家族
今後の予定を詰めたシロウはウルラ達と別れ、アルとラケルを連れて、ドアンの村ルサルへ向かった。
道中、シロウはアルからナミロという虎の神について話を聞く事にした。
ナミロはウネグがいう様に、破壊や侵略といった戦争のイメージの強い神らしい。
ナミロ自身、戦好きで常に戦場を求めて行動してきたようだ。
だが戦乱を望む気性は、平和な時代には疎まれた。
自ら戦の火種を起こすナミロをアルは諫めたが彼がそれを聞き入れる事は無く、最終的には意見の対立が信者を巻き込んでの争いに変わった。
被害の拡大を嫌ったアルは、ナミロと直接戦い、弱った彼を石の中に封じ込めた。
その当時、戦争に疲れていた人々は永遠の戦いを望むナミロより、平和を望む自分を信仰した為それが出来たのだとアルは語った。
「随分昔、千年程前の話じゃ」
「千年……。アル、お前、今幾つなんだ?」
「シロウ、女に年を聞くものでは無いのじゃ」
「そうですよ、シロウ」
アルとラケルに冷ややか言われ、シロウは押し黙った。
「とにかくじゃ、あの時はナミロの信者がこちらに流れて来て、あやつが弱体化した事もあり勝てたのじゃ」
「じゃあ今回もナミロの信者を取り込めばいいんじゃねぇのか?」
「どうじゃろうな…。人は長く平和が続くと戦いを望む様になるからの」
「そうか?俺は平和な方が良いけどな……」
アルは生れ出でてから、自分の周りで起きた出来事を思い返す。
人間は本当は殺し合いが好きなのでは無いか。
そう思える程、人は平和と戦乱の時代を繰り返していた。
村や街が戦火に飲まれれば、泣いて助けを求める。
その度にアルは傷ついた人々を癒してきた。
だが何十年かすると、その戦火で焼けた村や街の人々が、今度は別の土地を攻める。
人の歴史はそんな風に、アルからすれば愚行の繰り返しで綴られていた。
それでも彼女が人を見捨てないのは、癒しと平和を求めて自分を生み出したのも、人であるからだった。
「……戦は嫌いじゃ。無意味に人が死に、命を育む土地が焼かれる。我がいくら癒しても、癒した者はまた剣を取り戦場へ向かう……。虚しいのじゃ」
「……人間は大体、五、六十年でくたばっちまうからな。戦争の話を聞いても平和な時代には、上手く想像出来ねぇんだろ…。実際、俺にもよく分からねぇ。でもよぉ、俺は家族と笑って暮らしたいぜ。……俺にはもういねぇけど」
そう口にして、悲しそうに笑うシロウをアルは見上げた。
「シロウ…。お主は我の伝道師じゃ。いわばお主と我は家族の様なものじゃ。……我と家族なのは嫌か?」
アルはシロウを、少し不安の入り混じった目で見ながら問いかける。
シロウはその問いに少し笑って、アルの頭を撫でながら答えた。
「そんな訳ねぇだろ。嫌だったらもっと早くに離れてるぜ。……そうだな、お前は俺の家族だ」
「……そうか。……嬉しいのじゃ」
アルは頬を染め、俯き加減で嬉しそうに微笑んだ。
それを見てラケルは笑みを浮かべ呟く。
「良かったですねアル。私もあの人に会いたくなってきました……」
そんな事を話しながら、ルサル村までの旅は進んでいった。
ルサル村に着くと、甲冑を着たドアンがシロウ達を出迎えた。
シロウが村を出てから、彼の従者や村の若者を中心に、村の警備をしていたらしい。
「シロウ、領都は、クレード様はどうなっていた!?」
「クレードの方はもう大丈夫だ。ラケルの信仰も了承してくれたぜ」
「本当か!?一体何が起こっていたのだ!?」
「それについても説明する。取り敢えずもう警備はしなくていいぞ」
ドアンはシロウの言葉と、ラケルがそれに頷いたのを見て若者達を解散させた。
彼らはあからさまにホッとした表情を見せた。
若者の中にはウッドの家が燃えた時、ラケルの姿を見た者もいたので、ドアンにその娘はラケル様ではと詰め寄る者もいたが、ドアンが睨みを利かせると残念そうに家に帰っていった。
ドアンにはナミロの事も含め、詳細を話す事にした。
ドアンの屋敷の応接室で、シロウは領都での出来事をドアンに語った。
被害のあったウッドの家や、捕らえたクレードの部下、教団の男の事もある。
事情を知らなければ、ドアンも納得できないだろう。
「それでは全ては、そのナミロという神の謀だというのか?」
「ああ、計画を立てたのが、ナミロかどうかは分かんねぇけど」
「……国となると、儂には話が大きすぎて上手く想像出来んな」
「とにかくアンタ達は、今まで通りラケルに祈りを捧げてくれ」
ドアンはラケルに目をやり、いつかの凶悪な笑みを浮かべた。
「分かっている。ラケル様、我らは今まで以上に貴女を信仰すると誓います」
「ありがとう、ドアン。私もこれからも末永く、貴方達を見守っていきたいと思っていますよ」
「はい!よろしくお願いします!!」
そう言うとドアンはラケルの前に跪いて、彼女に祈りを捧げた。
祈りを捧げるドアンを、ラケルは愛おしそうに見つめた。
その後、シロウ達はラケルと別れ、ルクスの居る山間の村へ向かった。
ラケルは教団を警戒し、ルサル村でしばらく滞在する事にしたようだ。
ドアンがそれを聞いて、感極まり少し涙ぐんでいたのが印象に残った。
その顔も勿論、非常に怖かったのだが…。
「ルクスの所まで歩くのは、ちょっと遠いな」
「ふむ、また飛ぶか?」
「……あれはちょっとなぁ」
「成長したから、少しは調整が利くようになったぞ」
少しは…。
シロウはアルの物言いに不安を覚えた。
あの術は確かに速いが、また墜落されても困る。
「やっぱ止めとこう。…馬でもありゃ楽なんだが。クレードに借りときゃ良かったな」
「まあ普通の馬なら、我らが走った方が早いからのう」
「走るか…。アル、獣になって俺を乗せて走ってくれよ」
「別に構わんが、全力で動くと隠形は使えぬぞ。目立っても良いのか?」
アルは成長した事で、獣になると今は牛よりも二回りほど大きい。
そんな獣が街道を走っていたら、噂になるのは目に見えている。
「駄目か…」
「やはり飛ぶのは駄目なのか?それ程スピードを出さねば、問題無いと思うのじゃが?」
「あれってゆっくり飛べんの?」
「うむ。……言ってなかったかの?」
「聞いてねぇよ。…はぁ、そういう事出来んなら早く言えよ」
「お主が緊急事態以外は使うなと言うたからじゃ!」
口を尖らせるアルを宥め、シロウは獣になったアルに跨った。
「ゆっくり頼むぜ。墜落すんのは御免だからよ」
『分かっておるのじゃ。任せておけ』
アルが一声吠えると、彼女の周りに雲が現れる。
その雲がバチバチと雷を帯びると、アルはふわりと宙に浮いた。
シロウは墜落した時の、内臓が浮き上がる感触を思い出し尻がムズムズした。
そんな事はお構いなしに雷が一つ弾け、シロウを乗せたアルは一気に加速する。
「おい!速すぎねぇか!?」
『大丈夫じゃ!このくらいならすぐ止まれるのじゃ!』
「ホントかよ…」
アルは自信満々だが、シロウはまた鳥の群れに突っ込むのではと気が気でなかった。
やっぱり、人間は地面を歩いて旅をするのが合っている。
そう思いながら、シロウは汗の滲む手でアルの鬣を握りしめた。