完全なる神の為
金髪の男はアルとガーヴの様子に驚愕しているようだった。
「何事にも興味が無いご様子だったガーヴ様が何故……」
「それは我が聞きたいのじゃ……。それよりお主名前は?」
「……マオト・フフだ」
「ふむ、ではマオトとやら、王都に戻りキマの計画を一族や他の神に伝えるが良い」
「……我々を内部から分裂させる為か?」
アルはマオトを見てニッコリと笑った。
「分裂というか、我々の仲間になって欲しいのじゃ。我もシロウも戦より平和を望んでおるでな」
「仲間になる事と平和がどう関係する!?ナミロ様に対抗する為、戦力が欲しいだけだろう!?」
「我は出来ればナミロにも、戦を止めて仲間になって欲しいと思っておるよ」
「仲間だと……?」
マオトはアルの言っている事に理解が及ばず、困惑と少しの恐怖を感じていた。
「アル君は皆、仲良く暮らして欲しいだけだよ」
「うむ、その通りじゃ。最終的には我とシロウが平和に楽しく旅が出来れば良いのじゃ」
「……ねぇ、アル君、ところでさっきも言ってたけどシロウって誰?」
「シロウは我の伝道師なのじゃ。我とシロウは家族の様なものじゃ」
「家族……」
ガーヴの表情が冷たく変わる。
「シロウって何の神?」
「ん?シロウは人間じゃぞ。身の内に魂を棲まわせておるから、普通の人とはちょっと違うがの」
「フーン、人間かぁ……」
「なんじゃガーヴ、シロウの事が気になるのか?」
アルはガーヴの大きな胸を見て、慌てて付け加える。
「言っておくがシロウは我の伝道師じゃからな!手を出すで無いぞ!」
「ちぇっ、分かったよ」
「ふぅ、ファルといいガーヴといい、油断も隙もないのじゃ」
二人の考えている事は全く違うのだが、会話としては成り立っているようだ。
マオトはアルの言葉を信用した訳では無かったが、キマの話は族長であるファニに伝えるべきだと考えた。
彼女ならキマに対して、最悪、力で押し切り教団を離脱する事も出来るだろう。
「……私をこのまま逃がすというのか?」
「逃がすも別に捕えておる訳でも無いのじゃ。いかようにでも好きにせい」
「意味が分からん」
マオトは寝台から立ち上がり、天幕の出口に向かった。
アルは脇にどいて邪魔するでもなく、その様子を見ている。
「本当にこのまま出て行ってもいいのか?」
「うむ、気を付けて帰るのじゃぞ。我らも集落が落ち付いたら王都に帰るのじゃ。その時はまた会えるといいの」
「送ってくれてありがとね」
「……ガーヴ様、貴女は獅子神に付いたという認識で良いのですね?」
「うん、僕はアル君と一緒にいるよ!」
「はぁ、分かりました。ファニ様にはそう報告しておきます。では失礼します」
マオトは姿を鳥に変え西の空に消えた。
王都では叡智神の執務室でファニがキマに詰め寄っていた。
「我らを全て消すというのは本当ですか?」
「……はい、私はその為に教団や五大教を創りました」
「何故です!?我々の力が高まれば、人々の願いを叶える事も容易な筈!!新しい神等、必要無いではないですか!?」
キマは机に肘を置き手を組んで答える。
「我らでは足りないのですよ」
「足りない!?力がですか!?それは信仰さえあれば解決する問題でしょう!?」
キマは首を振り答える。
「ありとあらゆる問題に対処する為には、人の信仰心を一つに集める唯一無二の神が必要なのです。我々古い神ではなく」
「……分かりました。貴方とは根本的に分かり合えないようですね。私は一族を連れて教団を出ます」
「あの男の仲間に加わるのですか?」
「さぁ、ですがそれも良いかもしれませんね」
部屋を出ようとするファニを無数の刃物が貫いた。
「グフッ!……無駄な事を……私は不死鳥ですよ……」
「分かっています。肉体的に貴女を殺す事は出来ないでしょう。ですが精神はどうでしょうか?」
「なにを…する…つもり…」
「なに、王の死を体験していただくだけです。貴女が堕ちるまで幾たびでも……」
「なっ!?止めてください!!」
ファニの瞳に過去の幻影が写し出される。
王の死、復活した物言わぬ王、人々が漏らす失望と落胆、そして罵倒と怨嗟の声。
「ああ……いや……止めて……許して……下さい……」
幻影は目を閉じても消えず、終わる事なくファニに悪夢の日々を見せ続ける。
キマがスッと手を振ると流れた血は消え、切り裂かれた衣服も何事も無かったかの様に変わる。
彼はうずくまり動かなくなったファニを無感情に眺め、立ち上がると声を上げた。
「誰か!?誰か早く!!」
「お呼びですか!?……これは!?ファニ様!?キマ様一体何が!?」
駆け付けた側近が慌てた様子のキマと、うずくまったファニを見て動揺を見せる。
「私にも分かりません!?……ただ彼女は最近、教皇という立場を少し重荷に感じていたようでした」
「重荷に……。最近キマ様との面会が増えていらしたのも……」
「はい、辛いと口にされる事が多くなっていました。その度、宥めてはいたのですが……」
「キマ様、一体どうすれば……」
キマは目を閉じ、しばし何かを考えているようだった。
目を開けおもむろに口を開く。
「至高神は五大神の長、その教皇が精神を病み倒れる等、有ってはなりません。彼女はこのまま神殿に幽閉します。他の者には彼女は病に臥せり療養中だと伝えなさい」
「……分かりました」
「この事は我々だけの秘密です。事は五大教全ての信仰に関わってきます。くれぐれも漏らさぬよう。彼女には信頼のおけるシスターを世話役として付けて下さい」
「承知いたしました」
側近の男は足早に部屋を後にした。
ファニは小声でぶつぶつと何か呟いている。
それを無表情に見下ろしキマは呟く。
「全ては完全なる神の為……。許して下さいとは言いません。全ての罪は私が引き受けます」
キマの独白は豪華な調度に囲まれた暗い部屋に吸い込まれた。




