怒りと眠り
気が付けばシロウ以外も大地に開いた穴を覗き込んでいた。
「死んでねぇよな……」
「我がそんなヘマをする訳がなかろう。生きている筈じゃ」
「でも全然動かないわよ?」
「……ウルラ、お主、ちょっと下りて確認してきてくれぬか?」
「嫌だよ!!襲ってきたらどうするさ!?」
全員穴の縁から覗き込むだけで動こうとしない。
「臆病者共が、さっさと下りて確認してこぬか!!」
白い髪の中年がシロウ達に怒鳴る。
ゆったりとした薄い水色トーガを身につけた顎鬚を生やしたハンサムな男だ。
「もしかして、爺様か?」
「その呼び方は止めろ!儂の名はグラルだ」
「もういいだろ、爺様で?」
「……お前には言っても無駄なようだな。…もういい、好きに呼べ。それより熊を見てこい」
グラルは指示するだけで下りるつもりは無さそうだ。
自分で行けよという気持ちはあったが、動きそうにない奴を説得するのも面倒だ。
「…下りてまた溶岩にでもなられたら終わりだな。…石でも投げてみるか」
シロウは足元から石を拾い上げ、ランガに投げつけてみる。
石はシロウが思っていたよりも、遥かに鋭く飛びランガの腹に当たった。
毛皮に当たったボスッという音を想像していたが、石はカツンという硬質な音を立てて跳ねた。
「反応しねぇな。降りて調べるしかねぇか…。ザルト、ランガが動き出したら拾い上げてくれ」
「分かった」
シロウは足元を確かめながらランガの元へ向かった。
近づいて確認すると、ランガの表面は岩の様になっており、触るとほんのり暖かいぐらいに冷えていた。
体の上に飛び乗り、状態を確認する。
ランガの胸には氷柱で穴が穿たれ、口から荒い息が吐き出されていた。
「おい、生きてるな?」
『…くそッ、徒党を組んでいたとはいえ…人間などに敗れるとは…』
「妙に勝ち負けにこだわるな?」
『俺は火山の化身だ。人は俺を恐れ敬うのが当然だ。……その俺が人に負けるなどあってはならん』
ランガは人間の火山に対する恐れから生まれたようだ。
地上に住む者は、火山が噴火すれば逃げ惑うことしか出来ないだろう。
「まあ、俺一人じゃ勝てなかっただろうな。爺様やウルラ、ウネグにザルト、そんでアル。皆で協力したから勝てたんだ」
『……俺を殺すのか?』
「殺しゃしねぇよ。話がしたいだけだ」
『……一体何の話だ?』
シロウはランガの巨体に腰を下ろし、頭の前で胡坐をかいた。
「仲間にならねぇか?」
『仲間だと?ふざけているのか?』
「大真面目だぜ。……アンタは火山の化身なんだろ?正直、人間には手に負えねぇ力だ」
『……なにが言いたい?』
シロウはランガの鼻先に手をやり言葉を紡ぐ。
「人が火山に祈る事は一つ、噴火しないでいてくれって事だけだ。違うか?」
『……確かに俺への願いは、怒りを鎮めてくれという事以外無かった』
「それは裏を返せば、平穏に生きたいって事だと俺は思う。人はアンタに平和を願ったんだ」
ランガの黒い瞳がシロウを見る。
「ランガ。平和の為に力を貸してくれねぇか?」
『……平和か』
「ナミロはこの国に戦乱を起こそうとしている。無理矢理、神の形を歪めてな。……ランガ、アンタの願いはなんだ?」
『俺の願い?』
シロウは頷き言葉を続ける。
「人はアンタに平穏を願った。アンタ自身は何を願う?」
『俺は……俺の願いは……分からん。俺は人が思う俺のままに生きてきた。荒ぶる怒りのままに…』
「それは人がアンタに見たイメージだ。本当の願いじゃねぇだろ?」
『本当の願いか……』
ランガは自分が自己を認識した時の事を思い出した。
太古の昔、人は活火山だった山に猛り狂う熊の姿を思い浮かべた。
暴れる山に怒りを鎮めて欲しいと願う人々の祈りが、ランガの姿を形作った。
やがて山が静かになると、人の信仰は薄れた。
祈りが無くなれば、山は噴火し再度、人は祈りを捧げる。
ランガは怒りと眠りを繰り返す様になっていった。
その内、彼は自分の怒りが噴火を呼んでいるのか、噴火により憤怒が溢れるのか分からなくなった。
『俺は眠りたい。目覚め怒る度、山は暴れ、人は俺に恐怖と共に祈る。安堵するのは怒りが静まり俺が眠っている時だけだ。……少し疲れた。ナミロに協力したのは全部壊れてしまえと思ったからだ』
「疲れた……。んじゃ、こういうのはどうだ?偉大な熊の神が、山の怒りを鎮めているから、山が噴火しねぇってのはよ」
『太古から続く人の印象が、そう容易く変わるものか…』
「俺が変える」
シロウはそう言ってランガに祈りを捧げた。
ランガの中にあった滾る怒りがほんの少し治まる。
『何を…?』
「大いなる火山の化身、ランガ。お前は今日から、その山の怒りを鎮める者だ。俺はそう信じるぜ」
『……おかしな人間だ。破壊を撒き散らす火山の神など、滅してしまえばいいだろうに……』
「俺は癒しの獅子神、アルブム・シンマの伝道師だからな。アルは救いを求める者が差し出した手を決して拒まねぇ。俺はそう信じてるんだ」
ランガは目を閉じ、少し笑った。
『俺は救いを求めていたのか……。俺は変われるか?』
「変われるさ。変わる意思さえあればな」
『面白いか…。ザルトの言葉もまんざら嘘では無さそうだな。確かに面白い人間だ』
「仲間になるか?」
『確かシロウとか言ったな?……良いだろう、お前の口車に乗ってやる。平和な世界を作ってみせろ』
「ああ、勿論だ。そうじゃねぇと旅がしにくくていけねぇ」
シロウの言葉を聞いて、ランガは大声で笑った。
「なんか笑ってるよ?」
「ふむ、上手くいったようじゃの」
「信じられないわ。あのランガを説得するなんて…」
「あいつ、真っすぐ目を見て、大真面目に馬鹿な事を言うからな。ウネグ、お前もそれでやられたんだろ?」
「そうだけど……。すぐ爆発するランガをねぇ……」
「フンッ、儂は認めんぞ」
そう言いながらグラルはシロウの様子が気になるのか、チラチラと穴の中を伺っていた。
「アル!!ランガを治してくれ!!」
「分かったのじゃ!!」
アルはシロウに呼ばれ、嬉しそうに穴の底に駆けだした。