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第34話 報酬を貰いました

「は……? 今、なんて?」


 今度は俺が責められるターンという事なのだろう。


 イリアスが言った言葉はきちんと理解できていた。理解できていたのだが、それでも聞き返してしまうほどの衝撃を、俺に与えていた。


「だから、元の世界に帰るかどうかを聞いているの」


「……そんな事、出来るのか?」


「貴方をこの世界に呼びよせたのは私。手段は、上に居る彼女たちによる観測。出現場所がズレたのは、多分天使たちが何かやったはずなんだろうけど……材料が全て手元に残っているのだから解析くらいは出来ると思うわ」


 自信たっぷりに頷いた後、その代わり、とイリアスは続ける。


「貴方が元の世界に帰るのなら、私は貴方と約束はしない。ああ、あの二人を治療するくらいはしてあげてもいいわよ」


 イリアスの命に対して俺帰還が等価という訳だ。だからそれ以上は払わないと、そう言いたいのだろう。


 なるほど、それは――。


「俺は帰らなくてもいいから、人間に危害を加えるな」


「え?」


 俺は即答する。


 悩む必要もなかった。


 確かに親だとか友達だとか、ゲームやアニメや小説や色んなものを手放すのは惜しい。


 でもそれが人の命と等価だなんて、俺には到底思えなかったから。


「ま、待ってくれないかしら? 人間にとって、親や故郷なんてものはとても大切なもののはずよね?」


「そうだな。帰れるなら滅茶苦茶帰りたいよ」


 アウロラと別れるのは辛いけど、こちらに来て10日くらいしか経っていないのだ。思い入れは地球の方が強い。


 それに地球の方が安全だし、ゲームだとかを安全に楽しめる。飯だって美味いし、何より衛生的だ。


 それでも俺はこちらでだって生きて居られる。


 死んだ人は、そんな事も味わえない。


 だからきっと、俺の我が儘より未来の命の方が大事なんだ。


「人の命は重いって、俺はそう教えられてきたんだ」


「教えられただけでそうするの?」


「それが正しいと思ってるからね。それに……」


 こっちの世界だって多分そう悪くはない。何よりアウロラが居るし、シュナイドさんだって居る。世紀末二人組だっていい人だ。


 これからきっと色々と楽しい事だって沢山あるだろう。


 学校を卒業したら会わなくなる友人だって居るし、大学に行って新しい友人と出会う事もある。


 それと同じ様に、異世界に来てしまった俺はこの世界に生きるというだけの話だ。


「それに?」


「……なんでもない」


 俺は頭を振って、感傷を頭から追い出した。


「とにかくそういう訳だから約束してくれよ。これから一生人間に危害を加えないって」


「…………」


 イリアスは沈黙する。


 何かを探る様にじっと俺の目を見ながら、ずっと黙っていた。


「……できれば俺は、アンタと争うことなく生きていきたいんだ」


 最後の一押しとでも言う様に、俺はスマホから手を離すと、からっぽの両手を前に差し出す。これで俺は、魔術を使えない。


 魔法が使えないとまでは行かないだろうが、使いにくいであろうイリアスと同条件だ。


 殺すぞと脅してすらいないのは伝わっただろう。


「頼む」


 イリアスは黙ったまま、俺の空っぽの手を見て――。










「ナオヤ、それどうしたの?」


「ん?」


 ギルドに訪れた俺は、リュックから皮袋を取り出したところでアウロラに見咎められてしまう。


「どこかでゴブリンとか倒して来たの? クエスト貰いに来たと思ってたのに」


「ああ、ごめん。これはちょっともらったっていうか……。あ、でもこれはアウロラと俺とシュナイドさんが貰ってもいいものだと思うから」


 俺が詳しい事を話していないから当然なのだが、アウロラは頭の上に疑問符を浮かべていた。


「ほら、魔族を倒した報酬って感じ」


「報酬って、誰からもらったの?」


 ……倒したはずの魔族本人から、だなんてこの場所で言うの拙いよな。アウロラだったら言っても受け入れてくれるだろうけど。


 あ、秘密にしてたことは怒られるかもしれないな。


 結局イリアスは俺の提案を……受け入れたと言っていいのだろう。


 興味が湧いたからあなたの事を受け入れてあげるとか言って、あまりきちんと約束はしてくれなかったのだが。


 一応証拠としてこの報酬をくれたわけだし、封印の腕輪もつけてくれている。信じても構わないだろう。


「いやほら、あの魔族って種がどうとか言ってたろ? その種の材料が、あの洞窟の近くに落ちてて回収したっていうかさ。不必要になったからっていうか……」


「あ~、あの変なお部屋?」


 ちょっと詳しく言うとボロが出そうだったので、そんな感じと適当に言って煙に巻いておく。


 幸いアウロラもさほど執着を見せなかった。


「ナオヤさ~ん、アウロラちゃん。こっちこっち」


 前の人たちが終わったらしく、巨乳キャリアウーマンなセレナが手を上げて俺たちの事を笑顔かつ親しみを込めて呼んでくれる。


 うん、俺もここの一員になって来たって感じでちょっと嬉しい。


「おはよう、ナオヤさん」


 はいちょっと両手で寄せないでください興奮してしまいます……アウロラが。


 うぅ、アウロラの視線が痛い。


 おっぱいなんて見てませんから。


「お、おはようございますセレナさん」


「……おはよう」


 俺とアウロラは揃ってセレナへと挨拶をしてから話に移る。


 多分何かしらのクエストを見繕ってくれるのだろうが……今はその前にやる事があった。


 俺は手に持っていた皮袋を、どかっとカウンターに乗せる。


「これをですね……」


「魔族を倒した報酬よっ」


 俺が説明する前に、アウロラが自信満々でそう言ってしまった。


 案の定、セレナは微妙な表情を浮かべている。


 やはり信じてはもらえない様だ。


 まあ、たった一人で地震を止めましたとか、祈りで台風を逸らしましたとか言われても信用できないのと同じだろう。


 そのぐらい有り得ない事なのだ、魔族を倒すという事は。


「えっと、と、とりあえず見てみるわね」


 セレナが皮袋に手を伸ばした瞬間、それが横からかっさらわれてしまう。


 それをしたのは――。


「サラザール……あんた暇なのか?」


 相変わらずの赤い革鎧を着け、後ろに取り巻きを連れた痩せ型の大男が嗜虐的な笑みを浮かべて立っていた。


「おいおい、俺はお前達が魔族を倒したって言うのを信じてやってるんだぜ?」


「それはどうも」


 返せという意味を込めて無言で手を差し出しているが、当然の様に無視されてしまう。


 サラザールはいじめっこそのものの態度で皮袋をジャラジャラ揺らしていた。


「アウロラ」


「ん、私は気にしないよ」


 小さな声でアウロラを気遣ったのだが、その必要もない様だ。


 魔族を倒した事によって自信が付き、こんなどうでもいいやつの事なんて気にもならなくなったのだろう。


 富める者喧嘩せずってやつだ。


「お前達が魔族を倒した報酬って奴をみんなに知らしめてやろうってんだぜぇ、感謝しろよ!」


 間違いなくサラザールは俺たちの事を信じてはいないだろう。だからこんな事をしているのだ。


 これが魔族討伐の報酬かと(あざ)わらって、仲間と一緒に俺たちを笑いものにでもするつもりなのだろう。


 だがコイツは大馬鹿だ。俺がイリアスから貰った時に、中身を確認していないとでも思っているのだろうか。


「サラザールさん! 今すぐ返してください。鑑定は私達の仕事です」


「おいおいセレナ。ずいぶんそのガキどもの肩を持つじゃねえかよ」


「肩を持つとかそんなんじゃありません。トラブルを起こさない……」


 言いかけたセレナを、俺はあえて留める。


 俺はカウンターから体をずらしてサラザールが近づける様にしてやった。


「いいからとっととやってくれ。時間が勿体ない」


「ふんっ」


 鼻息を荒らげてサラザールが近づいてくる。


 大体の重さなどから魔石だと見抜いては居るようだが、その中身が低質の魔石だと思い込んでいるのだろう。


 いったいどこからそんな自信が湧いて出て来るのか、俺にはまったく理解できなかった。


「これが、魔族の報酬だってよお!」


 皮袋の中身がカウンターの上にぶちまけられる。


 サラザールは、もはやそれを見てすらいなかった。だから……。


「ひっ」


 セレナが引きつった様な声をあげ、


「…………っ」


 取り巻き達が息を飲み、


「なっ」


 近くに居たギルド員や受付嬢が絶句し、


「あ、すごい、きれー」


 アウロラがのんきに喜んで居る中、サラザールは鼻高々とアホ面を下げて突っ立っていられたのだろう。


「アウロラ、どのくらいあるのか数えてくれない? 俺が間違ってたらいけないから」


「ん。赤の魔石が4個で、銅の魔石がいちにー……」


 銅の魔石、なんて言葉が出て来たところでサラザールの顔色が変わる。


「……8個で、銀が~、16個」


 ギギギ、と油の切れたくるみ割り人形の様な動きでサラザールが首を動かすが……コイツ見てるより嬉しそうなアウロラを見ている方が精神衛生上よっぽどいいため、俺はサラザールを視界の中から追い出した。


「金が7個かぁ。三人だと分けづらいね」


「だねぇ」


 アウロラは、なんだかんだ言って相当な大物ではないだろうか。


 銀級の魔石一個で同じ重さの宝石と交換だったのだ。金級の魔石がこれほどあれば、もう国が買えるかもしれない。


 それを目の前にして平然と数え上げ、あまつさえ出て来た感想が分けづらいときたものだ。本当に神経が図太過ぎる。


「ぎぎぎ、ギルド長に……れ、連絡を……」


 セレナが半分腰砕けになりながら、それだけ絞り出す。


 それを伝えられる職員は誰も居なさそうだが……。


「俺たちで行きますよ」


「ひゃいっ」


 先ほどまでの余裕はどこかへ消えてしまったかのように、ピクンっとセレナが小さく背筋を跳ねさせる。失礼だけど、小さい女の子がビックリした時みたいな反応だな、なんて思ってしまった。


 俺はサラザールの手から皮袋を回収すると、魔石を回収し、凍り付いた部屋の中を悠然と歩いていく。


 さて、シュナイドさんは一体どんな顔をするのかな。

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