第30話 初イベントでラスボス級と対戦ってクソゲーすぎやしませんか?
「もう、君たちの思い通りにはさせないよ」
部屋の中央で待ち構えていた魔族が、片足だけを地面に突っ込んだ。
魔族自体は透過しているのだから、それは何らおかしな現象ではない。
しかし……。
「僕の力はね、解除した瞬間、そこにある物質を押しのけて実体化する。だから、こんな使い方もあるんだ……よ!」
爆発でも起きたのかと思うほどの轟音が響き、魔族の足元から大量のレンガ片が飛来してくる。
受けることなど出来るはずがない。俺たちは咄嗟に地面へと倒れ込むことで辛くも死の顎から逃れたのだが――。
そんなに大きな隙を魔族が見逃してくれるはずもない。
瓦礫と並走でもしていたのかと見紛うほど素早く移動した魔族が、俺の頭上に姿を現す。
「あはっ」
魔族の無邪気な笑い声を聞いた瞬間、ゾクッと背筋に嫌な予感が走った。
――ゼッタイニ、ウケテハイケナイ。
本能の鳴らした警鐘にしたがい、俺は全力で地面を転がる。
その横を、ヴヴヴヴヴッと奇妙な音を立てながら、魔族の人形めいた手が通り過ぎていく。
絶対的な何かが通り過ぎていくのを肌で感じながら、俺は床を転がった勢いで立ち上がり、スマホを構えた。
――そして、見る。
俺が先ほど伏せていたレンガ造りの床は、ちょうど魔族の指で泥を掬い上げたかのような形に抉れているのを。
「切り札を隠し持ってたってことか?」
「切り札何てものじゃないよ。ボクの攻撃方法のひとつってだけ」
攻撃方法のひとつ、ね。
そういえば魔族は魔術の完全上位互換の魔法とやらが使えるんだったか。
まだ魔法とやらを透過するもの以外見ていないから、まだまだ手札は沢山あるのだろう。
本当に、嫌になってくる。
「さっきボクに教えてくれたから、ボクも教えてあげるよ。実体化するときに押しのけるってことは話したよね。つまり、こうやって……」
そういうと、かざした魔族の手がヴヴヴ……と不快な音を立て始め、微細にブレて見える様になる。
「連続して透過したり実体化したりを繰り返すと、どんな物質特性を持っていようとお構いなしに……切断できるんだよ」
その話が終わる前に、俺は素早く写真を入れ替え――。
≪ブラスト・レイ≫
持ちうる中で最強の攻撃力を誇る魔術を叩きつける。
だが、光が消えた後、当然の様に傷ひとつない魔族の姿が現れた。
一応、実体化しているから効くかもしれないと思って撃ちこんでみたのだが、透過して躱されてしまったようだ。
「ボクの話は最後まで聞いてくれないのかな? ボクは聞いてあげたのに」
「今のは相槌だ、気にするな」
「物騒な相槌もあったものだね。彼女との話の最中にもするの?」
魔族はちらりと背後で二枚のプレートを左右それぞれの手で保持しているアウロラへ視線を送る。
「しないな。お前が特別だ」
「そう」
クスリと小さく声が漏れる。
それを合図に、魔族はじりじりと間合いを詰め始めた。
「この技にはね、鏖鋸シャマシュって名前が付いてるんだ」
技名付けるとか少し親近感湧くな。俺もさっきの相槌を内心で荷電粒子砲って呼んでるよ。光線だからレーザーなんだけどな。
「じゃあ……」
俺は腰を落とし――。
「いくよっ」
魔族は言葉と同時に両腕を振り上げ、高速で移動しながら抱き着いてくる。
その技の性質上、体のどの部分が触れたとしてもすりつぶされてしまう。
実にコイツらしい、おおざっぱで、傲慢で、子どもっぽい――しかし、最悪な攻撃方法だった。
≪リペル・バレット≫
俺は魔族の腕に斥力の弾丸を当てて無理やり隙間をこじ開けると、そこに飛び込んだ。
だが、死の抱擁を逃れるには足りない。
魔族が軽く足を上げて俺の胴体を蹴り上げようと――。
「危ないっ!」
アウロラから援護射撃が飛んできて、魔族の足を撃墜する。
「厄介すぎるだろ!」
触れるだけで全てを削ぎ落とす。そんな技をもった存在は、人間以上の耐久力と速度と力を持ち、しかも通常時は全ての攻撃を透過する。
こんな存在が、一番最初の街に、しかも始まって1週間程度で襲撃してくるのだ。クソゲーなんてレベルじゃない。
もはやバグゲーの域だ。
今すぐ返品したいところだが、これが現実なのだ。死んだらそこで終了。コンテニューなんて存在しない。
本当に……。
「それはボクの台詞だよっ」
≪デストラクション・ブロウ≫
もう一度突進してきた魔族の心臓――あればの話だが――辺りに、斥力の拳をカウンター気味に叩きつけ、正面から弾き飛ばす。
触れずに攻撃ができるこの魔術ならばと考えたのだが、どうやら正解だった様だ。
間違っていたら手首から先が消滅していたのだが……そんな考えは頭の外に締め出しておく。
これから先はこの様な綱渡りを幾つも潜り抜けて行かなければ魔族を倒すことなど不可能なのだ。いちいち恐怖を感じていたらそれが原因で失敗してしまうだろう。
「人間如きがここまであがくんだからね」
「お互い様って事か……」
俺は不敵に笑い、拳を握り締めた。
あれほど理路整然と敷き詰められていたレンガの床は、今はもうその面影すらない。重機が持てる力を出し尽くして暴れ回ったとしてもここまでの破壊は不可能ではないかと思えるほど穴だらけになっており、その周囲にはレンガや石の欠片が散らばっていた。
7重魔術であるデストラクション・ブロウを叩き込む事47発。アウロラの二重魔術は3桁に届くのではないだろうか。牽制に利用したリペル・パレットはもはや数えてもいなかった。
それだけの魔術を叩き込んでなお、目の前の魔族は未だ五体満足で立っている。
とはいえ仮面は真っ二つ砕けて下の不格好な素顔が露出しており、人形の様な体のあちこちにひびが入ってはいるのだが……。
「はぁ……はぁ……。いい加減、負けを認めるつもりはないか?」
肩で息をしながら降伏勧告を告げてみる。
「……君たちの方が苦しそうに見えるけどなぁ。ちなみにボクはまだ戦えるよ」
「そういうお前はヒビだらけだが? 後何発で砕け散るんだ?」
「私も、負けるつもり、無いんだからっ」
アウロラも精一杯の強がりを口にする。
分かっているのだ。
心が折れた瞬間に俺たちは敗北をすると。ほんの少しでも心を乱せば、その瞬間にすりつぶされると。
「……首から上だけ残っていればいいんだけど、その減らず口も削っておこうかなっ」
百何十回目かの突進を魔族が繰り出してくる。
相変わらずの大ぶりで腕を振り回しており、五日間みっちり回避の特訓をした上に魔族の動きに慣れ切った俺は――。
不確かな足元が滑り、俺の動きを阻害する。
頭一つズラす事で容易に回避しえたはずなのに、今はまだ、攻撃の範囲内に体がある。
避けきれ……ない。
――死……ぬわけねえだろ!
俺は左手親指を素早くスライドさせ、体勢を崩しながらも、叫ぶ。
≪グラビティ・ジェイル≫
俺の真正面、半径一メートルほどの圏内に、重力でできた巨大なハンマーが生まれ、魔族の体を下方に向かって押しつぶす。
「くっおぁぁぁぁぁっ!!」
全てを触れるだけで抉り潰していく魔族にこんなものをかければどうなるか。
魔術の影響が無くなるまで、この星の中心へ向かって落ちていくことだろう。
恐らくこれでしばらく時間稼ぎが出来るはずだ。
ただ、できればこの切り札は最後まで取っておきたかったのだが……。
「ふぅ……少し休憩できるかな?」
地面に出来た、底の知れないほど深い穴を覗きこんでいるアウロラに問いかける。
「多分、何分間か大丈夫だと思う。何にも聞こえないよ」
アウロラの鋭すぎる感覚にはこの戦闘中お世話になりっぱなしだった。
下手をすれば俺の感覚よりもよほど信用できるだろう。
「疲れた……」
思わず声に出しながら地面にへたり込んでしまう。
それだけ長い間、神経をすり減らし、魔力を使い続け、体を酷使してきたのだ。
恐らくそれは五感を研ぎ澄ませているアウロラも同様かそれ以上に疲労が蓄積しているだろう。
そろそろ、俺たちの方に限界が訪れていた。
「どのくらい進んでるのかな?」
ぽつりとアウロラが呟く。
神ならぬ身の俺には、それに対してどうにも答えようがない。
「合図が無いってことは、まだかかるってことなんだと思う」
それはアウロラにも分かっているはずだ。
……いや、そんな事が聞きたいわけじゃないのか。
「でも大丈夫、シュナイドさんはやってくれるよ」
本当は、アウロラの手を握ってあげたかった。
頭を撫でて、お姉ちゃんに生意気って怒られたりしたかった。
でも、今はほんの少しでも体力を回復させないといけないから、たったそれだけの事も出来なくて……。
何関わりの事はないかと思い、考えて考えて……結局、ありきたりな言葉しか思いつかなかった。
ダメだよなぁ、俺。こういう時気の利いた事言えたらもっとモテるんだろうなぁ。
「アウロラ」
「なに?」
アウロラは不安だろうに、それでも俺に微笑んでみせる。
「ありがとう。世界で一番感謝してるし、信頼してるし信用してる。アウロラは俺にとって、最高の人だよ」
「にゃっ……によぅ……」
照れて体をもじもじさせるアウロラは本当に愛らしくて……。
俺は先ほどの言葉が恥ずかしくなってしまった。
「あ~えっと。帰ったら……」
あ、ここで、帰ったらごちそう食べさせてくれとか言ったら死亡フラグじゃん。特にパインサラダとか言っちゃったら死亡確定しちゃうな。
えっと、帰ったら……帰ったら……帰ったら結婚するんだ……って相手居ねえよ。
帰ったら故郷に戻って……って戻れねえよ! 俺の故郷は異世界だよ。
「帰ったら、なんなの?」
「帰ったらだな……」
なんでそんな期待するような目で見てくるんですかね? 告白とかして欲しいのかな?
いやもうそれ死亡フラグだからね。
どうしようか、なんて頭を悩ませていたら……。
――ピュイッと、どこからともなく口笛の音が聞こえて来た。




