不死鳥の想い
ランガは抱えていたファニを地面に横たえた。
その体から炎が立ち昇り、消える。
シロウが見ると青ざめていたファニの顔は血の気を取り戻していた。
目を開けたファニは体を起こし、ランガを見上げた。
「私は負けたのですね……。怒りに任せて力を振るうだけだったあなたが、あんな戦い方をするとは……」
「ファニ、約束だ。シロウと話してくれ」
ファニは自分の周囲にいる者達に目をやった。
その目がシロウで止まり、少し驚いた表情を見せる。
「……なるほど、こんな人間は初めて見ました」
「あんたがファニだな。俺はシロウよろしくな」
ファニは立ち上がり、光り輝く金髪をかき上げシロウに向き直る。
シロウは改めてファニの姿を見た。
白いゆったりとドレスにアクセントとして金の刺繍が入っている。
足元は編み上げのサンダル。
人が想像する女神といった容姿の女だ。
「私はファニ・ムラク。ランガを変えたのはあなたですか?」
「変えてやるとは言ったがよぉ、そんなに変わったのか?」
「以前のランガは内面に貯めた怒りを撒き散らす様な男でした。気に入らない者は焼き尽くす様な……」
そう言ってファニは黒い大地を見回す。
「前はわざわざこんな何もない場所を選んで戦う事はしなかった……」
「力を存分に使う為だ。誰かを気遣った訳では無い」
そう言ったランガは鼻の頭を掻いている。
「そうやって本心を隠すのは止めなさい。誤解を与えます」
「ぐぉ…、相変わらずうるさい女だ」
ランガは気まずかったのか、マントのフードを頭にかぶった。
雪狼ネージュの作ったマントは、あの地獄の様な炎と溶岩の中でも燃え尽きる事無く無事だったようだ。
シロウはネージュの顔を思い浮かべながら、流石だと一人感心した。
「んで、さっきランガが言ってたが、俺の話を聞いてくれんのか?」
「約束です。仕方ありません。ただ、話を聞いたからといって、私があなた方につくとは思わないで下さい。納得出来なければ焼き殺し、火山を暴走させるだけです」
「キマが考えた作戦だな」
シロウの言葉にファニの目が鋭さを増す。
一行の中にファルの姿を認め、彼女をキッと睨んだ。
「ファニ怖いです!」
彼女は慌ててシロウの後ろに身を隠した。
「成程、文字通り鼠が我々の会話を盗み聞きしていたのですね」
「そういう事だ。それでお前ホントにそんな事したいのか?」
ファニは眉根を寄せ唇を噛んだ。
「最良とは私も思っていません。ですがキマの計画を聞いて、最善ではないかと思ったのも事実です」
「それがお前達も含めて、古い神を全て消す計画でも?」
「何を言っているのです。計画は悪神を滅ぼし我らの信仰を取り戻す物ですよ?」
「俺がキマに聞いた話じゃ、古い神とあいつの言う完璧な神様ってのを挿げ替える計画だったけどなぁ?」
「そんな筈は……」
ファニの瞳が不安げに揺れる。
彼女自身、全てを語らないキマに不信感を持っていたのだろう。
「まぁ、んな事はさせねぇけど」
「多少力を持っているとはいえ、唯の人間に何が出来るというのです?」
「確かに俺は人間だ。だが俺にはアルと仲間達がいる」
「アル……獅子神アルブム・シンマ……。伝説で聞いた彼女なら確かにキマを止め、ナミロを下せるかもしれません。でもその後はどうするのです?我々は忘れられ消えればいいと言うのですか?」
ファニはシロウを睨み静かに問う。
その声音には強い怒りが含まれている様にシロウは感じた。
「そうは思わねぇさ。俺は…俺はアルに救われた。人の苦しみは千差万別で、その数だけ神様がいてもいいと俺は思うんだ」
「それでは力の小さな神が悪戯に増えるだけです!そんな神では人は救えない!」
「救わなくていいんじゃねぇか?」
「ふざけないで下さい!!」
シロウは声を荒げたファニを真っすぐに見返した。
「ふざけてねぇよ。お前の言う救いってのは、神様が不思議な力で全部の問題を解決するって事だろう?」
「それの何がいけないのです!?」
「んじゃ、人間は何をすりゃいいんだ?」
「……」
「神様が全部方向を決めて、唯々諾々とそれに従って歩くのか?それって生きてるって言えるのか?」
「それは……」
シロウはファニを見て笑みを浮かべる。
「アンタもキマも優しいな。アンタ達を生み出した人間たちは、アンタ達にそうあって欲しいと願ったんだろう。だから彼らの願いに応えられないと悔しくて傷つく」
「あなたに何が分かるというのです!?人々は私に死んだ者を生き返らせて欲しいと望んだ!でも人はそんな風に出来ていない!……私が人を復活させる事が出来たのはたった一度きり。彼は人々に愛された王でした。多くの国民が彼の復活を願った。その膨大な力を使って私は彼を復活させた……。生き返った彼は一言もしゃべる事はありませんでした」
「ファニ……」
「人々は私を責めました。……力の無い神など無意味です」
ファニはその事で信仰を失った。
彼女が力を求めるのは同じ事が起きた時、二度と失敗しない為だろう。
シロウはいつかのラケルの言葉を思い出した。
“大事な人はこの世から去っても、心の中に光として残るものです”
その言葉でシロウは幾らか救われた気がした。
人はいつか死んでこの世界から消える。
それは神であっても変えられないルールなのだろう。
「ファニ……。お前は人を蘇らせるべきじゃないと俺は思う」
「何故ですか!?あなたに会いたい人は居ないのですか!?」
「いるさ!!……でもよぉ、旅をしてて思ったんだ。人間ってのは死っていう決定的な別れが有るから、変わっていけるんじゃねぇかって……。誰でも誰かの死を乗り越えて前に進まなきゃ駄目だと思うんだ」
「死を乗り越えて……」
シロウの頭にリーネとレントの姿が浮かぶ。
二人と再び会えるなら自分は何でもするだろう。
だが、目の前の不死鳥に願うのは違う気がした。
旅の間に出会った人々は、大事な人の死を礎に前を向こうとしていた様に思う。
彼らの事を考えると、自分だけが死に向き合う事を拒絶するのは卑怯な気がした。
「そうだ。大事な誰かの死は辛く苦しい……。それでも目を逸らしちゃ駄目だと俺は思う」
「ならどうして私は……」
「救いは欲しいからな……。祈っている間は少し気持ちは救われる筈だ。その時間で心は少しづつ平穏を取り戻す」
帰ってきて欲しいと願う、だが人はその事だけでは生きていけない。
時間は止まる事は無く、今は常に過ぎ去っていく。
真摯に祈り、やがて叶わぬと諦め、受け入れざるを得なくなる。
その時間を得る為の対象として、ファニの様な神が生まれたのでは無いだろうか。
「私は彼らの……大事な人を失った人々の心の癒しの為に生まれたと?」
「そうじゃねぇかなと思っただけだ」
ファニはシロウの言葉で考え込んだ。
「私の生まれた意味は、生き残った人々の心の平穏の為……」
ファニは顔を上げシロウを見た。
「少し考えさせて下さい。キマの事、私自身の事……。答えが出た時、お返事させて頂きます」
「おう、よく考えてくれ」
ファニは暫くシロウを見つめた後、炎を纏ってその姿を変えた。
羽ばたきと共に舞い上がり、南の空へ消えた。
「行っちゃった。ハッキリ仲間になるって言わなかったけどいいの?」
「ああ、考え始めたってだけで話した意味はあったさ。あんがとなランガ」
「あの女も自分に憤りを抱えていたのだな……」
「なんとなくお前と似てるな」
「何処がだ!?」
ランガの声が不毛の大地に響いた。