ハヤブサの神
ウルラの脳内CVは石田彰さんでお願いします。
ウルラが飛び去った後、シロウ達はラケルの社へ向かった。
社は人の手が行き届いており清潔で、神聖な場所だと信仰心の薄いシロウにも分かった。
「こちらへ」
ラケルはシロウ達を社の中に招き入れた。
中には家具一式の他、壁に巨大な蜥蜴の皮が祀られていた。
「こいつは…」
「主人です。悪神を倒した後、人々は彼に感謝し、社を建て残った皮を祀ったのです」
「へぇ、立派なもんだ」
極彩色の鱗は輝きを失わず、宝石の様にキラキラと輝いていた。
「いい男だったのか?」
「フフッ。ええ、とても優しく強い神でした。婚姻も私が押し掛ける形でしたのです」
そう言ってラケルは愛おしそうに壁を見上げた。
「今も惚れてんだな。……あのハヤブサも可哀そうに、死人にゃ勝てねぇからなぁ」
アルはシロウがそう言ったのを、少し悲しそうに見つめた。
ラケルはそんなアルを手招きし耳元で囁いた。
囁かれたアルの顔が真っ赤に染まる。
その様子を見ながらシロウはラケルに問い掛ける。
「あのハヤブサ野郎、ウルラつったか。そもそも何でハヤブサが蜥蜴に求婚したんだ?」
「ウルラの一族は番いを見つける為、旅をするそうなのですが、途中立ち寄ったこの森で、私が人の願いを聞いている所を見たそうなのです。その時の瞳が忘れられないと言っていました」
「瞳?その金の瞳が気に入ったってことか?」
「よく分からないのですが、私が人々を見る視線が好きだとか…」
ラケルはそう言って首を傾げた。
「瞳ねぇ…。本人に直接聞いてみるか。アル、匂いは追えるか?」
「…やってみよう」
アルは社から出て鼻を鳴らした。
暫くそうしていたが、やがて振り返り言う。
「シロウいけるぞ。ただあの速度じゃ、捕まえるのは難しいぞ」
「俺の姿を見りゃ襲ってくるだろ?」
「シロウ、では私も同行いたします」
そう言って腰を上げようとしたラケルをシロウは押しとどめた。
「いや、お前はここにいろ。本人の前じゃ言いにくい事もあるだろうからな」
「……そうですか。分かりました。…くれぐれもお気を付けを」
「おう。そんじゃ頼むぜ、アル」
「うむ」
シロウはアルと共に匂いを追って森に分け入った。
雨は上がり木々の間から光が覗く。
雨上がりの森は緑の匂いで溢れていたが、アルは迷うことなく進んでいく。
「そう言えばよぉ、さっきは何を言われたんだ?」
「さっき?」
「なんか耳打ちされてたじゃねぇか?」
アルの顔に朱が挿した。
「なッ、何でもないのじゃ!」
「何だよ。相棒だろ?教えろよぉ」
「相棒……駄目じゃ!おっ、女同士の秘密なのじゃ!」
「ちぇッ。…まぁいいか」
そんな事を話しながら移動していると、やがて一本の大きな木の下でアルは歩みを止めた。
「この上じゃ、恐らく天辺にいるな」
シロウは少し離れ木を見上げた。
確かに一番上の枝に巨大な鳥が羽根を休めている。
「おい!!ウルラ!!降りてこい!!」
ウルラは木から飛び立ち、急降下してシロウの前に舞い降りた。
『人間、僕に殺されにきたのか?』
「いや、お前と話をしに来たんだ」
『こっちには話す事なんてないよ!』
そう言うとウルラは人型になりシロウに襲いかかった。
ウルラの突き出した手刀が頬をかすめる。
少し掠っただけだが、ぱっくりと割れ血が頬を伝った。
「シロウ!!」
アルの叫びを聞きながら、シロウは頬を拭いニヤリと笑った。
「アル、大丈夫だ。お前は手を出すな。……流石、神様。人間とは格が違うねぇ」
「なにを当たり前の事を言っているんだ?それより死にたくなければラケルと別れろ」
「こりゃ叩きのめさねぇと、話しも出来そうにねぇなぁ」
「叩きのめす?人にそれが出来ると思うのかい?」
シロウは腰を落とし拳を構えた。
「試せば分かるさ」
「生意気な人間だ。口の利き方を教えてやる!!」
シロウは突き出された手刀をギリギリで捌いていく。
一発当たれば致命傷のそれを、シロウは額に汗を浮かべながらよけ続けた。
「へぇ、言うだけの事はあるじゃないか?」
「あんがとよ」
バートがシロウに託したモノ、それは彼が生涯をかけて練り上げた体術だった。
だが所詮は借り物の力だ。シロウ自身がその感覚を物にしないと、本来の力は発揮出来ない。
「慣らしには丁度いいか」
そう言って肩を回す。
その様が余り人を喰っていたので、ウルラの瞳が鋭さを増す。
「君、余り神を馬鹿にしない方がいい」
「馬鹿になんてしてねぇよ。ただお前ぐらいが、練習には丁度いいと思っただけだ」
「舐めるな!!」
ウルラのスピードがさらに増す、シロウは必死にそれを捌き続けた。
シロウは言うほど余裕があるワケではなかった。
しかし、そのギリギリのやり取りは、バートの技をシロウの体に着実にしみこませていった。
三十分以上そんな事を続けていただろうか。
ウルラの顔に余裕の色は見えなくなっていた。
逆にシロウは攻撃を捌き、確実に打撃を与えていく。
「馬鹿な!人が神より…最速のソカル族より速い筈が…」
「速い訳じゃねぇよ!こいつはお前が馬鹿にしてる人が練り上げた技術だ!」
「人如きが神を超えるなどあってたまるか!?」
「舐めんじゃねぇよ!!バートはこれに一生を掛けたんだ!!神ぐらい簡単に超えられるぜ!!」
ウルラの放った攻撃を、シロウの右手がまるで蛇の様に絡み取る。
「終わりだな」
シロウの拳がウルラの胸を打ち抜いた。
そのまま吹き飛び、彼が身を寄せていた大木に強かにその身を打ち付けた。
「うぅ、こんな…僕が…人間に…」
「さてこれでゆっくり話ができるな。」
「シロウ大丈夫か!?」
アルが駆け寄り手を翳す。
するとシロウの体から痛みが引いて行った。
シロウはアルの頭を撫で、ウルラを見て言う。
「ありがとよ。ついでにあいつも治してもらえるか?」
「あの者も癒すのか?」
「ああ、頼むよアル」
シロウはそう言ってアルに笑顔を見せた。
「むう、分かった。」
「ありがとな」
「お主の頼みじゃから聞いたのじゃぞ!それを忘れるな!」
アルはウルラに歩みよりその傷を癒した。
苦しそうに歪んでいたウルラの顔が穏やかな物に変わる。
「何故、僕まで癒した?」
「話をしに来たって言ったろ?」
「……何の話をするっていうんだ?」
シロウは大木に背を預け、座っていたウルラの前に腰を下ろした。
胡坐をかいた足の上にアルが腰かける。
「アル、少し重いんだが?」
「失礼な奴じゃの。我は地面は濡れておるから、座りとうない」
「しょうがねぇなぁ。大人しくしてろよ」
シロウは気を取り直し、ウルラを見つめ語り掛けた。
「お前、ラケルの瞳に惚れたそうだな?」
「そんな事も話したのか…。そうさ、僕は彼女の人々を見る優しい目に魅かれたんだ」
「なるほどな。んで求婚を申し込んだと?」
「この女性しかいないと思ったんだ。」
ウルラはその時の事を思い出したのか少し微笑んだ。
「お前、ラケルの気持ちや旦那の事を知っているのか?」
「…もう何年も前に大地に還ったんだろ?それに彼女だって一人は寂しい筈さ」
「ラケルがそう言ったのか?」
「言わなくたって分かるよ。それに僕の方が、居なくなった旦那さんよりラケルを幸せに出来る」
ウルラは本気でそう思っているようだ。
シロウはため息を吐きつつ口を開いた。
「ウルラ、本当にラケルの事を想ってんなら、軽々しくそんな事は言えねぇ筈だ。てめぇは自分の気持ちをただ押し付けているだけだ。」
「そんな事は無い!!ラケルだってもっと僕の事を知ればきっと!!」
「知ってもらおうと…、知ろうと努力したのかよ?」
ウルラはシロウの言葉に唇を噛んだ。
「ラケルは今も旦那に惚れてる。本当に振り向かせたいんなら男を磨きな。ラケルが無視できないぐらいな」
「お前、何言っているんだ?だってお前が恋人なんだろ?」
「ありゃ、頼まれてお前を諦めさせる為に、一芝居打っただけさ」
ウルラはその言葉で項垂れた。
「そんな…人間に恋人のフリを頼む程、僕は嫌われていたのか…」
「別に嫌いって事じゃねぇと思うが…」
「じゃあ、可能性はあるのかい!?」
ウルラはアルににじり寄り、真剣な顔で尋ねてくる。
「…たぶん今のままじゃ可能性は零だな」
「……そうかい」
「今のままじゃって言ったろ。さっきも言ったが男を磨け」
「磨くって、一体どうすれば……」
暗い表情で地面を見るウルラを見ていると、シロウも少し可哀そうになってきた。
「そうだな…。お前、嫁さん探して旅してんだろ?」
「そうだよ。それがソカル族のしきたりだからね。」
「んじゃ、取り敢えずそれを続けてみろよ。いろんな奴と会って、色々経験すれば人間成長するもんさ」
ウルラはその言葉で少し考えこんだ。
「僕は今までずっと空を飛びながら番いを探してきた。それじゃあ駄目ってことかい?」
「お前なぁ、獲物を探してんじゃねぇんだぞ…。よし!お前、人の姿で旅をしろ!」
「人の姿で!?」
「そうじゃねぇと、ほかの奴と話す事も出来ねぇじゃねぇか」
「…人と触れ合えば、ラケルも僕の求婚を受け入れてくれるかな?」
「それはお前次第だ」
ウルラはシロウの言葉で黙り込んだ。地面を見つめ視線を漂わせている。
やがて顔を上げシロウ達を見た。
「決めた。決めたよ!君、案内人になれ!!」
「え゛っ!!」
「僕は人間の事をあまり良く知らないんだ。人の世界を案内をしてくれたまえ」
「なんで上から目線なんだよ!!駄目に決まってんだろ!!」
「そうじゃ!!黙って聞いておれば勝手な事ばかり!!」
ウルラはアルを見て鼻で笑った。
「フッ、君も神のようだけど、通力は僕の方が随分と強い。この人間には僕の方が頼りになる筈さ」
「お前、全然わかってねぇじゃねぇか…」
「うぬぬ。シロウこやつの同行等、絶対に認めんぞ!!」
「俺だって嫌だよ。…ちょっとナルシストっぽいし」
三人が話していると、蜥蜴の姿のラケルが姿を見せた。
『すみません。遅いので心配になってしまって…』
「ラケル!!僕は旅に出る事にしたよ!!」
『旅に?では私への求婚は諦めていただけたのですか?』
「いや、僕は旅をして君にふさわしい男になって帰ってくる。その時は改めて君に求婚したいと思っている」
ラケルは咎める様な目でシロウを睨んだ。
シロウは引きつった笑みを浮かべ、ラケルに近づき耳元で囁いた。
「すまねぇ、どういう訳かこうなっちまって…。大丈夫、旅の間にあいつの連れ合いも見つかるさ」
ラケルはため息を吐き、呆れた顔をした。
シロウは蜥蜴の呆れた顔なんて、初めて見たと的外れな事を考えた。
『分かりましたウルラ。旅から戻った貴方が主人より魅力的に見えたなら、少しは考えてみましょう』
「本当かい!?きっと君を僕の魅力でメロメロにしてみせるよ!!」
「無理じゃと思うがのう…」
「そうだな…」
一人はしゃぐウルラの周りで、三人の深いため息が森に消えた。