彼を生んだ山
村にはランガを祀った社が確かにあった。
社は小さく中には村人が彫ったと思われる、木彫りの熊が安置されていた。
熊の神像は荒ぶる火山をイメージしているのか、前足を高く掲げ牙を剥いた荒々しい物だった。
シロウは村長と話し新たな神像の制作を提案した。
村長は村人たちと話し、シロウの提案を受け入れた。
シロウの話と温泉の件があった事で、村人たちの認識に変化があったのだろう。
新しい神像は穏やかな表情で、眠りについている物になった。
制作はシロウが請け負い、像を彫り始めて何日かした頃、シロウに付いていたファルが囁いた。
「ウルラ殿がファニを見つけました。手筈通り攻撃を仕掛けるそうです」
「そうか、んじゃ俺達もランガの所に行くか」
「畏まりました」
シロウはランガの頼みを聞き入れ、彼とファニが戦える様お膳立てをした。
とはいっても、ウルラに見張りとして飛んでもらいファニを攻撃、そのままランガの待つ不毛の大地へ誘導するだけだ。
ランガは既に、その不毛の地で一人ファニを待っている。
シロウは村長に出かける旨を伝え、ランガのもとへ向かった。
ウルラにはファルの眷属を付けている、状況は逐一眷属を通してファルが伝えてくれる。
「ファニの技はかなり強力です。ウルラ殿で大丈夫でしょうか?」
「いつも世界最速だって自慢してんだ。大丈夫さ」
「シロウ様は彼を信頼しているのですね……」
「まあな、あいつとはアルの次に長く一緒にいるからな」
「アルの次……」
アルの名前が出た事で、ファルは少し複雑な顔をした。
「どした?」
「なんでもありません。急ぎましょう、ウルラ殿はランガ様のもとへファニを導くことに成功しました」
「んじゃファル、頼むぜ」
「はい!」
シロウは村を出て、森に入ると獣になったファルの背に跨った。
溶岩が冷え黒く固まった大地。
此処も年月が過ぎれば緑に浸食されるのだろうが、今はまだ所々に雪を残した何もない土地だ。
その大地で白いマントを身につけた巨漢の男が空を見上げていた。
彼の頭上を巨大なハヤブサが舞っている。
そのハヤブサに光り輝く体と、炎の尾羽を持つ美しい鳥が攻撃を浴びせていた。
ハヤブサは攻撃を躱し風を使って反撃を試みるが、光る鳥は攻撃を受けてもそれを気にした様子は無い。
ランガは頭上の鳥に雄たけびを上げた。
それに気付いた彼女は岩の大地に優雅に舞い降りた。
人に姿を変え、輝く金髪をかき上げてランガを睨む。
「ランガ・クルムズ、あなたとは衝突もありましたが、仲間と思い堪えてきました。これで心置きなくぶつかれますね」
「そうだな。ではやるとするか」
ランガは熊に姿を変えようとしたが、不意に体に眼を落としファニに向けて片手をあげた。
「少し待て」
両手を猛禽のそれに変え、炎を体から吹き出してファニは訝し気にランガを見る。
彼は、マントを外し丁寧に折り畳んで小脇に抱えた。
熊に変化した後、そのマントをスカーフの様に首に巻く。
『やろうか』
「……力を使えば燃え尽きるでしょうに…。一体なんだというのです」
『これは……そうだな……。お守りみたいなものだ。では行くぞ!』
ランガが地面に両腕を打ち付けると、彼を中心に放射状に地面がひび割れる。
そこから滲みだすように溶岩が噴き出した。
「無駄です。私は炎の化身ですよ。溶岩など効きません」
ランガはそれを無視して溶岩を操りファニに襲いかからせる。
大地は赤く滾り、まるで地獄の様相だ。
人間であれば一瞬で蒸発する熱に曝されても、ファニは汗一つかかず平然な顔をしている。
不意に振り上げた手から光が放たれ、ランガの腹に穴が開く。
だがその穴を埋める様に、ランガの体内から溶岩湧き出す。
マグマと光、属性の似た二人の戦いは互いに致命傷を与える事無く、大地を焦がし溶かしていく。
『ひぇぇ、無茶苦茶だよ。あの二人……』
『ウルラ殿、もうすぐ着きます』
ウルラの耳元で、羽根にしがみ付いた鼠がファルの言葉を伝える。
『あんまり近づかない方がいいよ。君も見えているんだろ?』
『もちろん安全な場所で戦いの行方を見守りますが、シロウ様はなるべく近くを希望されています』
『まぁシロウならそう言うだろうね。……北東の山の麓、高台になってる、そこなら比較的安全だと思うよ』
『分かりました。感謝します』
シロウがウルラが示した高台に辿り付いた時、眼下では大地が真っ赤に燃えていた。
岩は溶けだし、沸騰泡立った溶岩が煙を上げている。
その影響か、地面はすり鉢の様に凹んでいた。
中心で、マグマに姿を変えたランガと体の所々を鳥に変えたファニが戦っている。
シロウの隣に降り立ったウルラが、彼に声を掛ける。
「どうするの?」
「ランガは何か手を考え付いたみてぇだからな。取り敢えず見物しようぜ」
シロウはそう言うと高台にあった岩に腰を下ろした。
「いい加減だなぁ。それでどんな手か聞いたのかい?」
「いや、聞いてねぇ」
「なんで!?聞くよね普通!?」
「自信有りそうだったし、いざとなりゃチビに頼るさ」
シロウが腰の剣をポンッと叩くと、子犬が飛び出しシロウにじゃれ付いた。
「よしよし、お前も一緒に見るか?」
「のんきだね、君……」
「クッ、私も幼ければあの様に甘えられたものを……」
ファルが悔しそうに子犬を睨んだ。
「おっ、ランガが仕掛けたな」
シロウの言葉通り、溶岩と化したランガがファニに襲い掛かりその身を包む。
彼女を中に取り込むと、赤く輝いていたランガの体は急激にその光を失っていった。
「無駄な事を、あなたの体を砕けば縛め等すぐに解けます」
その言葉を無視して胸の中にファニを取り込んだまま、ランガは大きく吠えた。
大地のいたる所に亀裂が走り、そこから熱湯が噴き出す。
「何を!?」
『俺は火山の化身だ。毒気等、意味は成さん。だがお前は違う。だろう?』
「これは……ごほっ!!……確かに……危険なようですが、私は不死鳥……この程度……」
『何度、復活できる?毒気は溜まり続ける。俺は逃すつもりは無い。お前は永遠に死に続ける』
「…!!放しなさい!!ランガ!!放して!!」
ランガの体を砕く光の放出はその後しばらく続いたが、それもやがて途切れた。
大地はまだ熱を放っていたが、黒く冷えていた。
すり鉢状の大地の底には白濁した水が湯気を上げている。
「もう許して……グッ!……」
『条件がある』
「……何ですか?……ヒュッ!……」
『シロウと話して欲しい』
「……誰…です…」
『アルブムの伝道師だ』
復活出来ても、呼吸すれば死ぬ。
死の苦しみがランガが拘束を解かない限り永遠に続く。
ファニの心はその恐怖に折れた。
「……分かり……ました……。カハッ!……話を……します。……だから……クッ!」
死と復活を繰り返しながら、ファニは焦点の合わない瞳でそう答えた。
『承知した』
ランガはファニを胸から引きずり出し、雄たけびを上げた。
噴き出していた水は止まり、底にたまった水も大地に吸われ消えていく。
ランガは人に姿を変え、憔悴しきったファニを抱え地面に出来た穴を登った。
穴の側ではシロウが笑みを浮かべていた。
「圧勝だな」
「俺とファニでは勝負がつかない事は分かっていた。勝てたのは山のお蔭だ」
そう言うとランガは自分を生む原因となったベルダの山を見上げた。