神様の生まれ方
なんとなく話がまとまった雰囲気になっていたが、ただ一人、至高神の司祭であるアドレだけは暗く沈んでいた。
彼は至高神の敬虔な信徒であり、自分が信じてきた教えが策謀の産物に過ぎないと聞いて、受けたショックに耐え切れなかったのだ。
「私が信じ広めて来た教えは、一体何だったのだ……」
「アドレ殿……」
クレードや騎士達は、元々余り熱心な信徒という訳では無いので、クレード程の衝撃は無かった。
礼拝堂を作ったのも、結局は王国の方針にしたがっているというパフォーマンスに過ぎなかったからだ。
クレード達は気の毒そうな視線をアドレに送っている。
『ウネグ、五大教とやらは教団の下部組織では無いのか?』
『違うわ。確かにトップは教団幹部だけど、教義はいたってまともだし、信徒は本当に教えを信じているわよ。そうじゃないと国に広める事が出来ないし、希望を絶望に変えて、ボスの信者に取り込めないでしょう?』
「アルから聞いてたが、えげつねぇな……」
『ではあの老人は唯の被害者という訳じゃな?』
『そういう事になるのかしら』
項垂れ膝を落としたアドレの手を、柔らかな感触が包んだ。
「ご老体、気を落とさずともよい。我らとて初めから形を持っていた訳では無い。信じる人の心から我らは生まれたのじゃ」
アルは人の姿を取り、アドレの手を両手で優しく包み語り掛ける。
「……しかし、策謀から生まれた偽物の神など…」
「偽物だと言うなら、お主が本物にすれば良い。心から信じ祈れば、石の偶像にも神は宿る。我らはみな、そうして生を得たのじゃ」
「私が本物に……?」
「うむ、だから嘆くな。お主は何も間違ってはおらん」
「ああ……」
老人はアルの前で頭を垂れる様に泣き崩れた。
「相変わらずアルは優しいね」
「癒しの女神だからな」
「アルが短期間に力を取り戻せたのは、あの優しさが原因の一つでしょうね」
「……癒しの女神」
人の姿になったウルラ達はシロウと話しながら、アドレに寄りそうアルの姿を感慨深げに眺めた。
アドレが落ち着いたのを見計らって、シロウはクレードに声を掛けた。
「んじゃ、クレード。あとよろしく」
「貴様、せめて敬語ぐらい使わんか!」
「構わん。神に対して対等に口を利く男だ。そんな物を求めても無駄だろう」
「ですが…」
騎士は食い下がったが、クレードはそれに首を振り黙らせた。
「シロウ、一応今後どう行動するのか教えてくれ。便宜を図れる部分もあるだろう」
「おっ、協力してくれんのか?」
「私もこの国で生きる者の一人だ。無用の混乱は避けたいのでな」
「……そうだな。取り敢えず、ウネグに話を聞いて、貴族の知り合いと話すつもりだ。後は知り合いの神様に、協力してくれるよう頼もうと思ってる」
クレードは少し呆れた様子でシロウを見た。
「貴族と神の知り合い……。どうせ、今回の様に無茶をしたのだろう?」
「俺はそんなつもりはねぇんだが…」
「シロウのする事は、いつも無茶苦茶なのじゃ」
「そうだよね。巻き込まれるこっちはいい迷惑だよ」
アルとウルラの言葉に、クレードは思わず吹き出す。
「フッ、神に無茶苦茶と言われるとは、お主そうとうだな」
「俺はいつも最短距離を走ってるだけなんだが……」
頭を掻くシロウを見て、クレードは愉快そうに笑った。
「まあいい。してその知り合いの貴族とは?」
「えっと、一人はクロード。たしか領主の息子だ。もう一人はイッシュだ」
「クロードと言うと、隣のバーゼルト男爵の息子だな。……イッシュ…もしかしてファリノス伯爵か!?」
「へぇあいつ伯爵様だったのか。結構偉い奴だったんだな」
「……まさかとは思うが、ファリノス伯領の盗賊ギルドを潰したのは……」
「ん?ギルドを潰したのは俺達だぜ」
事も無げに言うシロウに、クレード以下騎士達も開いた口が塞がらなかった。
ファリノス伯領の盗賊については、王国議会でも度々議題に上がるほど問題となっていた。
その度、伯爵の代理であったガラードが、領内の問題だと国の介入を退けていたのだ。
議会ではガラードの援護に回る議員も存在し、彼の主張は毎回受け入れられていた。
「国も解決出来なかった問題を、一体どうやって……」
「まぁいいじゃねぇか」
「……深く追求するのは止めておこう。……ふむ、では彼らとの事は私に任せてくれ」
「んじゃ、そっちは任せるぜ。俺は神様のとこに行って、ナシつけてくるぜ」
クレードはシロウの言葉頷きを返した。
「ではシロウ、話を詰めよう。…ここでは何だな。場所を変えるか。アドレ殿、邪魔をしたな」
クレードはシロウ達を促し礼拝堂の出口へ向かった。
その後にシロウ達も続いた。
そうして礼拝堂を出ようとするアルの手を、司祭のアドレが掴んだ。
「なんじゃご老体?」
「せめてお名前を!」
「我はアルブム・シンマ。癒しの獅子神じゃ。……ご老体、お主の信じる神は、まだこの世に生まれておらぬ。じゃが信じれば必ず生まれる。気長にやるがよい」
「アルブム・シンマ様……。分かりました、仰せの通りに励みます」
「うむ。疲れた時は我に祈れ、癒しを与えようぞ。ではな」
アルから手を放し、アドレは跪き頭を垂れた。
「あんな事言っていいの?あの人、あの石の神を信じてるんでしょ?」
「何を信じるかは自由じゃ。我は別の神の信徒であろうと分け隔てなどせぬ。助けて欲しいと願われれば、助けるだけじゃ」
「ふうん、そう……」
ウルラは振り返り、跪いた老人を見た。
あの様子だとアルの信者になりそうだけどな。
そんな事を思いながら、ウルラはシロウ達を追った。