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竜と鼠

王都の叡智神の神殿。

まるで王の執務室の様な豪奢な部屋で、小柄な老人が突然苦痛の叫びを上げた。


「クソッ、やはり邪魔していたのは獅子神か!」


叡智神教会のトップ、教団の頭脳であるキマは忌々し気に吐き捨てた。

過去に覇者ナミロを封じた神、アルブム・シンマが信仰を失い弱体化していた時には、利用できると喜んだものだが、彼女はいつまで経っても悪神として暴走しなかった。


動かなければ問題ないと放置していたのだが、気が付けばアルブムの社は魂も含めカラッポになっていた。

その後、キマが仕掛けていた混乱の種が次々に潰された。


堕ちると思っていた竜神は力を取り戻し、蜥蜴を任したウネグは寝返り、ザルトもランガも獅子神に付いたようだ。

南洋の鯨は姿を消し、混乱を助長する為、用意していたファリノス伯領からも盗賊が消えた。


報告のあった黒髪の男がその中心にいる様だが、何者かキマには測りかねた。

雪狼の様子を探る為、ランガに付けていた猿は、瞳を通して像を見る事しか出来ず音までは拾えない。

更にその猿もたった今、アルブムによって排除された。


キマは机の上にあった呼び鈴を鳴らす。

すぐに側近の男が部屋に現れた。


「お呼びですか教皇様」

「ええ、ご苦労ですが、ファルを呼んでいただけますか?」


キマは好々爺の様な穏やかな笑みを浮かべ言う。

その様子は先ほどとは打って変わり、聖職者と呼ぶに相応しいモノだった。

側近はキマの言葉に頷きを返し、深く頭を下げると部屋を辞した。




小さな雷が木の枝にいた何かを撃った。

何かは小さく悲鳴を上げ、森の中に逃げ去った。


「何やってんだアル?」

「何かに見られていた気がしたのじゃ。邪な感じじゃった」

「気の所為じゃねぇのか?」


「ふむ、そうかも知れぬ。唯の動物なら悪いことをしたの…」

「殺したのか?」

「いや、逃げ出したようじゃ」


シロウもアルが見ていた木の枝を見上げたが、なにも見つける事は出来なかった。


「なんも見えねぇな。……気にしてもしょうがねぇか。行こうぜ」

「そうじゃな…」


麓の町に戻ったシロウ達は、宿で一休みしてルクスのもとへ向かう事にした。

ザルトとウネグは体調が戻るまで宿に逗留する事になった。


「んじゃランガ、あとは頼んだ。王都のマーロウっておっさんがやってる剣術道場で待っててくれ」

「マーロウだな?」

「ああ、俺の名前を出しゃ泊めてくれる筈だ。おっさんとこは貧乏だから、宿泊代は弾んでやってくれ」

「承知した」


シロウは街を出て、アルに跨りルクスの村を目指す。

道中アルがシロウに尋ねる。


「シロウ、我が二人を癒そうとするのを何故止めたのじゃ?」

「簡単に二日酔いが治るってわかりゃ、あいつ等際限なく飲みそうだろ?」

「ふむ、確かにの。しかし酒とはそれ程美味いのか?」

「美味いとは思う、でも俺は酒で失敗してるからな。よっぽどじゃねぇと飲みたいとは思わねぇな」

「そうか……。では我も飲むのは止めておくのじゃ」


アルはかなり力を取り戻しているようで、空の旅は順調に進みその日の午後にはルクスの村に辿り着けた。

近くの森に下り、村に入ると村人が声を掛けてくる。


「やあシロウさん、ルクス様に用事かい?」

「ああ、家にいるのか?」

「んにゃ、今は東の畑にいる筈だよ。竜神様に畑を耕してもらうのは忍びないんだけどねぇ」

「分かった。あんがとな」

「ん」


村人と別れて村の東の畑へ向かう。

村の東は以前森だった筈だが、今は森が開かれ立派な畑が生まれていた。

その畑を巨大な竜が爪で掘り返している。


「シュールだぜ」

「あまり見た事の無い光景じゃの」


掘り返された畑の土から、村人が木の根や石を取り除いていた。


「よぉルクス!精が出るな!」

『シロウ!仲間は無事だったのか?』

「ああ、おかげさんでな!」


「ルクス様、きりもいいし、一休みしましょうか?」

『うむ』


ルクスが人に姿を変えると、リイナが駆け寄り額の汗を拭った。


「ありがとうリイナ」

「お茶を用意しています」

「そうか、すまんな。シロウ、アルブム殿、茶でも飲みながら話を聞かせてくれ」

「おう、ありがとよ」

「喉が渇いていたから有難いのじゃ」


シロウ達は畑の畔に敷かれた筵に腰を下ろし、リイナの淹れてくれたお茶をご馳走になった。


「しかし、ここは森だった筈だが…」

「村人と協力して開墾したんだ。我の出来る仕事は力仕事ぐらいだからな」

「上手く行っているようで良かったのじゃ」

「これもシロウ達のお蔭だ」


畑が広がり村が豊かになれば、麦になったマグナも喜ぶだろう。


「それで何があったのだ?」

「雪狼の里がランガっていう熊の神に襲われてた」

「ザルトが話していた教団の幹部だな」


「ああ、まあそいつは仲間にしたんで…」

「仲間に!?……相変わらず大変な事をサラッと言うな」

「そうか?…とにかくだ、それで里の方は大丈夫だとは思うんだが…」


口ごもったシロウにルクスが水を向ける。


「何か気になるのか?」

「うーん、後手後手に回ってるからな。やっぱ元凶をどうにかしねぇと…」

「そうじゃの。なんとか先手が打てれば良いのじゃが…」


「……策謀に関しては我はさっぱりだからな。……とにかく今日は村に泊まって行ってくれ。そうだ、あれから我もアルブム殿の方法で武術を訓練したのだ。あとで手合わせしてくれ」

「おう、いいぜ」

「我もやるのじゃ!」


シロウとアルは畑仕事を手伝い、ルクスと手合わせしてから彼の家に泊まった。

ルクスはたった数日で格段に強くなっていた。

アルに至ってはシロウと互角に渡り合うほどだった。


台所を兼ねたリビングで、リイナが作ってくれた食事に舌鼓を打ちながらシロウは手合わせについて話した。


「やっぱ、神様は便利だな。急にあんなに強くなれるなんてよぉ」

「まあの。じゃが武術に限らず技術を作り出すのは人の方が長けておる。力が元から備わっておるという事は、問題解決の為に工夫する必要が少ないからの」

「そうだな。我もシロウに言われなければ、武術等修める気にもならなかっただろう」


神は人とは違い、役割ありきで生まれてくる。

人は自分で自分の役割を見出さなければならない。

その違いだろうかとシロウはぼんやり考えた。


不意に眼の端を何か小さな物が駆け抜けた。

リイナが小さく悲鳴を上げる。


「どうしたリイナ!?」

「すみませんルクス様。鼠が足元を走ったもので…」

「鼠?農村じゃ珍しくもねぇが…」

「普通はそうらしいがな。我がいる所為かこの村では今まで鼠が出た事は無いらしいのだ」


リイナもそれに同意して頷く。


「私も最近になって初めて見ました。麦を食べられないといいのですが…」

「鼠のう。少々気になるの」

「……まさか鼠の神様なんていねぇだろ?」


「鼠は多産じゃから、昔から子宝の神として信仰されておる。半面、病を広めたり作物を食い荒らす悪い神というイメージも強いがの」

「いんのかよ!?元農民としちゃ鼠は厄介者でしかねぇけどなぁ」


彼らの会話を壁の穴から小さな鼠が覗いていた。

チュッと小さく鳴いて、鼠は穴の中に姿を消した。

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