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生れてきた意味

王都に戻ったファルはキマに報告を上げる為、叡智神の神殿へ向かった。

神殿に入りそのままキマのいる部屋へ向かう。

司祭も警備をしている神殿騎士も慣れたもので何も言わない。


ドアをノックし声を掛ける。


「ファルです。ただいま戻りました」

「入りなさい」

「失礼します」


この部屋に入るといつも感じる。

なぜ人は無意味な飾りを部屋中に置くのだろう。


キマに聞くと、自分の為にしている者もいるだろうが、大半の人間は自分の地位を相手に知らしめる為にしているらしい。

ファルにとって理解不能なそれも、人間には意味があるのだろう。


「ご苦労様でした。なにか気付いた事はありますか?」

「獅子神は大分、力を取り戻しているようです。私では倒す事は出来ませんでした」

「そうですか」

「それと竜神から悪神を抜いたのも、獅子神と捕えた人間の仕業のようです。キマ様、あの人間は?」

「牢に入れてあります」


ファルは少し意外に感じた。キマは生粋の合理主義者だ。

手元にある材料はすぐに見分し、必要不必要を即座に判断する。


「まだ話されていないのですか?」

「いえ、話しましたよ」

「では仲間に引き入れたのですか?」


「……彼の話はいいでしょう。貴女は引き続き各地の土地神の監視を続けて下さい。今日は休んでもらって結構です。お疲れ様でした」


「……了解しました。では失礼します」


ファルはキマの態度に不自然なものを感じつつ、部屋を後にした。


呑まれるぞ。不意に獅子神の言葉が蘇る。

まさかと思いながら、ファルは神殿を出て街を散策した。


人間は理解出来ない事が多いが、彼らの食べ物だけは気に入っている。

露店を巡りながら、目についた食べ物を片っ端から購入する。


「それも美味そうじゃな」


突然声を掛けられ、ファルは手にした串焼きを取り落とした。

それをしなやかな指先がつかみ取る。


「気を付けよ」


串焼きを差し出しながら、白髪の美少女はニコリと微笑んだ。


「どうしてここに?」

「元々、王都に来る予定じゃったからの。嗅いだ覚えのある匂いがしたから話でもと思ったのじゃ」

「……話す事等ありません」

「ふむ、まあそう言うな。立ち話も何じゃし、そこの公園で少し話そう」


アルは露店でファルと同じ串を買い、振り返りもせずに歩いていく。


どうするべきか迷ったが、獅子神が姿を見せた理由も気になった。

ベンチに座り、串に刺された肉を頬張っているアルの横に間を開けて腰かける。


「シロウはキマの所じゃな」

「……はい。取り戻しに行くのですか?」

「その必要はないじゃろ。彼奴なら牢など簡単に破れる。それをしないという事は何か考えがあるんじゃろ」

「本当に人間を信用しているんですね?」


アルは食べ終えた串焼きの串を袋に入れ、ファルの顔を見た。


「何故、お主はナミロに協力しておる?」

「別にナミロ様に協力している訳ではありません。私はキマ様の計画に乗っただけです」

「キマの?」

「彼の望みは世界から争いごとを排除し、人間を発展させる事。それは私の目的にも沿う事です」


アルは興味深そうに無表情なファルの顔を眺めた。


「目的とはなんじゃ?」

「……眷属を、私の同胞を世界中で繁栄させる事です」

「ふむ、お主は鼠じゃったの。……増え満ちる事が望みか…」

「人が私に祈った事は、子を生す事。それ以外はありません。それが私の生まれた理由です」


アルは袋を握り黙り込んだ。

その横顔をファルはそっと覗き見た。

一点を見つめ何か考えている様だ。


「駄目じゃな。我では上手い考えは出てこぬ。やはり発想という点では我らは人に勝てぬな」

「神が人に勝てない?」


「そうは思わんか?お主が美味そうに食べている串焼きも、人が考えた物じゃ。お主、肉をわざわざ炭で焼いて食おうと考えた事はあるか?」


「……そう言えばありませんね。美味しいから食べているだけです」


ファルは手にした串焼きを改めて見た。

香ばしい肉に、塩となにか別の風味が混じり、匂いを嗅ぐだけで唾が湧きだしてくる。

だが、それを作ろうと思った事は一度も無かった。


「お主、鼠の神だけあって、相当食い意地が張っておるな」


少し意地悪な笑みを浮かべ、アルはファルに言う。


「失礼な人ですね。美味しい物を美味しいと思って何がいけないのです」

「ふむ、確かに何も悪くない。……ファル、シロウと話してみて貰えんか?きっとお主も変われるのじゃ」

「……変わる必要を感じません」

「まあ良い。頭の片隅にでも置いておいてくれ。ではの」


そう言うとアルはファルを残し公園を後にした。


彼女は人間が何処にいるのか、確認したかっただけなのだろうか。

アルの真意が分からないまま、変われるという言葉だけがファルの心に残った。




神殿の奥、牢の前に立ったファルは、なぜ自分がこの男に会いに来たのか自分でも不思議だった。

彼女が思っていた獅子神とあまりに違っていたからだろうか。


「ん?鼠の姉ちゃんじゃねぇか?何か用か?」

「……あなたは何者ですか?」

「何者って、見りゃ分かんだろ?人間だよ」


「アルブム・シンマはあなたと話せば変われると言いました。実際、彼女は私が文献で知る獅子神とは違い、高慢な部分が無くとても穏やかでした。……一体何をしたのです?」


シロウはファルの言葉に首を捻った。

なにか特別な事をアルにした憶えはない。

ただ一緒に旅をして話をして、飯食って、寝て、……それだけだ。


「……旅をしてただけだぜ。大体、変わったって言うがアルは最初からあんな感じだったぜ?」

「旅…。その旅に秘密が……。教えなさいあなた達の旅を」

「……まあ、暇だからいいけどよぉ。たぶん退屈だぞ」


ファルは家族の死から始まったシロウの話に、段々と引き込まれていった。

街から逃げ出し腹ペコだった事、リンゴの村、ウルラとラケルとの出会い。

話が進むにつれ、ファルの目は輝きを増して行った。


「それでよぉ、アルとウルラで十人前は食ってたな。お蔭で路銀が無くなってヤバかったぜ」

「フフフッ」

「おっ、ようやく笑ったな。お前、ずっと我慢してただろ?」


「……何をですか?」

「感情を出す事をだよ。楽しい時は楽しい。悲しい時は悲しいって思っていいんだぜ」

「感情の過剰な起伏は、生存において不利な状況を生み出します」


シロウは少し笑って、ふぅと息を吐いた。


「お前の生きる意味はなんだ?」

「子を生し、増える事です」

「聞き方が悪かったな。そうだな、好きな事はなんだ?」

「好きな事……。考えた事もありません」

「あるだろ?どうしてもやっちまう事が?やらずにいられない事がよぉ」


ファルは顎に手を当て考える。


「……食べる事でしょうか?」

「食べる事?」

「はい、私は人の食べ物をよく食べます。特に甘辛い味付けの肉が好きです」

「ああ、アルもスペアリブが好きって言ってたな」

「先ほどの話に出てきた肉料理ですね。……そんなに美味しいのですか?」


シロウは麓の町で食べたスペアリブの話を詳しくファルに語った。

ファルは目を輝かせ、鉄格子に顔を寄せている。


「お前、アルに負けず劣らず食いしん坊だな」

「……私としたことが」

「いいじゃねぇか。食いもんは上手いに越した事はねぇよ。実際、あの宿の飯は美味かったしな」


「なんて宿です?」

「あの宿…。名前なんだっけ……。駄目だ、思い出せねぇ」

「そんな……」


ファルはシロウが見ても気の毒に思うほど消沈した様子だった。


「そんなに落ち込むなよ。今度連れて行ってやるから」

「本当ですか!?」


ガシャンと音を立てて、ファルが鉄格子に掴みかかる。

その瞳は爛々と燃えていた。


「あ、ああ」

「約束ですよ!!もし違えたら貴方を眷属の贄にしますからね!!」

「怖えよ!……お前、気付いてるか?」

「何をです?」

「今、お前、凄く感情的だぞ」


ファルはシロウに言われて、自分が鉄格子を掴んでいる事に気付いた。

今まで感情を殺して生きてきたのに、この男と話しているとそれを忘れてしまう。


彼女が感情を持たないよう自分を律しているのは、耐えられないからだ。

彼女の眷属は小さく弱い。

神の眷属でありながら、普通の動物に容易く狩られてしまう。


生れては死に、死んだ者を補う為にまた生む。

一つの死に囚われ悲しんでいては、心が壊れてしまう。

だから、薄い微笑みの仮面で自分を覆ってきた。


「感情は…感情は要りません」

「なんでだ?楽しそうだったぞ、お前」

「楽しさは悲しさの裏返しです。それは私にとって毒なのです」

「毒ねぇ。俺は楽しいも悲しいも、どっちも大事だと思うがなぁ」

「どっちも大事?悲しみもですか?」


シロウは不意に真顔になってファルを見上げた。


「さっき話したろ。俺の家族の話だ」

「はい、奥様とお子さんを亡くされたと」

「ああ、凄え悲しいし辛ぇけど、そりゃ、そんだけ大事だったって事だろ。大事じゃなきゃ悲しくねぇもんな。だから悲しみもしっかり覚えておきてぇんだ」


「大事だから悲しい……」


「お前が何かが悲しいなら、それはお前にとって、とても大事なモノだったてことさ。そんな大事なモノがこの世界にあったんだ。それだけで生まれて来た意味があるってもんだぜ」


「大事なモノ……生まれてきた意味……」


今まで死んだ眷属たち、彼らは全て私の大事なモノ……、彼らと出会った事が、私の生まれてきた意味だった?

気が付くとファルは泣いていた。


「神様も大変だな。人間が本能的に分かる事を、自分で見つけなきゃならねぇ」

「……私はあなたともっと話がしたいです。あなたと話すとなにか目の前が開いていくような……」

「別に話ぐらい、いつでもしてやるよ」


そう言ってシロウは鉄格子越しに、頬を伝うファルの涙を拭った。

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