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吹雪とマグマと雷と

胸を辛い抜いた氷柱が爆発的な水蒸気を上げ蒸発する。


熊神の体表は赤熱し光を放つ、だがその光より瞳の色にシロウの目は釘付けになった。

以前も目にした事のある赤黒く淀んだ瞳、それはランガが悪神に堕ちた事を雄弁に物語っていた。


咆哮を上げる熊神の前にしゃがんだシロウを、アルが咥えて飛び退る。

他の者達も、ランガから距離を取り様子を伺った。


『また悪神なの!?シロウと出会って長を含めると、もう三度目だよ!!君呪われてないよね!?』


上空で様子を見ていたアルに近寄り、ウルラがシロウに苦情を言う。


「んな訳ねぇだろ!?アル、あいつを浄化出来るか!?」

『とにかくやってみるのじゃ。放っておく訳にもいかんからのう』


シロウを咥えたままアルはそう答えた。

今まで気にしていなかったが、獣の時に聞こえてくる声は術の一種の様だ。


シロウがそんな事を思っている間に、アルはシロウを癒し、ランガと距離を取って地面に降り立った。


『シロウ、雪狼の剣は?』

「砕けた。残ったのはこれだけだ」


開いた手の上に、親指の先ほどの氷の欠片が乗っていた。


「こいつにも随分世話になった…」


そう言ってシロウは、欠片を腰のポーチにそっと落とした。


『むう、あの剣が無いと素手では厳しいぞ』

「爺様に作ってもらうか…」


長の姿を探すと、彼はランガに吹雪を浴びせていた。

ランガは赤く輝きながら長との距離を詰めている。


「アル、熊を引きつけてくれ。俺は爺様と話してくる」

『分かったのじゃ』


アルは咆哮を上げ雲を呼んだ。

閃光が走り、轟音が山に木霊する。


『主の相手はこっちじゃ!!』

『グオオォ!!ある…ぶむ…じんま…か!?…おも…じろい!』


シロウはランガの注意が、アルに向いた隙をついて長の元へ走った。


「アイツ、大分イカれてるな…」

「後先考えないで、怒りに任せて穢れの塊なんぞ食うからだ」


シロウと並走しながらザルトが話しかけた。


「何でついて来る?アルを手伝ってやってくれよ」

「戦う前に言っただろ、あいつは素手では触れん。…お前何か考えがあるんだろう?」

「まあな」


ランガの標的がアルに変わった事で、長は一息ついていた。

その長にシロウは走りながら声を上げる。


「爺様!!剣を作ってくれ!!ついでにこの馬の武器も頼む!!」

『……まったく口の利き方を知らぬ小僧だ。……これも身から出た錆か…』


長が遠吠えを上げると、吹雪が舞い、一振りの剣と一対の籠手が現れた。


「へぇ、一瞬か…。凄えな、さすが長だぜ」


地面に落ちた剣を拾い上げ、シロウは鞘から抜き放った。

透明の刀身は以前と変わらないが、放つ冷気は以前とは比べ物にならない。


『フンッ、扱いには気を付けよ小僧。柄と鞘には儂の毛が織り込んである。気を抜けば食われるぞ』

「分かったよ爺様。あんがとな」

「氷の籠手か…。ツメが付いているのは気に入らんが仕方ないな…」


ザルトが言う様に、籠手には狼の牙の様な爪が拳面から伸びていた。


『ねぇ、僕のは!?』

『ソカル族は風でも吹かせておけ!!』

『また僕だけ……』


上空を舞うウルラの問い掛けに、長は苛立ち交じりに返答する。


シロウがランガに目をやると、アルが宙を舞いながら雷を浴びせていた。

浴びた瞬間ランガの体は痙攣するが、あまり利いた様子は無く、またすぐに動き出す。

ランガが歩いた跡は黒く焼け焦げ、硫黄に似た臭いが漂っていた。


いつの間にか、ウネグが三人の元に駆け寄っていた。


「ねぇ、どうするの?」

「アルに浄化してもらう。俺たちゃ足止めだ」

「なら私も手伝うわ。戦いは苦手だけど、騙して逃げ回る事は得意なの」


ウネグはそう言うと、輝くような金髪の聖女の様な女に姿を変えた。

ランガに駆け寄り声を上げる。


「ランガ!!その姿は何ですか!?」

『ふぁに……なぜ…ごごにいるぅ?』

「我々の目的は土着の我らに与しない神を堕とす事!!自身が悪神に堕ちてどうするのです!?」

『ぐぉ…あいがわらず…うるざい…おんな…だ』


ウネグが姿を変えたのは、幹部の一人、不死鳥のファニのようだ。

シロウは動きを止めたランガを見て、アルに拳を振って合図を送る。

アルはシロウの意図に気付き、上空で力を溜め始めた。


「へぇ、ファニそっくりだ。やるなあの狐」

「そんなに似てるのか?」

「ああ、お堅い所とかまんまだぜ」

「そうか…。まあ、いつ動き出すか分からねぇ。俺達はあいつが動いたら仕掛けるぞ」

「分かった」


ザルトと話し、ウルラ達に向け声を張り上げる。


「爺様!!ウルラ!!お前らは援護を頼む」

『分かったよ!』

『儂に命令するな!!』


ウルラは風を纏い、長は周囲に氷柱を作り出す。


「大体あなたは、いつも本能のままに動き過ぎです!」

『ぐるる…いいがげん…うんざりだ…ぎざまには…』

「ヤバい…煽り過ぎたわ…」


ランガは両腕を大地に打ち付ける。

地面に亀裂が走り、そこから溶岩が滲み出した。

ウネグはそれを避け、逃げ惑う。


『いわのながで…えいえんに…ねむれ』

「やだ!この溶岩追いかけて来るじゃない!?」


溶岩はウネグの後を追う様に流れ、大地を焼いて行く。


「まだかアル…」


シロウはアルを見上げるが、彼女は目を閉じまだ力を集めている様だ。


「しゃあねぇ。行くぞザルト!!」

「おう!!」


シロウが柄を握りしめると、刀身から吹雪が噴き出し、ウネグを追う溶岩を冷え固まらせた。

その間にザルトが飛び出し、すれ違いざまに眉間に拳を叩き込む。


『ぐおぉ!!』


ランガの怯みを利用し、シロウは体を回転させ左足を狙い剣を振るった。

剣の間合いに近づいた事で、刀身からは吹雪が噴き出しシロウを守る様に舞ったが、それでも火傷を負ったのか体中に痛みが走る。


痛みに耐えながら振り抜いたシロウの剣は、ランガの左足を断ち切った。


『ぎゃああああ!!!』


苦痛の叫びを聞きながら、素早く間合いを取る。


断ち切られた足から流れた血は、赤黒く濁っていた。

その血さえも高温なのか、血が触れた大地はブスブスと煙を上げている。


『ソカル!!手伝え!!』

『はいはい…』


ウルラは少し疲れた口調で、長が作った氷柱を次々に打ち出す。

氷柱は左足を断たれ地面に倒れ込んだランガの体を冷やし、穿つ。


『ぐるおおおおお!!』


赤く光っていたランガの体は、咆哮と共に輝きを増し熱量を上げた。

撃ち込まれた氷柱は、一瞬で消え去り、目を開けていられない程の光と熱を放った。


そしてランガは限界を超えたのか、黒く濁った液体になって大地に広がった。


「……死んだ…のか?」

「違う!!まだだ!!」


ザルトが叫びを上げる。

確かに液体はボコボコと沸騰しながら、シロウに向かって動き出していた。

長達が氷柱を打ち込むが先ほどとは違い、氷柱は液体に触れる前に湯気も出さず蒸発する。


『にんげん…などに…このずがだを…ざらずごどに…なるどば……ぎざまだげばぁ…けず…』

「クソッ…。止まれよ!!」


シロウはランガを止めた時の様に、大地に剣を突き立てた。

音を立て地面が凍り付く、しかし先ほどよりも遥かに高温の様で足止めにさえならない。

逆にシロウは噴き出す冷気で、体中が白く凍り付いていた。


『じぬがいい……』


液体が大きく盛り上がり、シロウの凍て付いた体を焼く。

恐ろしく寒いのに燃える様に熱いという不思議な感覚のなか、シロウは泡立つ液体を眺めていた。


『シロウ!!』


アルの叫びが聞こえ、その液体を薄緑の閃光が貫いた。

目の前が真っ白になり、シロウの体は吹き飛ばされ意識を失った。




気が付いたシロウが顔を上げると、目の前の地面は大きく抉れていた。


「痛てッ…」

「動くな。今癒してやるのじゃ」


柔らかな手が額に当てられる。


「アルが…やったのか?」

「まったく、お主は無茶をしすぎじゃ。肝が冷えたぞ」


アルに支えられ立ち上がり、大穴を覗き込む。

その穴の底で黒焦げの熊が横たわっていた。

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