虚無と諦め
ザルトと共に大陸の東に向かったアル達は、彼の一族である遊牧民の一団の世話になっていた。
この国は広く、王国とは違い多くの民族が入り混じって暮らしている。
同じ国の中で東と西で、これほど文化の違う国もあるのかとアルは驚きを禁じ得なかった。
彼の一族は羊の放牧で暮らしを立てていた。
広大な草原を移動しながら一年を過ごす。
そうやって彼らは生活していた。
「生活は大変じゃが、こういうのも悪く無いの」
天幕で食事を取りながら、アルは誰にともなく呟く。
「そうかしら?みんな素直すぎて面白くないわ」
「狐には物足りんか?」
「だって私が話す事、全部信じてくれるんだもの…。目をキラキラさせてさ。嘘が吐きにくいじゃない」
「嘘を吐く必要等なかろ?」
アルがそう言うとウネグは顔をしかめた。
彼女はその身を変じ、人の心を読んで会話をして来た。
だが彼らは一族の中で生活のサイクルが完結している。
無論、他の集団との関りもあるが基本駆け引きをする必要が無い。
話術に重きを置くウネグには、居心地が悪いのかもしれない。
「まぁ嘘は困るが、皆、外の話には飢えている。二人とも色々話してやってくれ」
「我はウネグ程、面白可笑しく話すのは苦手なんじゃが……」
「話が聞けるだけで十分だ。シロウとお前の旅の話は結構好評だぞ」
「そっ、そうか?……そう言ってくれると嬉しいのじゃ」
「ホントに変わったわね……」
照れて頬を染めるアルを見てウネグはしみじみと言った。
ザルトが一族に戻った時は少し騒ぎになった。
彼は少し出て来るといって天幕を出たっきりだったからだ。
彼が旅に出た時、子供だった者達も今は立派に成人して家族を持っている。
中には孫がいる者もいた。
ただ気まぐれな彼の性格を一族全員分かっていたので、その内またフラっと戻ってくるだろうと思っていたと、現在逗留している天幕の主、系譜で言うとザルトの孫にあたる男は笑いながら話した。
天幕で生活を初めて一週間程が過ぎた頃、ガーヴが金髪の男を連れて居留地に現れた。
ガーヴの前に立ったザルト達を見て、彼女は首をかしげる。
「あれ、ザルト君?なんでいるの?」
「キマに命令されて一族を消しに来たんだろ?それは困るんでな」
広大な草原の真ん中でザルトはガーヴにそう告げた。
「んー困るって言われても困るよ。ちゃんとお仕事しないと怒られちゃう」
「……前から思ってたんだが、お前は自分のしている事の意味を分かっているのか?」
「分かってるよ」
ガーヴはニコニコと笑みを浮かべ答える。
「キマの狙いが古い神を消して、新しい一つの神を作り出すって事も知っているのか?」
「なんだと!?」
ガーヴの連れた金髪の男が驚きの声を上げる。
だがガーヴは眉一つ動かさす笑っていた。
「へー、キマ君、そんな事考えていたんだ」
「それでも奴に協力するのか?」
「ガーヴ様!?本当なら由々しき事態です!!」
「もう、どうでもいいんだよ。どうせ最後にはみんな無くなっちゃう。残るのは砂の大地だけだもん」
ガーヴは男にそう話し、笑みを浮かべた。
アルはガーヴの中に強い虚無感と諦めの様なモノを感じた。
「どうでもいいなら何故キマに協力したのじゃ?」
「君は……。そうか君がアルブム・シンマだね。何故協力したか……、暇だったからね」
「暇か……。なら我らに付いてもよかろ?」
「僕はもう考えるのが嫌になっちゃったんだ。みんな、僕も含めて全部消えれば、もう何も考えなくてもいいでしょ?」
「ガーヴ様!?一体何を言っているのです!?」
ガーヴは男に目をやり微笑んだ。
「君、さっきからうるさいなぁ」
彼女が足を大地に打ち付けると、突如男の足元に穴が開き男を飲み込んだ。
その穴も出来た時と同様瞬時に消える。
「何をした!?あの者は仲間ではないのか!?」
「いいじゃないか。どうせ消えるんなら今消えても同じでしょ?」
「ひぇぇ、ガーヴってこんなヤバい奴だったんだ……」
ウネグは消滅を望むガーヴの事が分からず、微笑む彼女に怯えている。
「まぁ、何にしても家族をやらせる訳にはいかない」
ザルトは腰を落とし拳を構えた。
「君じゃ僕を倒せないよ」
「そうかい!?」
ザルトは踏み込みガーヴの額に拳を打ち込む。
「グッ!」
苦痛の声を上げたのはザルトの方だった。
額を殴ったザルトの拳は砕け血を流している。
「ザルト!?」
咄嗟にアルが癒しの光をザルトに放つ。
「大地を殴っても痛い思いをするだけだよ。無駄な事は止めて、君の一族が大地に飲まれるのを見ていなよ」
「クソッ!」
ザルトは腰に下げていた雪狼の籠手をはめ、ガーヴに打撃を加える。
だが彼女は笑みを浮かべたまま、居留地の中心、複数の天幕が建っている場所にゆっくりと歩みを進めた。
「ウネグ!皆に逃げるよう伝えるのじゃ!」
「アルブムはどうするの!?」
「こやつに灸を据えてやるのじゃ!」
アルはガーヴの前に立ちはだかった。
その横にザルトが並ぶ。
「打撃が全く効かん!獅子神、何か手があるのか!?」
「任せるのじゃ。人の願いから生まれた神が、その全てが消えても構わんと口にするなど許せないのじゃ……」
アルの周囲に雷雲が立ち込める。
「だから無駄だよ。面倒だから邪魔しないでよ」
「どうかの?」
アルは雷雲を引き連れガーヴとの間合いを詰めた。
「おい打撃は!?」
シロウの動き、バートが練り上げた武術は既にアルの血肉になっている。
放たれた拳がガーヴの腹に迫る。
ガーヴは避ける事もせずにその攻撃を受けた。
拳は当たった瞬間、強烈な電光を放つ。
「ぐふッ!?」
「何!?」
ガーヴが怯んだ事にザルトは驚きの声を上げた。
「なんで…?どうして僕に攻撃が……?」
「いかに大地とはいえ、雷の放つ高温に曝されればガラスと化す。砕く事は容易じゃ」
「……凄いね。流石はナミロに勝っただけの事はあるよ。君を滅ぼさないと僕の仕事は出来ないみたいだ…」
ガーヴはその身を巨大な牛に変えた。
大きさは見上げる程で、パレアより大きいかもしれない。
『じゃあさよなら』
ガーヴは蹄を大地に打ち付ける。
巨大な揺れが草原全体を揺らす。
集落では悲鳴が上がり、次々に天幕が倒壊していく。
「ザルト!こやつは我が止めるのじゃ!お主は皆を救え!」
ザルトはガーヴと集落を見比べた。
「すまん!頼んだ!」
ザルトはそれだけ言い残し掻き消えた。
「さて、考える事を放棄した愚か者には、キツイ一発を見舞ってやらねばのう」
そう言うとアルは雲を纏い空を舞った。