子は宝
シロウを見上げ笑みを浮かべたザルトは、体のバネを使い跳ね起きた。
ルクスは身構えたが、ザルトは意に介さず体から土埃を払い、笑ってシロウに話かける。
「気に入った。いいぞ、仲間になってやる」
「えらく簡単に承諾するな?」
少し驚いたシロウにザルトは言う。
「俺を真正面から破った相手はお前で二人目だ」
「そうかい?一人目はナミロか?」
「まあな、だから奴に協力する気になったんだが……。正直、嫌気が差していたところだ」
「嫌気が?」
ザルトの言葉にシロウは首をかしげる。
「確かにナミロも仲間の神も強い。だがそれは生まれ持っての資質だ。奴らは技を磨く事になんの価値も見出していない。そこの竜神のようにな」
「むっ!?技など磨かずとも我の力があれば村人は守れる!」
「なっ?神は元から力を持っている所為か、武術については軽く見がちだ」
確かにルクスの様な力があれば、体術も剣技も覚える必要は無いだろう。
炎を吐けば大抵の相手は葬る事が出来る。
「俺は元々は遊牧民たちが信仰してた馬の神だ。速く走る事以外、能は無い。だがそれでは民を守れんからな。そこで俺は人間に紛れて武術を学んだ。修行を終えた後は民に教えたりしたんだが…」
「誰もお前と対等に戦える奴はいなかった?」
「その通りだ」
ザルトはシロウを指差し嬉しそうに答える。
「それで強い奴を探して旅をして来たんだが、人では相手にならんし、神もナミロ以外、俺と拳を交えようって奴はいなくてな」
それはそうだろう。
炎や稲妻が使えるのに、わざわざ人間の姿で殴り合いをしようとは思わないはずだ。
「その点、お前は良かった。剣を抜かず拳で俺と渡り合った。まさか俺の箭疾歩を見切るとは思わなかったぞ」
「お前の技は直線的だし、そもそもその技に頼りすぎだ。タイミングさえ分かれば、その途中に拳を置けば必然的に当たる」
「そうか…。俺も慢心していたようだな……。なあお前の技も教えてくれるか?」
「別に構わねぇが、こいつは俺が作った技術じゃねぇぞ?」
「誰か師匠がいるのか?」
「いや、師匠というかだな…」
二人が話していると、村人が静かになった広場を覗き込んでいた。
「ルクス様!?暴れていた男はどうなりましたぁ!?」
「大丈夫だ!!よく分からんがシロウが倒してくれた!!」
「シロウ!?獅子神様の伝道師の!?……一体いつ村に?」
村人は不思議そうな顔をしていた。
ルクスと村人の声を聞いたのだろう。家に隠れていた人々が表に出て広場に集まってきた。
一番に駆け寄ったリイナに続いて、村の子供達や村人がルクスの周りに集まる。
「ルクス様!お怪我はありませんか!?」
「ああ、問題ないリイナ。それより走るな。転んだらどうする?」
「ねぇ、ルクス様がやっつけたの?」
「いや、そこにいるシロウに助けてもらったのだ」
ルクスがそう答えると、子供達がシロウを見て一斉に頭を下げた。
「村を守ってくれてありがとう!!」
村人達も子供達に倣い頭を下げた。
リイナはルクスに寄り添いシロウに会釈をしている。
二人の仲はもちろん、村人との関係も順調なようだ。
ルクスとリイナを見て、アルがシロウの手をそっと握った。
「どうしたアル?」
「ん?何でも無いのじゃ…。ただちょっと手をつなぎたくなっただけじゃ」
「ふむ、竜神も獅子神も神と人で番いを得た訳か」
「つっ番い!?」
アルはザルトの言葉で恥ずかしくなったのか、シロウから手を放し顔を真っ赤に染めている。
ザルトが分かる分かるという様に頷きながら言う。
「いや、俺も修行時代、同門の娘に惚れてな。いい女だったんだが、人は儚くてな」
「……死んだのか?」
「仕方がない。もう百年以上前の話だ。……竜神、獅子神、二人とも時は大事にしろ。人の時間は我らからすれば瞬きする間にすぎるからな」
「貴様に言われなくても分かっている!!」
ルクスの返事にザルトは声を上げて笑った。
この馬の神はただ単純に、自分と対等に拳で戦える相手を探していただけのようだ。
あまり深く考える事は無いようで、ナミロが戦争を起こせばどうなるか等、考えもしなかったのだろう。
自分の望みと、自分の民、それ以外はどうでもいい、これまでの会話からそういう風にシロウには感じられた。
「ザルト、仲間になるってんなら最初に言っとく。アルは癒しの神だ。誰かが傷つく事を嫌ってる。お前も不要に人を傷つけるなよ」
「聞いていた話と違うな。獅子神アルブム・シンマは敵対者には、容赦なく雷を浴びせたと聞いたが?」
「それは大昔の話じゃ!!我も若かったという事じゃ!!」
拳を握って声を上げるアルを、ザルトは興味深そうに眺めた。
「ふむ、女は男で変わると言うからな。ええっとお前、名前は何だった?」
「……シロウだよ」
「そうだシロウ!獅子神が変わったのはお前のお蔭かもな」
シロウはアルが過去にどんな風だったのか、イルルやウネグが言った言葉でしか知らない。
そんなに変わったのだろうか…。
無意識にアルを見ていると、不意に彼女が視線を上げシロウを見返す。
青い瞳と整ったその顔に、大きくなったなぁと思うと同時に、綺麗になったなとも感じた。
「なんじゃシロウ?……ザルトの言った事は全部大昔の話じゃからな。今は守る為以外に雷は使わんぞ」
「分かってるよ」
シロウは照れた心を隠す為に、わざと乱暴にアルの頭を撫でた。
「むう、そろそろ子供扱いは止めて欲しいのじゃ」
アルはそう言いながらも少し嬉しそうだった。
「それで、さっきの条件は飲むか?」
「良いだろう。ただしタマに俺と手合わせしてくれ」
「はぁ、分かったよ。……お前の技も俺に教えてくれ」
「勿論だ。……久しぶりだ、こんなにワクワクするのは。この感覚は初めて道場の門を叩いた時以来だな」
話がついたと見たルクスが、シロウ達に話しかけた。
「所でシロウ、来てくれて助かったが、何か用でもあったのか?」
「そうだ。このザルトにも関係の有る話だ」
「ザルトにも……。込み入った話の様だな。我の家に来い。話はそこで聞く」
ルクスに案内された家。それはかつてシロウの中にいた猟師ロビンが暮らしていた廃屋だった。
ボロボロだった家は、綺麗に改修されていた。
「洞窟じゃなくて、村で住んでんのか?」
「ああ、リイナも近くに家族がいた方が何かと安心だからな」
ルクスがそう言うと、リイナは少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「なあ、もしかして……」
「うむ、リイナの腹には我の子が宿っている」
「…やる事が早ぇよ」
「お婆がひ孫の顔を見せろとうるさくてな」
ルクスはそう言って苦笑した。
人と触れ合うのが苦手と言っていたが、随分と村に馴染んでいるようだ。
「子供か…。いいな、俺も久しぶりに一族に会いたくなったな」
「お前、家族がいるのか!?」
「当たり前だろう。おれはメイファンとの間に十二人、子を作った。今じゃ一族は百人を超えてる」
「百人……」
「俺の国じゃ子は宝だ。宝は多い方がいい」
そう言って笑うザルトを見て、シロウは少し胸が苦しくなる。
だがその胸の苦しさは、そっと握られた柔らかな手の感触が癒してくれた。
見下ろせば青い瞳が優しく微笑んでいた。