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ガーヴの涙

遠い昔、ガーヴは大地の神として生まれた。

彼女の生まれた土地は、元々は肥沃な土地だった。

しかし、大規模な森林伐採や農地開拓が原因で砂漠化が進み、豊穣の地は失われた。


人々は神に祈ったが、一度失われた緑を取り戻す事は容易では無く、人々は彼女に対する信仰を失っていった。


自分では彼らの願いを叶える事は出来ない。

自身の存在意義を見失ったガーヴの心は、徐々に虚無と諦めに支配されていった。


砂に浸食され朽ちていく建物達。

全ては砂に飲まれ、この大地は、やがて砂の世界に変わる。

であるなら、人も神も全て失くなって良いのではないか。


苦しみ喘ぎながら滅びを待つ事に何の意味がある……。




不意に暖かさを感じ、ガーヴは目を開いた。

青い瞳が顔を覗き込んでいた。


「起きたか、我が分かるか?」

「……アルブム……シンマ?」

「ふむ、頭は大丈夫なようじゃの」

「どうして僕を癒したの?」


かすれた声でガーヴは尋ねる。


「話をしたいと言うたじゃろ?」

「……勝手に話せばいいさ。……僕はもうどうでもいいんだ」

「こいつに話しても、無駄なんじゃないか?」

「そうかもしれん。じゃが何もしないまま諦めるのは悔しいのじゃ」


アルはガーヴの横に腰を下ろした。

横に立つザルトを見上げ口を開く。


「我はこやつと話をする、お主は民を集落に戻してやれ」

「……そうだな。また暴れそうになったら止めてくれ」

「うむ、任せておくのじゃ」


アルと横たわったガーヴを見比べ、ザルトは納得したのか東に向かって駆け出した。


「さて、まずはお主が砂に変えた土地を、元に戻してもらおうかのう」

「変な事気にするね。君には関係ないだろう?」

「大ありなのじゃ。この地にはザルトの家族が住んでおる。あの者達には世話になったからの」

「……何日か一緒に暮らしただけだろう?そんな人達の事を気に掛けるのかい?」


アルは少し笑みを浮かべた。


「当然じゃろう。共に食事を取り、話をして笑いあった。我にとって気に掛ける理由はそれで十分じゃ」

「それだけで……」

「のう、ガーヴ。我らは人の想いから生まれた。確かに万能とは程遠いが、出来る限りその想いに応えたい。そうは思わんか?」

「……その出来る限りが問題なんだよ。僕じゃ砂漠は止められなかった。不完全な神に意味は無いさ」


ガーヴは薄い笑みを浮かべていたが、アルにはそれが泣いている様に見えた。


「ふむ、少し覗かせて貰うのじゃ」

「何を?」


アルはガーヴの額に手を当てる。

ひんやりとした柔らかな感触に心地よさを感じた。


「なるほど。お主、一人でよく頑張ったな。大したものじゃ」


土地が砂漠化を始めた時、ガーヴは一人それを食い止めようと駆け回った。

しかし浸食の速度は彼女の力を遥かに上回り、足止めというほどの事も出来なかった。

懸命に動く彼女に対して、人々の答えは失望と落胆だった。

誰も彼女に労いの声を掛ける者は無く、逆に無能と罵る者さえいた。


「……僕は……僕は……ううっ」


泣き始めたガーヴの頭をアルは優しく撫でてやる。

それはいつかシロウがアルにしてくれた事の真似だった。


「でも……でも、僕じゃ駄目だった……頑張っても……砂の大地は大きすぎて……」

「自然の力は強大で、神の力を持ってしても太刀打ちは出来ぬ。力を合わせねばな」

「……力を?」

「そうじゃ、この広い世界の何処かには、きっと水や緑を司る神がいる筈じゃ。その者達に助力を乞い、人と力を合わせれば必ず砂の大地も押し返せる」


ガーヴはアルの瞳を見る。

彼女は真っすぐにガーヴを見ている。

青い瞳にはキマに感じた様な陰りは一切見えなかった。


ガーヴは体を起こし、お尻をペタンとつけてアルの前に座った。


「出来るかな?僕の生まれた場所を元の様な緑の大地に?」

「きっと出来るのじゃ。幸いな事に我らには長い時が与えられておるからの。ゆっくり腰を据えてやればよい」

「ゆっくりか……。僕は急ぎ過ぎていたのかな?」

「そうかもしれぬ。焦らずゆこうぞ」


ガーヴはキョトンとアルを見返した。


「もしかして、手伝ってくれるの?」

「当たり前じゃろう。こうして話をしたのじゃ。さっきも言ったが手を貸す理由はそれで十分じゃ」

「……君、凄いね」


「当然である!我は獣の王、獅子神アルブム・シンマぞ!」

「フフッ、お人好しでお節介な王様だね。でも偉そうなナミロ君より君の方がずっと王様らしいよ」

「むう、それは褒めておるのか?」


膨れたアルをガーヴは思わず抱きしめた。

アルは豊かな胸に顔をうずめられ、息苦しさに手をばたつかせる。


「ぐはッ!いきなり何をするのじゃ!?」

「いや、ちょっと可愛すぎて、愛おしさが降り切れちゃった。……決めた。僕、君に付くよ」

「本当か!?……くうぅ、やったのじゃ!!ぐえっ!」


素直な喜びの笑顔を見せたアルを、ガーヴは再度思い切り抱きしめた。




「なぁ獅子神、何をどうしたらそうなるんだ?」

「我にも分からんのじゃ。ガーヴ、いい加減離れてくれんかのう?」

「駄目だよ、僕はアル君に付いて行くって決めたんだから」


アルはガーヴを連れて遊牧民たちの集落に戻る事にした。

その間ずっとガーヴはアルの腕にしがみ付いて離れなかったのだ。


「ふう、仕方ないのう。では集落を回って怪我人を癒すからせめて手は放してくれ」

「……分かったよ」


ガーヴは渋々アルから離れ彼女の後を付いて回った。


「なんで私がこんな力仕事を……どういう事?」


文句を言いながらも天幕を立て直していたウネグが、二人の様子に目を丸くしている。

ウネグは天幕の立て直しに加わったザルトに囁く様に尋ねる。


「ねぇ、なにがどうなってんの?」

「俺が聞きたいよ。獅子神といいシロウといい、二人とも不思議な力でも持ってんのか?」

「……そうかもしれない」


二人は少し苦笑して集落の立て直しを再開した。




目を開けると天窓からの光が男の目を刺した。


「ここは……?」

「目が覚めたかい?ここはカーラ族の村だよ」


何処となくザルトに似た中年の女性が男に応える。


「カーラ族……、ザルトの集落か?……なぜ私は…大地に飲まれた筈なのに……」

「詳しい事は分からないけど、アルブムさんがあんたを連れてきたんだ」

「アルブム…獅子神が…」

「事情を聞きたいんなら呼んで来てあげるよ。ちょっと待ってな。そうそう水はその薬缶に入ってるから自由に飲んどくれ」


女性はそう言い残し天幕を出て行った。

暫くして彼女はアルとガーヴを連れて戻って来た。

ガーヴの姿を見て男は思わず身構える。


「無理をするな。不死鳥族とはいえ、お主はまだ若いじゃろ?復活はキツイ筈じゃ」

「何故、私を助けた!?我々は敵同士の筈だ!?」

「こやつに埋められた時、近くにいたからの。ついでじゃよ」


「えへへ、ごめんね」

「ちゃんと謝らんか!この者でなければ死んでおったぞ!」

「うう、分かったよ。穴に落としてすみませんでした!」


アルに叱られたガーヴは、少ししょげて男に頭を下げた。

金髪の男、不死鳥族の若者はその姿を驚きの表情で見ていた。

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