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第20話 魔との遭遇

 マスケラの瞳に当たる部分には眼球が無く、代わりに汚泥を適当に丸めた様な球体が詰まっており、口に当たる部分からは底の見えない虚無の空間が広がっているように見える。それらの闇のせいで、真っ白い仮面が余計不気味に浮かび上がっていた。


 俺はそれを見て、動くことも声を上げる事も出来なくなってしまう。本能はただ逃げろと動けば殺されるという二つの矛盾した言葉を吐き出し続け、心臓は軋んで言葉の代わりに泣き叫ぶ。


 魔獣を見た時もある程度の恐怖を覚えたが、この存在は完全に格が違っていた。


「よいしょ」


 ずるっ、という音と共にマスケラが動き、その持ち主の体が地面から生えてくる。


 マスケラと同じ質感の材質で出来た髪が無い人形の様な頭部。紺の執事服に包まれた胴体と、球体関節で出来た指に、同じ色のズボン。最後に、茶色の革靴に足が生えて来て……それで全てだった。


 全体的に見れば、痩せ型の成人男性を模したマネキンが、マスケラを被って紳士服を着ているだけ。スーパーやデパートの売り場にあっても全く違和感のないはずのそれ(・・)は、見るだけで違和感と恐怖を覚える圧倒的な存在感を放っていた。


「ひっ」


 俺の背後で引きつけの様な声がする。


 恐らく俺の頭から少し上の位置に在るマスケラの瞳を見てしまったのだろう。


 それでマスケラの瞳がぎょろっと動き、俺の背後に居るアウロラに照準が定まった。


「んんっ、そちらの材料はずいぶんと小さいね。これじゃあ結果も期待できないかなぁ」


 こいつは、アウロラを使って何をするつもりなのだろうか。


 それは分からない。だが、四人パーティと聞かされていたのにも関わらず、目の前に居る少女はたった一人きりであることからその結果どうなるかは容易に想像がつく。


 アウロラだけは、そんな目に会わさせない。


 そう思った途端、俺の中から気力が沸き上がって来た。


 ただ震えるだけであった体は、多少震えてはいるものの、何とか俺の命令に答えてくれる。


 俺はアウロラを守る様に、左腕を水平に伸ばす。


「勝手に入ってしまったことは謝ります、すみませんでした。それで……」


「えっと~? 素材としてはどんなものかなぁ」


 俺のことなど全く気にも留めないのか、マスケラは独り言を呟くと、俺を無造作に払う。


 表情の読めないマスケラの奥の瞳からも、全く力を入れていないのがよく理解できる。本当に、ただ目にかかる髪の毛を払うように、俺を払っただけだというのに――。


「うぐっ」


「ナオヤッ!」


 俺の体は宙を舞い、そのまま壁に叩きつけられてしまった。


 圧倒的な力の差。大人と子どもどころの話ではない。戦車と蟻ほどの差だ。


 壁に打ち付けた背中より、奴の手が当たった胸当たりのほうが激しい痛みを覚える。恐らくは肋骨にヒビでも入ったのだろう。


「ふむふむ……魔力量は少ない、と。脳の状態は健康そうだけど、ちょっと栄養が足りてないのかな? 発育不全に見える。それから……」


 マスケラは何事も無かったかのようにアウロラの顔をぞんざいに掴み、ジロジロと角度を変えて眺めて居る。


 アウロラはそれに対して抵抗するでもなく、歯の根をカタカタと震わせているだけだった。


 ……アウロラだけは……ダメだ。


 俺は手放さなかった木札を握り締め……。


≪ファイアー・バレット!≫


 魔術を発動させると、わざと少し離れた地面を撃った。


「もう一度言います! 勝手にお邪魔した事は悪いと思っています! お話をさせていただけないでしょうか!」


 曲がりなりにも俺たちは不法侵入者だ。


 地球でだって勝手に家の中に入って来られたら、国によってはという前提があるものの、射殺されても文句は言えなかったりする。


 この世界ではそういう認識なのかもしれないので、一応もう一度謝罪をしておいた。


 ……一応、この存在にだって有効かもしれない切り札は持っているが、進んで争いたいなんて考えていない。話し合いで解決できるのならそれが一番だろう。


「……ん? あれ、ボクと話したいのかい? 不思議なヤツだなぁ」


 そのやり方が功を奏したのか、マスケラの顔がこちらを向く。


 それは初めて俺の事を材料以外の存在として認識した様だった。


 俺は痛む体をおして立ち上がると、きっちりと気を付けをしてから頭を下げる。


「はい。俺は直夜・暁と言います。失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」


「あはっ、面白いなぁ」


 興味はアウロラから完全に俺の方に移ったようで、アウロラの頭部から手を離すと、俺の目の前まで歩いてくる。


「今までの人間は泣き叫ぶかボクに魔術を撃ってくるかしかしなかったのに、君はボクの名前を聞くんだ」


 材料、ヤツ、君と、着実に俺への興味は上がってきている。それが友好的なものかどうかは置いておくとして、今はそのごくごく細い紐を手繰り寄せるしかなかった。


「話し合いをするなら普通のことですから」


「うんうん、じゃあ教えない。なんで材料に名乗らないといけないの?」


「そうですかね。俺も食べ物を食べるときは、両手を合わせていただきますって言いますよ。食べ物に向かって」


「ふーん、そうなんだ」


 するとマスケラは、表情を変えずに――仮面なので当たり前だが――俺の前で両手を合わせると、


「いただきます」


 なんて言ってのける。


 徹頭徹尾、俺たちを材料としか見ていなかった。


 きっと、モルモットがキィキィ鳴いたから、戯れに頭を撫でてみたのと同じようなもの。それ以上でも、それ以下でもない。


 絶望的な状況を変えられるかもしれないなんていうのは、俺の都合のいい思い込みだった。


 ――戦う以外、この場を抜け出す方法はない。


「アウロラ、走って逃げろ!」


 反応は返ってこない。多分、恐怖で動けないのだろう。


 ……最悪だ。


「ん~? 逃げるのはダメだよ。メルキアが材料を捕まえて来るまで暇になるじゃないか」


 間延びした調子でそう言うと、マスケラは手をパンパンッと叩いて牢屋とは反対側の扉に向かって、


「メルキア~、こいつ等捕まえて~」


 なんて声をかけた。


 瞬間――。


――クェェェェッ!! 


 雷鳴かと錯覚してしまうほどの鳴き声が響き、扉がどんどんと揺れる。


「扉を壊すんじゃありませんっ」


 マスケラが叱り付けると、耳障りな音が止む。


 間違いない。扉の向こうには魔物――いや、それよりも力を持った魔獣が存在しているのだ。


 恐らく空を飛んで材料を集めて来た魔獣が。


 ――空を、飛ぶ?


「まったく、しょうがないなぁ」


 マスケラはため息をつくと、無防備に俺の前から離れて扉の前まで歩いていく。


 逃げても捕まえられるという自信があるのだろう。


 確かに俺たちの足で空を飛ぶ魔獣から逃れる事は不可能だ。


 ――逃げるなら、の話だが。


「はい、出てき……」


 俺は剣を抜いて腰だめに構えると、マスケラの横を走り抜けて、逆に部屋の中へと飛び込んでいく。


 部屋はそこそこの大きさがある……はずだ。俺の視界のほとんどが魔獣で覆われているため分からない。魔獣は、ワシの様な頭部を持ち、トカゲの様な体で四足歩行をしている。恐らくは背中の翼で空を飛ぶのだろうが、部屋の中では窮屈そうに折りたたまれていた。


「ああぁぁぁぁっ!」


 俺はそのまま全体重を乗せた剣を……。


「くらぇぇぇっ!!」


 魔獣の首筋に、突き立てた。



読んでくださってありがとうございます

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