閉鎖空間の果て
――ピチャ、ピチャ……。
水が滴る音が響く中、私は地面を眺めて嘆息する。また同じ景色で、また同じ暗闇で、また何も無い時間を過ごす。
見える景色内には何も無いし、暗闇の中で光が見える事も無い。周囲を良く見れば、微かに蝋燭の灯が揺れているのは理解出来ても、やはり誰も居ないし何も無い事が分かる。
身体を動かそうとしても動く事は出来ず、私は目を瞑って全身の力を脱力させる。
――ピチャ、ピチャ……。
やがてまた意識が遠くなっていき、深い眠りに入る。繰り返し、繰り返し、同じ夢を見続けている。
「……すぅ……すぅ……」
緑が広がっている草原の地で、ゆったりとした時間を過ごしている夢。そこには両親の姿もあって、皆でお弁当を食べて、和気藹々と過ごしている様子が目に浮かぶ。
だがこれは幻であり、ただの理想でしかない妄想だ。いくら願ったとしても、望んだとしても、今の私に叶える資格も権利も無い。この場所で私は、恐らく最期を迎えるのだろう。
「……すぅ……んん」
夢幻の世界から戻り、私の意識は現実へと引き戻される。蝋燭の灯が近くまでやって来ていて、私はゆっくりと俯いていた顔を上げる。そこには顔の見えない誰かが立っているのが影で把握した。
その人影はガチャリと音を立てて、中へと入り私の方へと近付く。カチャっと差し出された物は、焦げている部分が目立っているパンだ。どうやら食事の時間らしい。
「……いら、ない。……です」
『駄目だ。食べなさい』
「……、あむ」
パンと思える柔らかい部分と焦げて硬い部分が口の中で喧嘩をしている。それを我慢しながら、私は通り難い喉奥へと飲み込ませ、壁際にまた背中を付けた。どうせ逃がしてくれるなんて期待はしても意味が無いし、ここから出してくれるのなら最初からこの場所には入れられてない。
「……」
『水は無い。許せ』
「……」
別に期待なんてしてない。本当なら食糧も必要としていないのだが、それでもこの人影は何度もやって来る。だが差し出される食糧の質は悪く、食べていても空腹感は満たされても満足は出来ない。
だが正直に言えば、空腹感を満たす事すら必要としたくないのが現状である。
「……すぅ、すぅ……」
それから数日が経過したのか、それとも数ヶ月が経過したのか。時間の感覚が無い以上、そんな予想をするしか無いのも否めない。だがしかし、それでも何日か経過しているのは確実だろう。時間は勝手に進んで行くのだから、日も重なって行くのもまた必然である。
そんな時を重ねたある日……私の元に数人の人影がやって来た。
『――出ろ。時が満ちた』
「……、はい」
やっと。そう思いながら、微かな緊張感を帯びて外へと出る。数人に囲まれながら、見張られた中で足を進める事数分。私は灰色の空の下に連れて来られた。
そこに広がっているのは泣いている空と途方も無い程に深い谷。この場所に来るまでは妙な緊張感があったのだが、ここに来た時には既に緊張感が消えていた。ならば私は、決まっている覚悟を示すだけ……。
「っ……どう、して……?」
しかし、私は驚いた。自分の頬を伝う生温かい物を感じた時、同時に視界が徐々に霞んでいく。肌寒いと思える風に撫でられながら、私は祈りを捧げているであろう者たちに背を向けたまま足を前に出す。そして私は、何も無い虚無の世界へと向かう。
「――っ!?」
だがその途中、私の視界に入った空を見て目を見開いた。灰色の雲の隙間から、暖かい太陽の光が差し込んでいるのが分かる。それを見た瞬間、私は内側から込み上げてくる感情を抑えられずに呟くのであった――。
「もっと、生きたかったな。ははは。……さようなら」