝物の価値を知って欲しかった。
友達との時間という何物にも代えがたい宝物の事を。
「……本当に、そなたへの報酬を払わぬぞ。あれだけの魔石ともなれば、決められた通りに支払えば国が傾きかねん額になる。それを要らぬというのならば、こちらとしては願ってもないことだ」
「構いません」
「…………」
俺とガンダルフ王の間に、ぴょこんっと手が突き上がって来る。
「私も! 私も報酬とか要らないです! 要らないのでナオヤのお願いを叶えてあげてください!」
そう言うと、アウロラはちらりと俺を見上げ、ばちこーんと下手くそなウィンクをしてみせる。
それを見た俺の脳内には、お姉ちゃんに任せなさいっなんてアウロラの声が再生されてしまう。
アウロラはきっと、俺の事を全面的に信用してくれているのだ。
もしかしたら俺の行動が無駄になるかもしれないのに、それでも報酬何て要らないと、俺の考えの方が、報酬なんかより価値があると言ってくれているのだ。
本当にアウロラは……。
「一生親族全員が遊んで暮らせる報酬を手放すつもりか?」
「はいっ」
「もちろんです」
微塵の迷いもなく、俺とアウロラはそう返す。
後悔なんて……あ、ちょっとはあるかも。今財布の中身金貨一枚(3万円程度)に足りないくらいしか入ってないし。
まあいいや。二日前に倒したゴブリンたちの魔石を換金すれば、だいぶ凌げる額になるだろうから。
「……いいだろう。ではその時間がそなたらの報酬だ。明日、また同じ時間にこの守護の塔に案内してやろう」
「ありがとうございます」
俺たちが頭を下げた横で、ゼアルは戸惑いを隠せぬまま、所在なさげにポリポリと頬を掻いていた。




