第21話 次、更に次
魔獣が俺を敵と認識するよりも、敵である俺が居ると気付くよりも早く。
俺は殺意の塊となって魔獣に突っ込んでいった。
狙う場所は無防備な首筋。生物全ての弱点にして、最も死亡率の高い場所だ。
羽毛に守られた首筋を、鋭い切っ先は易々と貫いていく。
そのまま俺は全体重をかけて、剣身の半ばまで食い込んだ剣をねじり、抉り込む。
バキバキと嫌な音がして、首の骨が断ち折れていく感触が手に伝わって来るが、俺は容赦はせず、更に抉り込んでいった。
魔獣――ゲームでよく見かけるグリフォンにそっくりな生物は何か鳴き声を出そうとしたのだろうか。首筋から生暖かい呼気と共に血煙を上げる。
――まだ、トドメが必要だ。
そう判断した俺は、剣のつばに指をかけ、後ろに跳び退りながら勢いよく引き抜く。
剣を引き抜く時が最も出血して相手にダメージを与えられると知識で知っていても実際にそれをして殺せるのかどうかは半信半疑だったのだが――。
ひゅーっと風船から空気が抜けるような音がしたかと思うと、魔獣は首筋から大量の血液を噴出しながら、千鳥足でグラグラと揺れながら後退して……べチャッと音を立てて自らが作った血だまりの中に倒れ伏した。
事が始まって終わるまで、いったい何秒かかったかは分からない。片手で数えるには多いが、両手で事足りるといった感じだろうか。
瞬殺と言えば聞こえはいいが、こうするしか俺に勝つ方法は無かった。
狭い室内に魔獣が詰め込まれており、致命傷を狙いやすい部位への奇襲が可能で、かつ、相手が空を飛ぶための体であった事が俺の勝因だ。
もしもこの部屋の中に居た魔獣が、前回倒したヒュージ・キマイラならば、例え奇襲が成功したとしても倒すまでには至らなかっただろう。
空を飛ぶ生物は、体重が軽くなければ飛ぶことは出来ない。
地球上の鳥類は体重を軽くするために、骨をストローの様に中空にしている。そのため、非常に脆いという欠点を持っているのだ。
もちろんこれは地球における常識で在るためこちらにも適用されるかどうかは賭けだったが、運は俺に味方してくれた様で、剣で抉るだけで首の骨が折れる程度には脆かった。
結果、俺は立っていて、魔獣は倒れている。
もっとも――。
「あああぁぁぁぁぁぁっ!」
問題はまだ山積みなのだが。
マスケラは頭を抱えると、ふらふらと魔獣の死骸まで歩いていき、その前でへたり込むと、俺を放って嘆き始めた。
「……メルキアァ! ボクのお気に入りの娘だったのにぃぃぃ!」
この後に及んでも、俺のことなど敵とは考えて居ないらしい。
羽虫が人間に危害を加えられないように、人間が自分を殺せるはずがないと思っているのだろう。
……それが命取りになるとも知らず。
敵を前に舌なめずりするのは三流のすること、とは何かの本で読んだのだが、まさにその通りだ。まず制圧して、それから理由を考えるべきだろう。それが一番多くの味方を救う。
だから――。
俺は血まみれの剣を頭上高く振りかざす。
狙うは地面に這いつくばって嘆き悲しんでいるマスケラの後頭部だ。
まずはコイツを殺してから考える。
罪悪感に苦しむのも、コイツの目的や動機、やったことを知るのも後回しだ。
アウロラを材料になんか使わせない。
そのためにも俺は……。
「はっ!」
鋭く呼気を吐きながら、剣をマスケラ目掛けて振り下ろし――。
――ギィンッと、剣と地面がぶつかり澄んだ音が響いた。
剣が逸れてしまったとか、防がれてしまったとかではない。確かに剣はマスケラの後頭部に振り下ろされ、そのまま素通りして地面と打ち合ったのだ。
「なっ」
俺は驚きつつも更に二撃三撃と剣を振るう。しかしそのどれもがまるで水蒸気に投射された映像か何かを切りつけたかのように素通りし、マスケラに何の痛痒も与えられなかった。
――ああ、そうだ。コイツが俺の事を敵として見ていないのは当然なのだ。
マスケラから俺はいくらでも触れる事が出来て、こちらからは決して触れられない。
これじゃあ敵になるはずがないのだ。敵として見られる訳がないのだ。
だってそもそも触れることすら出来ないのだから。
念のために木札を取り出して炎の弾丸を放ってみても、剣と同様に素通りするだけで何の痛痒も与えられなかった。
「ならっ」
俺は即座に思考を切り替えると、武器を仕舞い、マスケラに背を向けて走り出した。
「アウロラ、逃げるぞっ!」
座り込んでいるアウロラを助け起こす。
逃げるぞとは言ってみたのだが、それが可能であるとは全く思わなかった。
最初に現れた奴は、地面を透過してやってきたのだ。その能力がどこでも使えるとなれば、こんな山の中で逃げ切れるわけが無い。
ただ、ひとつだけ逃げられる可能性があるとしたら……。
「待って、あの捕まってる人も助けないと!」
「それは……」
無理だ、そもそも俺たちですら助からないかもしれないのに。とは言えなかった。
そんな事を言って諦めるアウロラではないと知っていたから。
「……分かった」
だから俺は必死で頭を回転させて、これからどうすべきかを考える。
どうすれば俺の為に命を捨てようとしてくれたアウロラだけでも助かるかを。
一緒に助かるという選択肢は、既に捨てていた。
「……アウロラ、そこの牢屋の部屋に入ったら、中の人に伝えてくれ」
「なんて?」
俺は口早に用件を伝える。さほど複雑な内容でもなかったため、アウロラはすぐに頷いてくれた。
「分かった」
「それから、俺が逃げろって言ったら後ろを振り返らずに逃げてくれ」
「で、でもそれじゃあナオヤは?」
「俺は時間稼ぎをしてから逃げる」
この展開、昨日もやったなと気付き、自然と笑いがこみ上げて来る。この笑いはきっと、昨日と違ってやけくそになっているからだろう。
冗談を言う余裕なんか、欠片も無かった。
「私が――」
「異論は認めない」
アウロラはまたも俺を置いて逃げないと言うつもりだったのだろう。
俺はそれに先んじて言い放つ。
「あの女性を助けたいと言ったのはアウロラだ。まさかあの女性がアウロラの助けもなしに山を下りて逃げられると思う?」
「それは――」
「俺は、逃げるならあの人を見捨てて逃げようと考えてた。それを嫌だってアウロラが言うなら、俺の我が儘も聞いてもらう」
アウロラの返事を聞くつもりなどなかった。聞く時間もない。
俺はキツい言葉で言い切ると、強引にアウロラの肩を掴んで牢屋の部屋へと押し込んだ。
それと同時に泣き声が止む。
本当にギリギリのタイミングで仕込みを済ませる事が出来たのではないだろうか。
俺はポケットの中に入れたスマホを起動しながら外へと繋がる扉の近くへと歩いていき――。
「おい君。もしかして逃げようとか考えているのかな?」
その背中に怒りの籠った言葉が投げつけられた。
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