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男装の女

ルクスの家に厄介になった日の夜、催したシロウはアルを起こさないよう一人用を足しに部屋を出た。

農村では当たり前だがトイレは屋外にある。

用を足し終えたシロウは、夜空を見上げた。


修行をしていた王都の空とは違い空気は澄み、星も手に取れるのではないかと思える程明るかった。

視線を戻すとシロウの前に鼠が一匹佇んでいる。

その鼠は逃げるでもなく、シロウの事を見上げていた。


「なんだよ?まさかアルが言ってたみたいに、神様っていうんじゃねぇだろうな?」


シロウの問い掛けに鼠はチュッと小さく鳴いてシロウから離れ、距離を置いてシロウを振り返る。

まるで誘っているかのような様子に、シロウは戸惑いを感じた。


「……ホントに神様かよ」


その呟きにも、鼠は小さく鳴いた。

村でも王都でも鼠は見た。

どちらの鼠も壁に穴を開け、食べ物を失敬し人の姿を見れば素早く身を隠した。

明らかにシロウの知っている鼠の動きでは無い。


「分かった。乗ってやるよ」


そう鼠に答え、シロウはその小さな体を追った。




アルが不意に目覚めると窓の外はまだ暗かった。

隣のベッドを見ると、シロウの姿が無い。布団を触ると寝具は冷たく冷えていた。

鼻を鳴らすと匂いは部屋の外に続いている。


トイレに行ったのなら、布団が冷える程時間は掛からない筈だ。

不審に思ったアルは匂いを追ってルクスの家を出た。


春先とはいえ山間の村だ。夜はまだ冷える。

アルはブルッと震え、腕を摩ると匂いを追って歩き出した。


匂いはルクスが開墾していた畑の奥、東の森へと続いていた。

暗い森を匂いを追って進むと、ほんの少し開けた場所に小柄な女が一人立っていた。


灰色の髪を肩口で切りそろえた、黒い瞳の痩せた女だった。

黒いジャケットとパンツ、膝したまで覆うヒールの高いブーツを履いている。

まるで貴族の男の様な格好だ。


「初めましてアルブム・シンマ様」

「シロウを拐かしたのはお前か?人では無い所を見ると、さしずめ教団の一員といった所か?」

「ご名答。私は教団の頭脳キマ様に仕える者。ファル・セーヤです。以後お見知りおきを」


ファルは丁寧にお辞儀をして、薄い笑みを浮かべ答える。


「ふむ、それでファルとやらシロウを返してはもらえんか?」

「残念ですが、それは出来かねます」


ファルの返答を聞いて、アルの周囲に電光を帯びた雲が浮かぶ。


「あの者は我の伝道師ぞ。返さぬというのであれば、力ずくになるが良いか?」

「まぁ怖い。ですが返せと申されてもあの方はもう此処にはおりません」

「シロウを何処へやった?」


アルの声は低く平静を装っていたが、周囲の雲は威嚇するようにバチバチと雷光を発している。


「王都でございます。キマ様とお話になれば、あの方もきっと教団に賛同いただけるでしょう」

「殺してはおらんのじゃな。……フフッ、お主、シロウと話したか?」


シロウが無事だと分かり、アルは少し余裕を取り戻した。

死なないとはいえ、バラバラにされればシロウも助からないだろう。

だが話をすると言うのであれば、不必要に傷付ける事は無い筈だ。


「いえ、その暇が御座いませんでしたので」

「お主のあるじ、猿神のキマじゃったな?」

「はい、さようでございます」

「呑まれるぞ」


ファルはアルの言葉の意味が分からず、それまでの笑みをひそめ困惑気味に見返した。


「どういう意味でしょうか?」

「シロウは教団にいる神を全て仲間に引き込むつもりじゃ。キマも会えば必ずこちらの仲間になる」

「何を言うかと思えば…。そのような事起きる訳が御座いません」


「事実、ランガやザルト、それにウネグもこちらに付いた。それをやったのは全てシロウじゃ」

「ランガ様もザルト様もすこぶる単純なお方、取り込むのはさほど難しく無いでしょう。ウネグは強い者には簡単に靡きます。力を取り戻した貴女を見て、取り入ろうとしたのでは御座いませんか?」


ファルは当初の薄い笑みを浮かべ、淡々と状況を解説した。


「そうかもしれぬ。じゃがシロウはナミロの取り巻きを全員引き込むと言った。我はそれを信じておる」

「神が人を信じるなど……。ナミロ様と力を二分した、孤高の獅子神アルブム・シンマ様も随分堕落したものですね」

「堕落か。そう言われても構わぬ。我はシロウと旅をして心の底から楽しいと思えたのじゃ。あの気持ちを堕落と言うなら、別にそれで構わないのじゃ」


ファルの瞳が冷たい輝きを帯びる。


「出来る事なら貴女様も教団に参加していただきたかったのですが、どうやら無理の御様子ですね?」

「ふむ、我もシロウも戦など望んでおらぬ。大戦を望むナミロとは元から相容れぬのじゃ」

「では消えていただく!」


ファルの言葉で周囲の森がざわついた。

アルが動く暇も無く、大量の鼠が彼女の体を覆い尽くす。


「いかな獅子と言えど、数の暴力には敵いませぬ。我が同胞の糧としてその身を捧げて下さいませ」


ファルはそう言い残し森の奥に姿を消した。


ファルが去った後、電光が鼠の群れを貫いた。

雷は全ての鼠を感電させ、その意識を飛ばした。


「ふう、ひどい目にあったのじゃ」


自らの毛を変化させた白い衣服は、鼠に食いちぎられボロボロだったが、アル自身は傷一つ負っていなかった。

彼女は足元の鼠を一匹つまみ上げ、息をしている事を確認する。


「上手くいったようじゃの。小さな者は殺さんように手加減するのが難しくていかん」


アルは鼠を群れに戻し、ルクスの家へ向かった。

歩いている間に、ボロボロの服は染み一つ無い物に変わっていた。




シロウが目覚めたのは、見慣れぬ石造りの牢だった。

独房の様で、トイレと木で出来た寝台以外何もない。

窓も拳一つ分ぐらいの穴が一つ開いているだけだ。


鼠に集られた所までは覚えている。

少し頭が痛い事を考えると、どうやら一服盛られたらしい。

シロウは起き上がり体を確認する。


来ていた服は、簡素な白い麻の上下に変わっていた。

体に痛みは無く、怪我などはしていないようだ。


彼は鉄格子に歩みより声を張り上げた。


「おおい!!誰かいねぇのか!?」


程なく看守らしき男が牢の前に駆け付ける。


「静かにしろ!ここは神の家だぞ!」

「神の家ねぇ。まあなんでもいいや。取り敢えずなんか食わしてくれ。腹が減ってしょうがねぇんだ」

「フンッ、本来なら背教者に与える食事など無いのだが、殺すなとのお達しだ。持ってきてやるから静かにしていろ」

「へいへい」


神の家、背教者…。

看守の言葉を考えれば、ここは五大教のどれかの神殿、もしくは教会だろう。


ウネグは五大教は教え自体はまともだし、信者たちは純粋にその神を信仰していると言っていた。

実際、クレードの所にいた司祭は、神の成り立ちを聞いてショックを受けていた。


自分は背教者という体でここに放り込まれたのだろう。

殺すなという事は、なにか利用する用途があるという事だ。


「残りは三つ、鳥、猿、牛、さてどいつが出て来るかな」

「何をぶつぶつ言っている!飯だ!黙って食え」

「パンと水だけかよぉ?」

「文句があるなら飯抜きでもいいんだぞ」

「文句なんてありゃしねぇよ」


看守が持って来た木のトレイを受け取り、シロウは硬いパサパサのパンを水で流し込んだ。

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