表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/113

雪狼の山へ

村に滞在して数日が経っていた。

その間、シロウはザルトやルクス、そしてアルにもバートが作り上げた武術を教えながら過ごしていた。


ザルトは元々武術を修めていたので、覚えが速いのも分かるが、アルの覚えの良さは異常だった。

試合ではシロウでも五本に一本は、アルに取られてしまう。


話を聞いてみると、意識を分離させ、頭の中で常に戦わせているのだとアルは答えた。


「なんか狡くねぇか、それ」

「そうか?我は昔からこの方法で、色んな術を編み出して来たのじゃ。今さら狡いと言われてものう」

「それ効率が良さそうだな。俺にも教えてくれ」

「アルブム殿、我もコツを知りたい」


ザルトとルクスがやり方を尋ね、アルが彼らに説明している。

それを見ながら、シロウはやっぱ狡いよなと少し思う。

ただシロウにしても、努力で技を得た訳では無く、魂から譲られた技を使っているに過ぎないので、あまりアル達の事は言えないだろう。


マグナの残した麦も見た。

麦畑は今まで見たどの畑よりも青々として、力強く思えた。

その中でもマグナの麦は一際大きく育っていた。


シロウが歩み寄ると、何か暖かい力の様なモノを感じた。

村人もそれを感じている様で、麦に対して感謝を口にする者が多かった。

この分だとマグナは意外と早く復活するかも知れない。


そんな感じでウルラ達を待っていたのだが、彼らは一向に村に現れない。

ウルラの翼なら移動時間は考えなくてもいい。


長を説得出来なかったとしても、もうそろそろ、それを伝えに来ていい筈だ。

何か問題が起こったとしか考えられない。


シロウはアルを連れて、雪狼の住むカーグ山に向かう事にした。

それをルクス達に話すと、ザルトは自分も行くと言い出した。


「別にいいけど、俺はアルに乗せてもらうつもりだぜ。お前ついてこれんのか?」

「誰に言っている?俺は地上最速の男だぞ」


そう言ってザルトはニヒルに笑った。


「まぁいいや、んじゃなルクス。世話になったな。リイナも無理せずに元気な子を産んでくれ」

「世話になったのはこちらだ。シロウには助けられてばかりだな」

「シロウさん、お気をつけて」

「おう」


「リイナ、何かあったら我に祈れ、癒しの加護を与えるのじゃ」

「はい、ありがとう御座います。アルブム様」


「ルクス、練習サボるなよ。次による時は上達したか手合わせするからな」

「分かっている。まったく、その物言いは何とかならんのか」

「ハハッ、これは恐らく死ぬまで治らん」


シロウはルクス達に別れを告げ、アルに跨り山間の村からカーグ山を目指し旅立った。


アルの背から地上を見てみると、黒馬に姿を変えたザルトがアルを追走している。

全速力では無いとは言え、アルに難無くついて来るとは、言うだけの事はある。


少し感心しながら、走る馬は美しいなとシロウは思った。


一日かけて、以前逗留した麓の町まで辿り着いた。

山に登るのは明日にして、その日は町の宿に一泊する事にする。


宿の主人はシロウの事を覚えていた様で、連れが違う事に気付きその事を尋ねてきた。


「久しぶりだね。前は女の子と若い兄さんと一緒だったが?」

「若い奴にはちょっと用事を頼んでてな。今は別行動中なんだ」

「そうかい、女の子は元気かい?あの二人はよく食べてくれたから、あの時は店の売り上げが上がったよ」


シロウはアルとウルラが、この宿で十人前近く食べた事を思い出した。

金に多少余裕があるとはいえ、今回は大丈夫だろうか。

最悪、雪狼に刃を作ってもらって、それで金策しないといけないかもしれない。


「ああ、元気だ」

「そりゃよかった。今日は後ろの娘さんと異国の人の三人かい。部屋は分けるかね?」


アルの見た目は十代半ばだ。

そろそろ同室というのも不味いだろう。


「そうだな。二部屋頼む」

「わかった。部屋は二階だ」


主人はそう言ってカギを差し出す。

シロウはそれを受け取りながら、カーグ山について尋ねてみた。


「山の様子はあれからどうだ?何か変わった事はあるかい?」

「もしかして山に登るのかい?」

「前も止められたが、暖ったかくなってきたしな。……なんかあんのかい?」


「女の魔物はいなくなったんだけどね。今度は熊が暴れてるんだよ」

「熊?熊なら猟師に頼めば退治出来んじゃねぇのか?」


「それが普通の熊じゃないんだよ。真っ黒で小山ぐらい大きいらしいんだ。そいつが暴れまわってるそうだよ。……カーグ山は呪われているのかもしれないねぇ。アンタも悪い事は言わない。山には近づかない方がいいよ」

「そうするよ」


シロウは主人にそう告げ、アル達を連れて部屋に向かった。

アルに鍵を渡し、自分の部屋のカギを開けると、アルが不安げにシロウを見ている事に気付いた。


「どうしたアル?」

「我は一緒の部屋ではないのか?」

「お前も大きくなったしな。そろそろ部屋は分けた方がいいだろ?」

「我はシロウと一緒が良いのじゃ!今までは一緒に寝てくれたではないか!?」


アルの叫びにシロウは思わず周囲を見回す。

二階の廊下には、ニヤニヤ笑うザルト以外誰もいなかった。


「なに笑ってんだよ」

「シロウ、一緒に寝てやればいいではないか?獅子神の部屋は俺が使わせてもらおう」


そう言うとザルトはシロウが止める暇も無く、アルから鍵を奪い部屋に入ってしまった。

残されたのはシロウとアルの二人だけ。

そのアルは今にも泣きそうな顔でシロウを見上げていた。


「しゃあねぇなぁ。そんな顔すんなよ」

「よいのか!?」

「良いも何も、ザルトがカギ、持って行っちまったしな」


そう言ってシロウがドアを開けると、アルは嬉しそうに部屋に飛び込んだ。

部屋に入り荷物を下ろしながら、アルに話しかける。


「まったく、大きくなったんだから、もう一人でも寝られるだろ?」


「我は子供では無い。もちろん一人でも眠れるが…、一人じゃと祠の事を思い出すのじゃ。…あの祠には魂は無数にいたが誰も我と話してくれる者はなかった。……淀んだ魂に囲まれそれを喰らいながら過ごす日々。もうあんなのは嫌なのじゃ」


暗い目でそう言ったアルの頭を、シロウは乱暴に撫でまわした。


「もう、ああはならねぇよ。仮になったとしても俺がなんとかしてやる」

「シロウ……。約束じゃぞ!!」

「ああ、約束だ」

「ならよい」


そう言ってアルはシロウに抱き着いた。

予想以上に柔らかなアルの体に、少し戸惑いながら、シロウは白銀の髪を優しく撫でた。


部屋を出て、階下の食堂に向かうとザルトがテーブルの上に皿を積み上げていた。


「先にやってるぜ。ここの飯は中々いけるな」


ザルトはスペアリブを食べながらシロウに答える。

馬は草食動物ではなかったか。

顔に出ていたのか、ザルトが先回りしてそれに答える。


「たしかに野菜の方が好みだが、遊牧の民が捧げるのは大体、羊の肉だからな」

「心を読むな」

「そんな事はしていない、大体そんな事、俺は出来ん。お前は読みやすい、動揺してると特にな。部屋で何かあったか?」

「なっ何も無いのじゃ!」

「そうか、そりゃ残念だ」


さして残念でも無さそうに、ザルトは新たに肉を掴んだ。


「食べ過ぎだ。金はそれ程ある訳じゃねぇんだぞ」


シロウが椅子に腰を下ろしながら言うと、ザルトは皮の袋をテーブルに置いた。


「心配するな、金ならある」

「どうしたんだコレ?」

「キマが活動資金だってくれた」


シロウが袋を覗くと袋には金貨が詰まっていた。

この宿なら一枚あれば、いくら食べても釣りが来るだろう。


「儲かってんだな。五大教」

「良くは知らんが、貴族とかがお布施とか寄進とかするらしい。羽振りは良さそうだったな」

「俺達のアルブム教はいつも貧乏なのに…」

「我らの対価はいつも食べ物じゃったからのう…」


ため息を吐いた二人に、ザルトは笑っていう。


「お前らも食え、金はその袋から出せばいい」

「いいのか?」

「金は天下の回り物だ。使ってこそ意味がある」

「我はここのスペアリブを思う存分食べたいのじゃ!!」


「おう、食え食え」

「ザルト、お主意外といい奴じゃの!」

「ようやく俺の魅力に気付いたか獅子神」


笑みを浮かべるザルトに、シロウは先ほど宿の主人に聞いた話を尋ねてみた。


「今、山では黒い小山の様な熊が暴れているらしい」

「熊ねぇ、十中八九ランガだろう。あいつもキマに言われて雪狼の様子を見に来たんじゃないか?」

「短気とか言ってたな」

「ああ、粗暴な奴だぜ。キマも扱いかねてる所があったな」


ウネグはランガはマグマの術を使うと言った。

雪狼族のニクスは、以前、雪狼の刃は溶岩にでも放り込まない限り、溶ける事はないと言っていた様に記憶している。

不味いかも知れない。


「二人とも聞いてくれ、ここに泊まるつもりだったが、飯を食ったら山に向かおうと思う」

「随分急ぐな。雪狼はそれ程弱く無いだろう?」

「確かに雪狼は強いが、相性が悪そうだ」

「ウネグは熊の神は、マグマを使うと言うておったの」

「それでか。あいつの攻撃いなした時、火傷したんだよな」


ザルトはランガと戦った事があるようだ。


「どんな攻撃をして来たんだ?」


「ありゃ余興だったからな。ちょっと組手みたいな事をナミロの前でしたんだ。術は使わないっていう話だったのに、俺が攻撃を全部躱すからあいつキレてな。飛び掛かって来たのを投げ飛ばしたら、掴んだ手が焼けただれてたんだ」


掴んだだけで神の手を焼いた。

素手で倒すのは難しそうだ。


シロウは二人が食べ終わるのを待たず席を立った。


「行くのかシロウ?」

「ああ、雪狼の事もそうだが、ウルラやウネグが心配だ」

「そうじゃの。スペアリブは解決してからのお楽しみじゃな」

「食い足りないが仕方がないな」


ザルトの前には皿が山のように積まれていた。

どれだけ食うつもりだったのか。


シロウ達は、手早く装備を整えすっかり日が落ち、黒い影にしか見えない山へ向かって足を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ