雪狼族の里
傷の癒えたランガはその身を人に変えた。
野性的な面立ちの筋骨隆々の黒髪の偉丈夫だ。
シロウよりも頭二つ程大きく、体格で言えばルサル村のドアンといい勝負だ。
シロウはニクスへの報告も兼ねて、雪狼の村へ戻る事にした。
帰りは自分の足で戻ろうと思ったのだが、遅いとグラルが苛立った声で言い、シロウを無理やり背に乗せ山を下った。
それを追う形で、アル達も続く。
空を舞うアルとウルラ、大地を走るウネグ達。
アルと二人で始まった旅も、随分仲間が増えたなとシロウは感慨深く思った。
まあここにいる仲間にシロウ以外人間はいないのだが。
里に着くとグラルの姿を見て、ニクスが飛び出して来た。
「長、ご無事でしたか!?」
『当たり前だ。儂が熊如きに後れを取る筈がなかろう』
「……良く言うぜ。四日も戦ってたくせによぉ」
『さっさと降りろ小僧!!』
「お前が無理矢理乗せたんじゃねぇか」
全く勝手な爺様だぜとボヤキながら、シロウはグラルの背から飛び降りた。
「シロウさん、長にご助力頂けたのですか?」
「まあな。ランガ…熊の神は手強くてな、ここにいる全員で倒した。んで説得して仲間になってもらった」
「仲間に!?」
シロウの言葉で、ニクスは見慣れない男がいる事に気付いた。
鼻を鳴らすと、確かに里を襲った者と同じ匂いがする。
「何故そんな無法者を仲間になど…」
「ん?俺はこいつ等をボス以外全員仲間にするつもりだぜ?」
「あ…、あなたという人は…」
二の句が継げないニクスに、ウルラが深く頷きながら相槌を打った。
「そうだよね。呆れるよね。分かるよ君の気持ち」
「そうじゃの、我も時々シロウは魂の所為で、どうかしてしまったのではと不安になる時があるのじゃ」
「まあ、いいじゃないか。俺は面白くて好きだぜ」
「あなた達は戦う力が有るからまだいいわよ。私は基本的に心理戦が得意なのよ。なのにシロウときたら基本暴力と、妙な説得力で仲間に引き入れちゃうんだもの。私の立つ瀬が無いわ」
ランガは珍しいモノでも見たという様に少し驚いた様子だった。
「お前達に序列は無いのか?アルブムやザルトの様な、力の大きな神と皆同等に口を利くとは…」
「んなもんねぇよ。仲間ってのはそういうもんじゃねぇのか?」
「……俺には仲間と呼べる者はいなかったからな」
「今日からお前も仲間だぜランガ」
「そうか…俺も仲間か」
「おう、よろしくな」
そう言って差し出したシロウの手を、ランガは戸惑いながら握り返した。
『いつまで里の入り口でだべっておる!…さっさと入れ』
「いいのか爺様?この前は入れてくれなかったじゃねぇか?」
『……受けた恩は返さねば、雪狼族の恥だ』
「全く、素直じゃないねぇ」
シロウはニヤッと笑いながらグラルに言う。
『やかましい!!ニクス、後は任せるぞ!!』
「はっ、はい!!」
グラルはニクスにそう告げ、一人里の中に消えて行った。
「んで、ニクス、入っていいのか?」
「ええ。私としても皆様にぜひお礼をと思っておりました。特にアルブム様には、前回といい今回といい大変お世話に…」
「気にせずとも良い、我はシロウの願いに従っただけじゃ。それに苦痛に喘ぐ者を捨て置いては、癒しの神の名が廃るからの」
「いえ、長も申しておりましたが、恩知らずは雪狼族の恥です。今後はより一層、深い祈りを捧げさせていただきます」
「ニクスは硬いのう。まあよい、主たちの気の済むようにするがよい」
「はい!」
その後、一向はニクスの案内で雪狼族の里に入った。
里は人の物を模して作られていた。
氷で作られた建物は、陽光を浴びて輝きまるで宝石の様だった。
案内された建物は一際大きく、長の家らしい。
家具等も全て氷で出来ているのに、冷たさは感じない事がシロウには不思議だった。
ニクスの話では、里の始まりは森に作られた社だったそうだ。
現在そこは、ヴィーネが迷い込んだ聖域になっているらしい。
一日、しっかり休息を取った。
ランガが気を利かせ、里の隅に風呂を作ったので、全員しっかり疲れを癒す事が出来た。
戦い続けていたウルラ等は、風呂で眠り溺れかけていた。
そして翌日、その日は宴となった。
ウルラとザルト、それにウネグは雪狼が用意した料理と酒に舌鼓を打っている。
アルは肉に夢中の様だ。
ランガは騒ぎの原因を作った事で、少し肩身が狭そうだったが、雪狼族は表面上は彼にも仲間と変わらぬ対応をした。
シロウの仲間になったという事で、気を使ったのだろう。
ちなみにグラルは宴には出ていない。
恐らくシロウと打ち解け合うのは、彼のプライドが許さないのだろう。
その宴の場で知ったのだが、彼らはランガと同じく山に対する畏怖から生まれたようだ。
カーグ山は気流の関係からか、天候の変化が激しく冬は吹雪、夏は嵐、時には雹が降り遭難する者が後を絶たなかった。
だが、広い裾野は迂回するには遠く、なだらかな場所を選び人の往来が止む事は無かった。
また、山に生える貴重な植物を求め、人は山に入り続けた。
その道中の安全を願い、吹雪のイメージで彼らは形作られたそうだ。
自然に対する畏怖と安寧、太古の神の多くはそんな祈りから生まれたのかも知れない。
宴は進みシロウは隣に座ったニクスに声を掛けた。
「そうだニクス。お前にもらった剣なんだが砕けちまってよ」
シロウはポーチから氷の欠片を取り出し、ニクスに差し出した。
「あの剣には随分助けて貰ったぜ。ありがとな」
ニクスはシロウの掌に乗った欠片を見て、目を見開いた。
「どうした?」
「シロウさん、貴方、一体どんな使い方をしたんですか?」
「どんなって、頼んだら吹雪を出したりしてくれるから、お願いしながら振ってただけだぜ?」
「この欠片、神格が生まれてますよ…」
「神格?」
シロウが欠片に目をやると、小さな白い子犬がシロウを見上げ嬉しそうに尻尾を振っていた。
「なにこれ?」
「だから、生まれたての神ですよ!雪狼族に似ていますが少し違うような…」
「ふうん、んでどうすりゃいいんだ?」
「シロウさん、長に新しい剣を作ってもらったんですよね?」
「ああ、お前のより確かに強いけど、使い勝手が悪いんだよなアレ。使うと全身凍っちまうんだ」
シロウは荷物と一緒に置いていた剣に目をやりニクスに答える。
「はぁ、全くあの人は…。シロウさん剣を持ってついて来て下さい」
「どこ行くんだ?」
「とにかくついて来て下さい」
シロウは剣を抱え、建物を奥に進んでいくニクスを追った。