地表の太陽
王国の北、国境を越え帝国と呼ばれる土地の森の中、深紅の獣は眠っていた。
人里を襲い人間からもわずかながら力を得られる事が分かったナミロは、北上を続け村や街を襲っていた。
唯、おかしな事に最近では力は増すどころか少しずつだが弱まっている気がしていた。
更には酷く眠く、暇さえあれば眠りにつくような状態になっている。
あれ以来、神を見つける事は出来ていない。
大量の人間がいる場所、例えば王都の様な都市を襲えば大きな力を手にする事が出来るだろう。
だが王都は駄目だ。
あの街にはファニの眷属が集まっている。
あの堅物は自分が人間を喰らう事を良しとしないだろう。
殺せれば良かったのだが、厄介な事にあの女は不死だ。
力は奪ったが既に回復している筈だ。
一番近い大きな街、ナミロは北の大地にある帝都と呼ばれる街をその牙と爪で蹂躙するつもりだった。
何かが近づいて来る音がナミロを眠りから覚醒させた。
耳を動かし音の出所を探る。
音の出所に向けて鼻を鳴らす。
遠い昔、そしてつい最近も嗅いだ忌々しい匂いが漂って来る。
木々の間から現れた者達にナミロは唸り声を上げた。
「よぉ、暫くだな。お前さぁ、仕事増やすの止めてくれよ」
『殺されに来たのか愚かな人間よ』
「いや、お前を止めに来た」
『止める?出来ると思っているのか?』
「出来る出来ないじゃねぇんだよ。……女子供まで殺しやがって。……ただで済むと思うなよ」
シロウの底冷えする声音にナミロは少したじろいた。
そんな自分に驚き、それは怒りに変わった。
「シロウ、熱くなるな」
「……すまねぇ」
唸るナミロを無視してアルがシロウを気遣う。
その事がナミロの怒りに更に油を注いだ。
『アルブム・シンマ、それに人間。貴様らはいい加減目障りだ。ここで血祭に上げてやる。』
「上等だ!やるぞアル!」
「うむ!」
シロウは剣を構え、アルは雷雲を呼び出した。
『フンッ!またそれか、効かない事は分かっているだろう?』
「どうかな?」
炎を立ち昇らせたナミロに、シロウは踏み込み剣を振るった。
雪狼の剣は吹雪を纏いナミロの炎を切り裂いていく。
だがナミロの前足を捉えた刃は、硬質な音を立ててはじき返された。
「硬ぇ!?」
間合いを取ったシロウは剣を打ち込んだナミロの前足が、亀の甲羅に似た物に覆われているのを確認する。
甲羅は甲冑の様にナミロの体を覆っていった。
『薄ノロの亀も少しは役にたったな』
「チッ、取り込んだ神の力か……」
シロウが間合いを図っている隙をついて、アルがナミロに電撃を放つ。
「何じゃと!?」
完全に捉えたと思ったが、ナミロはそれを軽々とかわした。
頭には鹿に似た角が生え耳は長く伸び、瞳は顔の正面にある虎の目の他に、顔の左右に横長の瞳孔の物が現れていた。
「いよいよ化物じみてきたな……」
「不意を突くのは難しそうじゃの」
『全ての力を使い蹂躙してくれるわ!!』
ナミロは雄たけびを上げ、周囲の木々を薙ぎ払う。
シロウは咄嗟に目を閉じ耳を塞ぎ、口を開けて衝撃を逃がした。
アルも同様に耳を押さえている。
「クッ!」
その隙を見逃さずナミロはシロウに襲い掛かった。
突然、突風が吹き荒れ異形の獣を吹き飛ばした。
『ちょっと待ってくれても良かったのに』
「しょうがねぇだろ。見境なしに人間を襲うこいつが悪い」
巨大な鳥が森の上を舞っていた。
その鳥の背から、白いマントを纏った巨漢が飛び降りる。
地響きを立てて地面に降り立った巨漢は、マントを丁寧に畳むとその身を熊に変じた。
首にマントをスカーフの様に巻いて口を開く。
『済まん、遅くなった』
「急に呼びつけて悪かったな」
『触れは国中に回っている。少しは効果がある筈だ』
ランガはそう言うと、体を赤熱させた。
『ランガか……。貴様の力は厄介だったが今はもう効かん』
『効かぬかどうか試してみろ』
ランガはナミロに組み付き熱量を上げていく。
『うっとおしい』
『グッ!?……なんだ?体が……』
「ランガ!?アル癒しを!!」
「うむ!!」
見ればナミロの尻尾は甲殻に覆われ、その先は鋭く尖りランガの体を刺し貫いている。
アルは癒しの光をランガに向けたが、彼の体は赤熱したまま大地に倒れた。
『グハハッ、神の毒だぞ。そう簡単に癒せる訳が無かろう』
「アル!?」
「触れねば詳細が分からぬ!だが今は高温過ぎて触れられん!」
「冷やせばいいんだな!?」
シロウが剣を振るおうとするのを、ナミロの光が遮った。
光は地面を一直線に焼き、炎を噴き上げる。
続く爪の斬撃をシロウはギリギリで躱した。
「クソッ冷やす暇がねぇ!」
上空のウルラが風を放つがナミロはそれを躱す素振りさえ見せなかった。
『ソカルか……。速いだけの羽虫……まぁいい、貴様も後で喰らってやろう』
『ひぇ……』
『クククッ、何だ怯えているのか?……今逃げれば見逃してやる、貴様の様な臆病者の力はやはり不要だ』
ナミロの言葉でウルラの目つきが変わった。
『臆病者……臆病者だって!?ふざけるな!!僕は空の勇者ソカル族の一員だ!!』
ウルラはそう叫び自身を奮い立たせる。
『僕がこいつを動けなくする!!アルとシロウは何とか隙を見つけて!!』
「おう、言うじゃねぇかウルラ!!任せたぜ!!」
『ハハッ、それちょっと気持ちいいね!!』
ウルラは翼をはためかせ竜巻を起こした。
竜巻は大気を巻き上げ、中心の空気を奪っていく。
『グハッ……息が……おのれ、羽虫ごときが』
空気を奪われたナミロは、苦しそうに地面に横たわり空を舞うウルラを睨みつける。
まともな生き物なら絶命する筈だが、不死鳥の力がナミロの命を繋いでいる様だ。
「アル!?何か強力な術はねぇか?」
「強力な……。あるにはあるが……」
アルはシロウが持つ剣に目をやった。
「シロウ協力せい!」
「おう!何をすればいい!?」
「とにかく周囲を冷やせ!!手加減は無用じゃ!!」
「冷やせばいいんだな!?」
シロウは雪狼の剣に願い、周囲に吹雪を巻き起こした。
「もっと!!もっとじゃ!!全ての物が凍り付き動かなくなる程冷たく!!」
「全てが……よっしゃ!!チビ絞り出せ!!」
シロウは柄を握りしめ剣に願う。
その間にアルは掌に雷の力を集め始めた。
雷は翳した手の中で青白く力を増していく。
『グルルッ』
竜巻の中心ではナミロが炎を噴き上げ、ウルラを狙い光を放っていた。
ウルラはその光を躱しながら、竜巻に風を送り続ける。
『アル!?もうそろそろ限界だよ!!』
「今少し時を稼いでくれ!!」
『分かった!!』
周囲は全てが氷付き動くだけで、頬が切れそうな程冷え切っている。
「よし!!ウルラもうよいぞ!!」
アルが声を掛けたのと、甲高い鳥の鳴き声が響いたのは同時だった。
シロウがチラリと空を見上げると、炎を上げて巨大な鳥が遠く森に落ちていく。
「ウルラ!?」
『フンッ!あの羽虫は後で丁寧に解体し喰らってやろう。まずは貴様らからだ!!』
ナミロがそう言って踏み込んだ足は、大地に沈みこんだ。
『流砂だと!?』
「アルくーん!!」
声のする方に目をやれば、白髪に黒くメッシュの入った女がブンブンと手を振っていた。
隣には黒髪の東洋風の服を着た男がへたり込んでいる。
「ふぅ、なんとか間に合ったな。話は後だ。さっさと決めろ」
ザルトの言葉でシロウとアルは顔を見合わせ頷きあった。
「ナミロ、これで終わりじゃ」
『やめろ!!貴様何をするつもりだ!?』
ナミロの周囲を電気の幕が取り囲む。
小さな光が中心のナミロに向けて集まり始める。
それは収束し徐々に光を増していき、やがてその光が消えたと思った瞬間、爆発的な光が周囲を白く染め上げた。
どのくらい時間がたっただろうか、シロウの目が視界を取り戻した時、そこには丸く切り取られた様に窪んでいた。
「……アル、何をしたんだ?」
「電気の幕を張って、その中に太陽を作ったのじゃ」
「太陽ってあの空の!?」
「そうじゃ。この術は昔一度だけ試した事のある禁断の秘儀じゃ。その時は電気の幕で覆わなかったから危うく我まで消し飛びかけたのじゃ。……生き物のいない荒野で試して正解だったのじゃ。なんせ荒野の殆どが、爆風と熱で消し飛んだんじゃから……好奇心って怖いの」
失敗を照れ臭そうに語るアルにシロウは冷たく言い放った。
「アル、この技は二度と使うな」
「……うう、そんな目で見るな。分かっているのじゃ。二度と使わないのじゃ」
「分かればいい」
少し涙目になり反省した様子のアルの頭をシロウは乱暴に撫でた。




