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虎落とし

アルが呼んだ雷雲の下、深紅と黒で構成された獣がこちらを見下ろしている。

大きさは頭だけでも優にシロウを超えている。


シロウは無意識のうちに、体が小刻み震えているのに気付いた。

祠で魂が身の内に入り込んでから、終ぞ感じた事の無い感情が沸き上がってくる。

チビも怯えたのか剣に逃げ込んだ。


恐らく体が本能的に感じたのだろう。

内に棲む魂達も身の危険を感じているのか、震えを止める事が出来ない。


その震える手を不意に柔らかい物が掴んだ。


「お主には我が付いておる。恐れる物等なにも無い」


そう言って見上げる青い瞳は、ぶれる事無くシロウを真っすぐに見つめていた。

気が付けば体の震えは止まっていた。


「……そうだな。俺とお前なら……、二人一緒なら何とでもなるか」

「うむ!」


シロウはアルから手を放し、一歩進み出た。

周囲を見回す、近辺にはキマ以外誰もいない、ファニ、更に大地を貫く謎の光を見て、皆警戒しているのだろう。


これなら多少派手に暴れても大丈夫だな。

そう考えたシロウは、空の獣に声を掛ける。


「アンタがナミロか?俺はシロウよろしくな?」


だが獣はそれに答えず、アルを睨んで忌々し気に吠えた。


『久しいなアルブム・シンマ。相変わらず人間を守る等とほざいているのか?』

「ふぅ、主は変わらんの。未だに生まれ持った性から抜けられんとみえる」


『それの何が悪い。人間は殺し合わなければ生きていけぬ。戦で世を満たす為に生まれた俺自身がその証拠だ。人間を守る必要等無い。』


次に獣は、ボンヤリと虚空を見つめていたキマに目をやった。

魂の抜けたキマの様子を見ると、獣は鼻を鳴らした。


『愚かな猿だ。いかに策を弄しても、圧倒的な力の前には意味を成さんと何度も忠告したのだがな。さてアルブム・シンマ、雌雄を決するか?』


舌なめずりをしてアルを見降ろした獣の鼻先に赤く輝く矢が突き立つ。

矢は爆炎を吹き出し、獣を包み込んだ。


「おーい!?聞こえてるか!?」


シロウが火竜の弓を頭の上で、振りながら呼びかけている。

それを見ながらアルは少し呆れた口調で言った。


「その弓を挨拶に使うでない。外れたらどうするのじゃ?」

「外さねぇよ。それにこのぐらいじゃ、どうにもなんねぇだろ?」

「まあの」


炎が収まると、獣は牙を剥きシロウを睨んでいた。


『見逃していてやったというのに、馬鹿な人間だ』

「ようやくまともに話す気になったか?俺はシロウ、お前がナミロで良いんだよな?」


それには答えず獣の姿は掻き消え、気が付いた時にはシロウの目の前に猛獣の腕が迫っていた。

シロウは剣を抜き、身を引き裂こうとする爪を受け止める。

大地を踏みしめた足が石畳を砕き深く沈みこんだ。


『ほう、普通の人間では無いな?』

「まあ…な、三度目…だが、俺は…シロウ。獅子神…アルブム…シンマの…伝道師だ」


押し込む力に耐えながら、シロウは答える。


「そして我こそが獣の王にして癒しの女神、偉大なる万能の獅子神、アルブム・シンマじゃ!!……やった!!やっと口上が言えたのじゃ!!」


色々付け加えられたアルの口上を聞き、ナミロは鼻に皺を寄せた。


『この人間に毒されたか……。俺と力を二分した孤高の神はもういないようだ……』


ナミロはアルに目をやりながら、シロウが受け止めた腕に力を掛けていく。

シロウの足は徐々に大地にめり込んでいく。


『まずはこの伝道師とやらを潰してやろう。そうすればお前もかつての様な誇り高い神に戻れよう』

「……甘く見ない方が良いぞ。シロウはお主ごときが簡単に潰せる人間では無いからの」

『目まで曇ったか、人が神に勝てる訳が無かろう?』


そう言ったナミロは、自分の腕が微動だにしない事に気付いた。

シロウを押し潰そうとしていた右腕は、いつの間にか分厚い氷で地面に囚われている。


「お前さぁ、人間を舐めすぎだぜ」


そう言ったシロウは、ナミロの左腕を薙ぎ払う。

雪狼の剣は鋼線の様なナミロの体毛を散らし、その身に浅く傷を刻んだ。


『貴様!!たかが人の分際で!!』


氷の枷を左腕で切り刻み、シロウに襲い掛かる。

シロウはそのことごとくを躱す。


前にウネグが言っていた様に、スピードだけならザルトの方が上だ。


捉えられないシロウにナミロは業を煮やしたのか、突然立ち止まり咆哮を上げた。

体中を揺さぶられる様な衝撃がシロウを襲う。


「クッ!!」


咆哮はナミロを中心に、貧民街の建物をなぎ倒した。


『手こずらせおって……。貴様は俺の糧にしてやろう。光栄に思うがいい』


倒れ込んだシロウに向けて、ナミロは大きく口を開けた。

その口に剣が差し込まれ、爆発するように吹雪が舞う。


「お断りだぜ。大体俺なんか食ったら腹下すぜ」

『グォ!?何故動ける!?』

「我がいるからに決まっておるじゃろ?一つの獲物しか見えなくなるのはお主の悪い癖じゃ」

『アルブム・シンマァ……、貴様、徒党を組むなど神としての矜持をなくしたかぁ?』


アルはナミロの言葉に肩をすくめため息を吐いた。


「お主は本当に変わらんの。我は戦を回避し世が平穏であればそれで良い。戦いの過程はどうでも良いのじゃ」

「……身も蓋もねぇなぁ」

「ぬっ、そもそもシロウがそうじゃろうが!?」

「……そういえばそうだな。ハハッ」

「そうじゃろう?フフッ」


笑い合う二人を見て、ナミロは怒りの咆哮を上げた。

指向性を持った衝撃は躱したシロウの横を通過し、建物に風穴を開ける。

爪を躱し、咆哮で受けたダメージを宙を舞うアルが癒す。

戦いの中、貧民街は徐々に更地に変わっていった。


「ふう、こりゃ再建が大変そうだな」

「むう、我らは金には縁がないぞ?」

「キマが持ってんだろ?」

「そうじゃった!教団は金持ちじゃった!」


二人の掛け合いはナミロを激怒させた。

元々巨大だったナミロの体が膨れ上がっていく。


『ふざけた奴らめ……。いいだろう覇王の力、存分に味わうといい!!』


ナミロは人と獣の中間の様な姿になっていた。

人に似た体は筋肉が盛り上がり、その表面を深紅の毛皮が覆っている。

首が痛くなる様なそれを見上げ、シロウが軽い調子で言う。


「デカいな。……んじゃ、俺は足止めするから、止めを頼まぁ」

「任せるのじゃ!」


シロウは剣を掲げ呼びかける。


「チビ、キマを安全な所に運んでくれ。頼む」

「……ワン!!」


アルは虚空を舞い姿を隠し、意を決した様に剣から飛び出したチビは、衝撃で倒れていたキマの襟首を咥えてその場から離れた。


シロウは剣を掲げナミロを囲む様に氷柱を地面に発生させた。

それに向かい、火竜の弓を打ち込む。

撃ち込まれた矢は炎を上げ、氷柱を霧に変えた。


『小賢しい!!』


ナミロが咆哮を上げようと息を吸い込むのに合わせ、吹雪が鼻先を覆う。


『グハッ!!おのれぇ!!』


咽て動きを止めたナミロの足に鋭い痛みが走る。

シロウが足元を駆け回り、斬撃を浴びせているのだろう。

ナミロにとってはかすり傷だが、鬱陶しい事この上ない。


霧にかすむ足元の匂いで当たりを付けて攻撃する。

だが次々に霧は生まれ晴れる事は無く、ナミロの爪は虚しく空を切った。


攻撃は当たらず、咆哮は炎と氷に阻まれる。

羽虫を潰せぬ苛立ちが、ナミロの意識を奪っていく。


不意に遠く倒壊を免れた建物の上に、弓を構えたシロウを見つけたナミロは狂喜した。


『愚かな人間め!!今度こそ食い殺してくれる!!』


崩れた建物を四肢で散らしながら、ナミロは街を疾走する。

不意にその足が空を切った。


『なっ!?』


アルが開けた巨大な底の見えない穴が、ナミロの巨体を飲み込んでいた。

落ちながら空を見上げたナミロの目に、アルの姿が映る。


「一つの獲物しか見えなくなるのは悪い癖じゃと言うたじゃろ?」


穴の側面を閃光を放つ雷雲がびっしりと覆っていた。


「安心せい。殺しはしないのじゃ」


アルの微笑みと共に穴の中で無数の稲妻が乱舞した。

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