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氷の庭

剣を鞘に納めたシロウはグラルに向き直った。


「そう言えばよぉ、ウルラ達が里に来たのは、ランガ…熊神とも関係があるんだが、誰か話を聞いてるか?」

「いや、儂はそもそもソカルとは話しておらん。ニクス、お前は?」

「いえ、私もまだ…、お話を窺う前にランガ…殿が里を襲いましたので…」

「ニクス、俺もランガも呼び捨てで良いぞ」

「そういう訳には参りません。大恩あるシロウさんのお味方になられたのですから…」


カチカチだなぁとシロウは頭を掻きながら話を続けた。


「そんじゃ、誰も詳しい話は聞いてねぇんだな?」

「はい」

「……ここは、きな臭い話をする所じゃねぇな。爺様、どっか落ち着いて話せる場所はねぇか?」

「長、氷の庭はいかがでしょう?今は宴の最中ですので、誰もいないかと」


バラフの言葉にグラルは少し考え、そうだなと頷いた。


「氷の庭?なんか寒そうだな?」

「それ程寒くはありませんよ。雪狼族、自慢の庭です」


バラフの説明を聞き、グラルは満足気に笑う。


「フフンッ、人を入れるのは初めてだ。光栄に思え」


グラルは得意そうに笑い、先導して歩き始めた。

シロウはニクス達と共にその後に続いた。

社の森を抜け、グラルの屋敷を通り過ぎた先にその庭はあった。


「ハハッ…、こりゃ凄ぇ…」


そんな言葉しか出てこない景色がそこには広がっていた。

氷の庭の言葉どおり、全ての物が氷で形作られている。


いくつかの島の浮かんだ湖面は水の動きを再現した氷。

そこにある植物も、すべて氷の彫刻。

その島から流れ落ちる滝には、雪の結晶が流れている。


全てが氷で出来た芸術品の様な庭だった。


「こりゃ、人間には作れねぇな」

「そうであろう。ここにある物は全て我が一族の作品だ。雪狼はこうして氷を扱う技を磨く」

「なるほど、練習も兼ねてんのか…。んで爺様のはどれだ?」

「……無い」


グラルは小さく呟いた。


「なんだって?良く聞こえなかったが…」


グラルの呟きが聞こえなかったシロウが再度尋ねるのを、ニクスが押しとどめた。


「シロウさん、止めてあげて下さい。この庭には出来の良い物を飾るのが代々のしきたりです。長は力はあるのですが、芸術的なセンスはちょっと…」

「ニクス、はっきり言えばいいのです。シロウ様、わが夫グラルの作品はここにはございません」


「ネージュ!」

「あなたは力ばかりで、美しい物は作れぬではないですか。手ほどきするというのに、それも面倒だと断って。だから客人があった時、恥をかくのです」


シロウはしょんぼりしたグラルの肩に手を置き囁く。


「爺様、奥方を見返したいなら、俺で良ければ相談にのるぜ」

「貴様に何が出来る…」

「こう見えても元家具職人だ。装飾の図案は頭にばっちり入ってる。道具さえ貸してくれりゃ、いくつか見本を作ってやるよ」

「小僧……。頼めるか?」

「おう、任せとけ」


二人の密談は、ネージュの耳にしっかり聞こえていたのだが、彼女は少し笑みを浮かべただけで何も言わなかった。


その後、案内された東屋でシロウはグラルから、正式に謝罪と感謝を伝えられた。

それを受け入れ、本来の目的であったナミロの教団についてシロウは四人に説明した。


「我々の様な神を悪神に堕とす…。それで熊神は穢れの氷を奪ったのか」

「たぶんな。ランガならあの氷も溶かせるだろうしな」

「それで我々は何をすればよい?」


「教団はキマって猿が動かしているらしい。聞いた話じゃ頭の切れる奴みてぇだから、里の奴らがたぶらかされないように気を付けてくれ。あとはそうだな…。知り合いの神がいりゃそいつらにも警告してくれ」


シロウの言葉にグラル達は頷きを返した。


「シロウさんはどうするんですか?私達が出来る事なら何でも協力しますよ?」

「うーん。南のラケルって蜥蜴の神様を守って欲しいんだが、相性悪そうだな?」

「そうですね。蜥蜴の神であるのなら、ラケル様には我らの技はあまり…」

「だよな……」


シロウ達が黙り込んでいると、唐突にアルの声が聞こえた。


「見つけたのじゃ!!どこに行っておったシロウ!?」

「へぇ…綺麗だねぇ…ヒックッ」


アルの後ろには、赤い顔をしたウルラの姿もある。

どうも飲み過ぎたようで、千鳥足でフラフラとこちらに歩いて来る。


「爺様達に剣を直してもらってたんだ。それは終わったんで、ナミロ達の事を話していた所だ」

「そんな大事な話に何故我を呼ばん!?」

「いや、だって、美味そうに肉食ってたから…」

「むう、肉は確かに美味かったが……、そうでは無い!!相棒じゃろうが!?」

「……それで、ヒックッ、何処まで話したの?」


ウルラは左右に揺れながら、トロンとした目でシロウに尋ねる。


「教団の計画については、分かっている所は話した。今はラケルを守ってくれねぇか相談してる」

「ラケル…だって?……ヒックッ、ラケルは僕が守るよぉ…」

「お前、一人じゃなぁ」

「……だったら…一族を呼べば…いい…ヒックッ」


シロウは以前、巻き込もうと考えていた者達にウルラの一族、ソカル族も上げた事を思い出した。


「すぐ呼べんのか?」

「フフフッ……、任せてよ……。ぼかぁ世界最速のソカル族だよ…ヒックッ。…故郷のレム山脈まで…ひとっ飛びさ…ヒックッ」


ウフフと笑うウルラを見て、シロウはアルに尋ねる。


「アル、こいつどれだけ飲んだんだ?」

「大して飲んではおらんのじゃ」

「だけどこいつベロンベロンだぞ?」

「ザルトとウネグが面白がって、雪狼秘蔵の酒とやらを飲ましたのじゃ。そしたらこうなった」


秘蔵の酒と聞いて、ニクスが椅子を鳴らした。


「あれを飲んだのですか!?」

「なんだ?ヤバいのかその酒?」

「いえ、あの酒は一族の者が度胸試しに飲む物で、酒精を限界まで高めてあるのです。里では体の一番大きい長も杯を舐める様に飲むくらいで…」


「へぇ、そんなに…強いお酒だったんだ…どおりで………気持ち悪い」

「ウルラ殿この中に!!」


咄嗟にニクスが器を作り出し、ウルラの前に差し出す。

ウルラはその中に胃の中身をぶちまけた。


「うう、汚いのじゃ…」

「空の勇者と謳われたソカル族が情けない…」


アルが顔を顰め鼻をつまんでいる。

グラルは同じく顔を顰めため息を吐いた。


ニクスから器を受け取り庭を後にするバラフを見ながら、シロウはやっぱり酒は怖いなと改めて感じた。


ニクスに背中を摩られているウルラを見て、シロウはアルに目配せする。

アルはしょうがないのうと呟き、ウルラに癒しの光を翳す。


「はぁはぁ…ニクス、アル、助かったよ」

「大丈夫ですかウルラ殿?」

「これ以上、美しい庭を汚すのは忍びないからの」


「これに懲りたら、酒はほどほどにしな。それよりお前の一族についてだが…」

「ふう、そっちは僕のお嫁さん候補だって言えば、協力してくれる筈さ」


ウルラは口元を拭いそう告げる。

お嫁さん候補…。その言い方には語弊があるのではないだろうか。

ラケルは考えてみると言っただけで、はっきり承諾した訳では無い筈だが…。


「まあいいか。んじゃウルラ、お前は故郷に戻って一族に話を付けてくれ。俺達はルクスに報告して王都に行ってみるわ」

「王都だね、分かった。それじゃあ一族とラケルを引き合わせたら、僕もそっちに向かうよ」

「ん?いいのか、ラケルといなくて?」

「フフッ、ラケルも巻き込まれた陰謀を僕が華麗に解決する。きっとラケルも認めてくれる筈さ」


ウルラは爽やかに笑いながらそう言ったが、その口元には拭いきれなかった肉の欠片が残っていた。


「無理じゃと思うがのう…」

「そうだな…」

「このソカルはいつもこうなのか?」

「あなた、恩人に失礼ですよ」


グラルの問いにシロウとアルは何とも言えない表情で笑った。

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