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馬と武術

シロウが落ち着かない気持ちで、鬣を掴んでいるとアルがシロウに声を掛けた。


『シロウ、村の様子がおかしいのじゃ!!』

「何だと!?」


シロウは身を乗り出し前方を伺うが、彼の目では村は遠く微かに見えるだけだ。

顔を上げると、アルはしきりに鼻を鳴らしている。


『炎の臭いがする……』

「炎の臭い……。アル全速力だ」

『分かったのじゃ!!』


雷が弾け一気にスピードが上がる。

村が近づき、シロウにも何が起きているのか見えた。

村の中心、婚礼を行った広場で竜になったルクスが何かと戦っている。


「アル!!出来るだけ低く飛んでくれ!!」

『どうする気じゃ!?』

「このまま村の上で飛び降りる!!」

『何じゃと!?』


アルが驚いている間にも、距離は縮まり村の上に迫った。

シロウはゴクリと唾を飲み込むと、ルクス目掛けて飛び降りた。


そのまま宙を舞い、ルクスの腹に弾丸の様に飛びこんだ。


『グワッ!!…新手か!?』


ルクスは突然衝撃を受け、何が起きたのかと視線を腹に向けた。


「よ…よう、ルクス…」

『シロウ!?…いきなり何をする!?』

「いや、村がヤバいんじゃねぇかと思ってな…。アルは急に止まれねぇから俺だけ先に飛び降りたんだ」

『アルブム殿…。そうか飛べるようになったのか…。しかし相変わらず無茶な男だ』


ルクスは少し呆れた様子で言うと、シロウをつまみ上げ地面に降ろした。


「済まねぇな。んで、何が起きた?」

『ザルトと名乗る神が突然現れてな…。村で暴れ始めたので対処しようとしたのだが、速くて捉えきれんのだ』

「ザルト?…ウネグが言ってた馬の神だな」


シロウがそう言って広場を見回すと、黒い異国風のローブの様な物を纏った、黒い長髪の男がこちらを見ていた。

髪が一房だけ白いのが印象的だった。


「空から来るとは、唯の人では無さそうだな?」


男には気負った様子がまるでなく、シロウが現れた事も楽しんでいる様だった。


「俺はシロウ。アンタがザルトかい?」

「そうだ、俺はザルト。草原の支配者にして地上で一番速い男さ」

「……うちの仲間にも世界最速って言ってる奴がいるが、それ流行ってんのか?」

「何!?俺を差し置いて世界最速を名乗るだと!?一体何処のどいつだ!?」


ザルトは速さにはこだわりを持っているらしい。

先ほどとは声の調子が変わっていた。


「いや、ウルラっていうハヤブサの神様なんだけどよぉ…」

「何だ、鳥か。だったらどうでもいい」

「そうなの?」

「俺は地上においての速さと技にしか興味が無い。空を飛んでいる奴らは対象外だ」


ザルトは心底どうでもいいという口調で答えた。

変わった奴だと思いながらも、シロウはザルトという男に興味が湧いた。


「じゃあ、何でナミロに協力してんだ?」

「……お前何者だ?」


ザルトの目つきが変わり、剣呑な空気が広場に立ち込めた。


『シロウ!!大丈夫か!?』


何とか無事に止まれたのだろう。

アルが上空からシロウに問い掛ける。

それを見上げたザルトが、納得いったように一つ頷いた。


「アルブム・シンマ…。成程、お前が最近俺達の計画を邪魔している男だな?」

「邪魔したつもりはねぇんだが……」


「お前に無くても、こっちは大迷惑だ。悪神に堕とそうとしてたアルブムは消えるし、ほっときゃ良かった竜神は回復してるし。もしかして南洋の鯨もお前の仕業じゃないだろうな?」


ザルトは疑わし気にシロウを睨め付けている。

パレアの事は言わない方が良さそうだ。


「それより、なんでナミロになんか協力してんだよ?お前速さ以外興味ねぇんだろ?」


「……まあな。だが一人でやっていても面白くない。力量の迫った相手とのギリギリのやり取り、それを下す事で得られるカタルシス。俺が欲しいのはそれだ。ナミロは国を巻き込んだ戦乱を起こそうとしている。そういう時には決まって英傑が現れるものだ」


「ライバルが欲しいから、戦争を起こそうとしてる奴に協力してんのか?…お前馬鹿じゃねぇの?」

「何とでも言え、とにかくお前は邪魔だ。消えてもらうぞ」


そう言った瞬間、ザルトの姿が消え、シロウの前に現れる。

突き出された拳を何とか捌き、シロウは間合いを取った。


『シロウ!?』


アルが地面に降り立ち、人に姿を変えシロウに駆け寄ろうとする。


「大丈夫だ。離れて見てろ」

「ほう、竜神より歯ごたえがありそうだ」


拳を捌けたのはバートの技のお蔭だった。

シロウの体に馴染んだ技は、意識することなく体を動かした。


「俺が勝ったら仲間になるか?」

『シロウ、何を言っている!?こいつは村を襲ってきた敵だぞ!?』


ルクスは口から炎を立ち昇らせながら、ザルトを睨む。


「後で説明してやるから、ここは俺に任せてくれ」

『……お前には借りもあるしな。だが負けるようなら我も黙っていないぞ』

「了解だ」


ザルトは拳を構えたまま、二人のやり取りを聞いていた。


「自信満々じゃないか?これは期待していいのか?」

「ああ。……お前が使ってんのは東の国の武術だな?」


「知っているのか?…そうだ、俺は大陸の東。雄大な草原と、急峻な山々、広い砂漠、大地を貫く大河。あらゆる土地を内包した国で生まれた。この武術はその国で培われたものだ」


「やっぱ人の武術か…。んじゃ俺の勝ちは決まったようなもんだな」

「人間が言うじゃないか?」


そう言ったと同時にザルトの姿が掻き消える。

放たれた回し蹴りを受け流しながら、シロウは拳をザルトの胸に放った。

しかしそれが届くより早く、ザルトはシロウから遠く離れていた。


高速移動を使ったヒットアンドアウェイ。

それがザルトの戦法の様だ。


「やるじゃないか人間」

「さっきから人間、人間、うるせぇよ。お前の技だって人間が考えたもんだろうが?」

「……そうだな。失礼した」


ザルトから嘲る空気が消えた。

どうやら本気になったようだ。


再びザルトが掻き消えた。

ザルトがいた場所には、深く足跡が刻まれている。

次の瞬間にはシロウの腹に拳が放たれていた。


捌き切れない。

咄嗟にそう判断したシロウは、左腕で腹を庇った。

めり込んだ拳が左腕の骨を砕く。


自ら飛んで衝撃を逃がしながら、シロウはザルトの足に注目していた。

上手く出来るかは分からないが、やるしか無さそうだ。


シロウを追って飛び込んで来たザルトの拳を右腕一本で捌く。

ザルトはシロウの周囲を飛び回りながら次々と攻撃を仕掛けた。

その度に地面に深く足跡が刻まれる。


繰り出される攻撃を、シロウは必死で捌き続けた。


「どうした?攻撃しないと勝つ事は出来んぞ?」


ザルトの挑発を無視して、シロウは全身を使って攻撃を受け流す。

受け流されたザルトは間合いを取り、再度踏み込んだ。

左足が地面に深い足跡を残す。


それに合わせてシロウも踏み込んだ。


「何!?」


間合いを狂わされたザルトが勢いを殺す暇を与えず、腰の捻りを加えたシロウの拳がザルトの鳩尾を貫いた。


「……嘘だろ?…俺…より…速いのか…?」


腹に大穴を開けたザルトは、シロウにもたれかかる様に倒れた。


「気持ちいいぐらいに決まったな。アル!こいつ治してくれ!」


シロウはザルトから手を引き抜きながらアルに呼び掛ける。

アルは素早く駆け寄り、ザルトの腹に手を当てた。


「何をしたのじゃシロウ?」


アルはザルトを癒しながらシロウに尋ねる。


「ジョシュアが前に言ってたろ?足さばきを見れば、次に何がくるか分かるって。それを真似てみた」

「いきなり試すとは、無茶をするのう…」

「信じられん…。あの速度を見切ったのか?」


いつの間にか人に姿を変えたルクスが、シロウの側に立っていた。


「いや、さすがにあんだけ速いと目で追うのは無理だ」

「だがお前はザルトを下した」

「こいつ攻撃が直線的だからな。踏み込みに合わせて拳を置いた」

「……無茶苦茶だ」


シロウは最近言われる事の多いその言葉に、少し口を尖らせながらザルトを見た。


「どうだ?治せそうかアル?」

「こやつも神じゃからな、この程度で死にはせんよ。それより腕を見せるのじゃ」


アルに腕を癒して貰いながら、ザルトの腹を見ると開いていた穴は綺麗に塞がっていった。


「流石だなアル」

「お主は不死身じゃが、無敵では無いのじゃ。気を付けろ」

「分かったよ」


シロウは左腕を確認しながら、寝ているザルトの頭をハタき、声を掛ける。


「おい、起きろ」

「うう……。俺は……」

「お前は負けた。約束通り仲間になってもらうぞ」

「さっきの技はなんだ?」


シロウはニヤリと笑ってザルトに告げた。


「人間の編み出した技さ」

「そうか……。やはり人は面白いな」


ザルトはそう言って笑みを浮かべた。

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